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lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

01-10-2005 / Saturday [長年日記]

_ 今回、途中で、訳あって、西洋人が多く泊まるホテルに泊まることがあった。西洋人の女性の中にはまさに貴婦人然とした人もいて、この暑い中、れっきとした純白の白麻のスーツと帽子で、ポール・ボウルズの小説の登場人物も真っ青な正統派オリエンタル・トラベラー・ルックに身を包んでいたりする。一方、新大陸系の婦人の中には、いくらウェスタン・スタイルのホテルだとはいえ、そんな湯上がりもしくは入浴中にかかってきた電話を取るためにちょっとタオルを巻きました、という出で立ちでよいのだろうかと思わせる装いで、朝食ラウンジに現れる人もいたりする。そして日本人であるところの私は貴重品バックをもちろん斜めがけし、一瞬たりとも身から離さず、前屈みになってかちかちとカトラリーを鳴らしながら食べている人が他にいないかと忙しなくあちこちに目を走らせながら、テーブルに着いていたいと思うのだが、ま、なくなったらそのときはやむなし、と思いながら、部屋の鍵と文庫本だけ持ってテーブルに着いたら、東洋人と西洋人へのサービスの違いって、すごいね。これがもっと由緒正しい、名門ラッフルズ・ホテルとかだったら、違うのだろう。ヨーロッパ等々へ行ったとき、私自身は東洋人に対する差別をほとんど感じることはなかった。本当の東洋人差別は、東洋の中にあるのだと思うわけである。今回もラッフルズへは行かなかった。これは新婚旅行でいきたい(=死ぬまで行かない)。

_ デスクトップは無反応。。データの取り出し、どうしたらええのだ。

_ 新加波が好きな理由は、街中に緑が多いからかなと思う。Fine好きな国として知られているけれども、小さなゴミが落ちていることもあるし、信号無視する人も多い。赤信号でむりやり直進したり、右折する車もあったりして、やっぱり人間なんだなと思ったりもする。タクシーの運転手は総じてジェントルマンで、空港へ行くときなどは、今、どこそこの道が混んでいるから、少しだけ遠回りになるけれど別の道を走ったほうがよいとおもう、どうしますか?なんてことをかならず尋ねてくれる。ホーカーでは、絶対に中国語で話しかけられるけれど、わからないので、無理矢理、英語で通す。中国系だからといって、みなが英語を話すわけではない。

あと、インド系の男女は本当にかっこいい。社会的階級とかによって、もちろん、着衣や持ち物に経済的あるいはその他の影響による差違が見られるけれども、背が高くてぱりっとした男の人、スタイル抜群でまさに彫刻のような顔立ちの美女を見るのも楽しい。インド・パキスタン系の美男美女は壮絶にきれいな人がたまにいて、地下鉄の中は人間観察には一番楽しい場所かもしれない。iPodを持っている人もたくさんいたけれど、mp4というマッチ箱並みに小さいもので音楽を聴いている人もたくさんいた。日本はもういろいろな意味で、アジアでは遅れを取っているのではなかろうか。

一番の目抜き通りのオーチャードは、交通量も多ければ、歩いている人の数も尋常ではない。それでも緑が多いから、疲れたらベンチに腰掛けて、ジュースを飲んだりできる。こういうところも好きなのだけど、ちょっと裏手の筋に入ったりしたところにある茶賓室が好きだ。中ぶりのグラスにたっぷりのミルクティー。グラスの底にはコンデンスミルクが沈んでいる。これが大好きで、日に何度も飲む。肉まんやカヤという甘いペーストを塗った薄くてかりっとしたトーストを食べながら午後遅い時間になると、みんながおしゃべりを楽しむ。その時間がとても好きだ。オーチャードやブギスのおしゃれカフェの半分くらいの値段でのんびり、休める。ぼーっとして一日を過ごして、さて帰国。荷物の半分くらいは図書や文献で、それはもう早々と郵便局から送ってしまった。それでも今回の荷物の重さは信じられないくらいすさまじく、チャージを取られなかったのは、スーツケースの風袋があらかじめ差し引きされているからなのだろうか。重かった。

ボーディングの6時間前にチェックインしたのに、もう通路側の席はなくて、個人客がまず先に座らされる32Eを割り振られる。アップグレードしてくれとごねてみるも、今日はとにかくそんな人ばかりでビジネスクラスもフルブッキングとのこと。来るのが遅いと言われる。32Eという席は、入り口から入って二列目の真ん中。一番前の席は、ふつう、赤ちゃん連れとか最後にチェックインする人に割り振られるので、中途半端に最初のほうにチェックインすると、ここに座らされるのである。。今回は、連休があったりとかで、見事、私と隣の女性以外は、全員、なんらかの団体旅行者であった。日本時間の深夜2時に離陸、直後に軽食、その後機内販売。朝6時前には起こされ、朝食。寝かせてくれない。荷物が多い上、服装が小汚いので税関では私だけ、毎回、トランクを開けさせられる。慣れたけど。

旅行者の服装は千差万別であるが、総じてみな、きれいだ。旅行と日常と非日常の間には、今、どれくらい溝があるのだろうか。ハレとケに、敏感でいたいと思うのは、ただのノスタルジー主義者なのかもしれない。

ウェイティングホールで聞こえてくる日本語の意味不明さ、文法的崩壊の度合いもまたすさまじい。日本語なのか外国語なのかわからない言語を話しているようで、辛うじて、私の母語のようだとわかる瞬間は、「やばいよね」「まじでー」などということばが聞こえてくるときだった。言語はかならず変化していくものであるし、不変であると思いこむのは誤りであるとはわかっている。しかし、それではなぜ私自身が使っている日本語という言語は、いつまでたっても外部の影響を受けずに、ひたすらかわっていなさそうに見えるのだろう。人間が変化を受け入れるのを拒んでいるからなのだろうか。大学言語を話す人間だからなのだろうか。センテンスで会話をする人が減ってきているということなのだろうか。カズオ・イシグロを読みながら、ベンチで横になっていた。


07-10-2005 / Friday [長年日記]

_ なんかいろいろ、語り合う。男どもの考えていることはよくわからないが、女の子に振られたことをあちこちで言いふらしたら、その女の子が居たたまれなくなることに、思い至らないのだろうか。思い至らないから、振られたのだと、私なんかは思ってしまう。男どもというのが大学のセンセイだったりすると、いろいろな意味で抵触すると思うのだけど。というか、そういうことはいわないのが仁義ではなかろうかと。女の子のほうとはなかよしだったので、他ならぬ、私が居たたまれなくなったりしている。かたはらいたし。あと、頭が固い人って、センセイにおおいような気がする。私はセンセイじゃないので、頭は固くない。思うのは、頭でっかちにならないでおこうということだけ。深い意味はないのだけど、某所で知り合った某氏と話していると、これもまたあまりの石頭でっかち加減に、いたたまれなくなってしまった。

_ デスクトップはご臨終を迎えた。次のデスクトップ、落ち着いてから買うことにしようか。

_ 最初は4泊5日だったのだけど、それが昨日の段階で、7泊8日になり、今朝は15日間になっていた。出張に行かせてもらえるのはとてもうれしいのだけど、それでよいのかどうか、悩ましい。本来、自分のやるべきことをやっていないような気がするから。

_ とかいいつつ、慌てて、ガイドブックを買い足したり。

_ 次の査証申請のレターを書いたり。来年の科研に今度は分担者で入れてもらえるとのこと。大蔵省をしなくてもよいのならうれしい。

_ いろいろ。本買ったり、CD買ったり。シャツ屋でシャツを買ったり。人にあったり。友だちとずっとおしゃべりしたり。本屋で思いがけない某人とニアミスしかけてまるでこそ泥のように逃げてしまったり。手紙書いたり。書類書いたり、電話かけたり。一日三回、温泉に入ったり。しゃぶしゃぶでおなかいっぱいになったり。台に上ったり降りたり。丸善の前を通ると、胸がいたんだり。髪の毛、まだ切ってなかったり。いろいろあるのだけど、なんだか地に足がついていないと思ったり。

_ 言語学図書館にて、やっとの思いで手に入れた資料一式、EMSで送ったのに、まだ着かない。。これだけ待ってつかないということは、もうだめだろうな。無理して別の某国まで運んでから郵送したほうは、5日で着いた。番号追跡したところ、まだ局留め。データが入力されていないということなのだろうけど、もうあきらめた。すっぱい葡萄的に、あの資料はたいした価値はないんだー、とか思ってみたりする。


08-10-2005 / Saturday [長年日記]

_ 別段、落ち込んでいるわけでもなんでもなし。ただ、今ごろになって、ようやくテロに遭わなくてよかったと思えるようになったということ。バリ島のときも、ニューヨークのときも、一日の差で免れた。生きていてよかったと思うのみ。生きていてよかった。

_ 初めての海外旅行に出かけるとき、搭乗してベルトまで締めた飛行機が、機体不良とかで飛ばなかった。空港近くのホテルに泊めてもらうことになり、一応、自宅に電話した。両親は、すぐに帰ってきなさいと言う。だんだんと不安になってきたのだが、同行のクラスメートはだいじょうぶ、だいじょうぶ、と意に介さず、さっさと寝てしまった。翌日、飛行機は無事に飛び立った。その日、深夜に目的地に到着したとき、機内ではみなが拍手をした。

そのとき、タラップを降りて、初めて経験した外国のにおいが忘れられなくて、未だに旅をしているのかなと思う。甘いにおいと、独特の香辛料のにおい、そして夜のにおい。その旅のことはほぼ忘れかけているのだけど、タラップを降りたときのことだけは、今でも不思議なくらいに鮮明に覚えている。自分の来ていた服、足が少しむくんでひもがきつくなったスニーカー。今ほどに明るい照明ではなかったのか、空港の周囲の様子はまったくわからない。白タクのようなものの値段交渉をしたのはクラスメートだったし、どこに泊まるかを決めたのも彼女だった。外の様子がまったくわからないままに、車は走り出した。暗闇の中で手探りをして、倒れ込むようにベッドに横になった。翌朝、目が覚めたのは表の道を通り過ぎた馬車の鈴の音のせいだ。明るい日差しの差し込む部屋を見渡したとき、ああ、外国に来たのだなと思った。どうやって街中に出たのかはもう覚えていないけれど、朝食を食べそびれたわれわれは、適当なレストランに入った。旅慣れた友だちは、さっそくローカル・ディッシュを選んだ。私はどこかにまだ弾けきれないところがあって、悩んだ末に、スパニッシュ・オムレツを頼んだ。もちろん、友だちの選んだもののほうがおいしそうにみえた。

本当は旅が好きなわけでもなく、楽しんでいるのでもないのかもしれないと思うことがある。同様に、友だちといるのは煩わしく、去る人がいればわざわざ理由を問うたりもしない、人間関係に淡泊な人間なのだなと思うこともある。そのあたりのことは詳しく書かないけれど、結局、無難に過ごすほうを選んでいるように思ってきたし、そう見えるだろうと信じてきた。それでよいと思うこともあるし、だからだめなんだなと思うこともある。人が去っていく理由には、いろいろあるのだろうから、なぜかを問うてみたところで、お互いしっくりといくはずもない。黙っているのが一番だなと思ったりする。

私について何がわかったのでしょうか。私は誤解を恐れるし、一歩踏み込むことができないので、もうこのまま連絡を取り合うこともないのだろう。もらったメールの返事はまだ書いていないけど、もう書けそうにもない気もしている。

_ 今度の出張、最初と最後はお仕着せの業務があるのだけど、間の10日ほどは、自由行動。この機会に見ておくべきもの、歩いておくべきところをリストアップして、移動プランを立てている。ただ、初めてのところなので、慣れるまでの時間とか、ゆっくりみたいところのプランとか、そういうところを考えながら作ると、これは本当に行ってみないとなんともわからないなあ、などと思って先に進めなくなってしまった。まあ実際のところ、今週中には旅行伺いを出さないと行けないので、適当に決めてしまうのだろうけれども、有意義に過ごしたいものだ。

_ 『アムステルダム』(イアン・マキューアン)。まだ半分なので、どのあたりがブッカー賞なんだろうとおもいつつページを繰っているところ。翻訳をいつもしている小山太一さんというかた、ものすごく翻訳のスピードが速いのだろうなあ。ジーブズもこの人が訳している。うまいなあ、簡潔だなあと思いつつ、読む。

こないだ買ったセミオーダー・シャツ屋の人と話していたときのこと。布の持ち込みもあり、とのこと。「たとえばですね、アニエスのシャツがすきだというのであれば、そのパターンをうちで起こして、仕立てることもできるのです」という。パターンを起こしてくれたりもするわけなので、そうなると、シャツを仕立てる技術のみを提供してくれるということになる。私はもともと服を仕立てるのが趣味なので、こういう話を聞くと、一体、どれくらい手間賃がかかるのか気になるので、尋ねてみたところ、5万とか、6万…とのことだった。。なんだか、やっぱり高いのだな。

花はまだ見えないのだけど、金木犀の香りが雨上がりの空気の中に、ほのかに解け合って、うっとりとする。


09-10-2005 / Sunday [長年日記]

_ 『エマ』。森薫。自由の国アメリカで、おそらくはハッピーエンドを迎えるのだろうと思う。新天地とか、自由の国とか、今の私にとっての彼岸はどこにあるのだろうか。もう長らく、探そうともしていないけど、もしどこかにあるのならば、そこがどこなのかが知りたい。まだ見つけられるのだろうか。

_ iPod nano を見せてもらった。単純に、iPodに比べて軽いというところがよろしいのではないかと思ったのだけど、いろいろな人もいうように、容量が小さいのと、こうなったら動画が見られるというところまで来て欲しい、というのがある。買わないと思うけど、なにかで当たったりしたら、うれしいかもしれない。

_ お天気がちょうどよい。

朝から洗濯機を二回まわして、午後からは外出。丸善にレモンをおいていく人が絶えないそうだが、私もおいてみたい衝動に駆られている。

_ 今年のイグ・ノーベル賞の文学賞は、「メールを使ったナイジェリア詐欺」とか。笑った。夏前に、実は、まったく覚えのない人から手紙が来た。某国の入国管理事務所の職員。どうふうされているのは、本物の私の名刺とその人のIDカードのコピーと、銀行の通帳の残高明細のコピー。手書きのわかりにくい文字を解読したところ、「困っているので、お金を貸して欲しい」、と読めた。もちろん、無反応を決め込んだのだけど、この手の手紙はしょっちゅう来る。メールでも来る。ナイジェリアなどという確実に知らない人ばかりの国ではなくて、会ったこともあるし、話したこともある人から来るメールは、時には切実で、真剣。そっか、文学賞の対象となりえたか。これからは、捨てずにおいておこうかと思ったり。

_ 『アムステルダム』、読了。正直なところ、マキューアンだったら、他の作品のほうがおもしろい。

_ 着なくなった麻のシャツを裁断して、小さい袋ものをいくつか縫う。

_ やはり丸善がなくなるのはさびしい。探している本はほぼなんでもあって、なんでもあった文房具階。店員さんが本当に、とても感じがよかった。本屋の店員さん、という感じ。本を買っていく人を、ひっそりと見守ってくれる雰囲気。おいてある本に対して、礼儀正しく接しないと、などと思ってしまうような本屋だった。自分の本は、とうとう丸善におけなかったな、というところがさびしい理由なのだろうなと思う。全国に丸善はあるのだけども。

今まで、いろいろなお店がなくなってきたけれど、丸善閉店とソニープラザの移転は、なんだかいろいろな意味を与えておきたいような気がする。


10-10-2005 / Monday [長年日記]

_ なんと。本屋だけでなくて、市内の主な映画館も今年中に閉館らしいですね。。信じられない。古い話だけど、中学とか高校時代から親しんでいたルネサンスが閉館して、スペース・ベンケットがいつのまにかなくなって、コマ・ゴールド、コマ・シルバー、朝日シネマ、イタリア会館がなくなって以来、いつそうなってもおかしくはないなとは思ってきた。映画を観る場所もなくなっちゃうんだな。日本全国、均質空間に占領されてしまって、ちっちゃな地方都市が地方都市であるが所以も、もうどうでもよくなってしまうのだろうか。今はもういろいろなカフェやローカル・ラジオ局やレストランが入っている古びたビルに、まだ新聞社があったころ、私はOBを訪問に行ったことがあった。マスコミは全部、落ちてしまい、合格したのは大学院だけという笑い話をようやくはなせるようになった頃、新聞社もどこかへ移転してしまっていた。場所と人と記憶と。

_ 丸善。

帰国した日から、丸善に連日、足を運び、うだうだと徘徊してきた。夕方、寄ってみると、1階の檸檬特設コーナーに、人々が列をなしている。檸檬をすでに3冊(!)も買っている私は、もうそんなことはどうでもよくて、とりあえず、文庫階へ。文具階にも行きたかったのだけど、友だちと一緒だったので、センチメンタリズムに付き合わせるのは悪いと思い、友だちに「最後に丸善で買う一冊」として、小川洋子の一冊を強力に薦めて買わせた。自分は、丸善で買ったあれこれの本の事とか、文庫棚の前で待ち合わせて以来、疎遠になった友だちのこととかいろいろ短い間にあわただしく思い出していた。いつにない混雑。冷静に買うべき本を選んだつもりだったが、しっちゃかめっちゃか。

未亡人の一年(英語版で何度も読み返して、まだ読むのかいな)/忘れられた日本人(今、手元に2冊ある:旅本だからいいんだけど)/岩波の野上弥生子訳ギリシア・ローマ神話(北欧神話も入っているので買った)/エマ(オースティンのほう)/愛の続き(マキューアン)。

記念の原稿罫線入りメモ帳。記念撮影。一人だったら、カメラを取り出す勇気がなかったと思う。私が取り出したら、みんなも取り出したのがおもしろかった。用事を済ませたのが8時過ぎ。あと1時間、名残を惜しもうと思って、引き返してきたら、今日は7時で閉店だった。

さようなら、「檸檬」の丸善。

夕方、梶井基次郎が檸檬爆弾を買った果物屋の前を通ったのだけど、こちらはしんとしていた。

ソニープラザも今の場所では、今日で最後。朝日シネマはとうの昔に閉館。サンシャイン・カフェはすんごく今時の場所に移転(not so badな場所なのだけどね)。思いっきり、センチメンタルに浸りながら、帰ってきた。ヴァージン・メガ・ストアがなくなって以来、まともにCD屋をのぞかなくなったものなあー。本屋は生協とブックファーストと丸善の三本柱で来たので、あのときほど打撃を受けることはないだろうか。うーん、それにしても、なんでこんなことになるのだろう。うーん。

_ 昔からそうだったのだけど、日本から外国へ行くときは、まったくなんの問題もなくすっと現地の生活に入り込める。行き先がどこであれ、問題はなかった。ところが、日本へ帰ってくると、なかなかこちらの生活になじめない。ひとつには、旅の間の緊張と疲れが一気に表面化するからだろう。だから普通は、丸一日ゆっくりやすんでから、まずは身体的な疲れを取り除いて、それから徐々に生活環境になじんでいこうとする。それにかかる時間が異常に長いのだ。日本って、こんな感じだったっけ、前もこんな感じだったっけ、と思いながら過ごすからなのか、外国でみる新しいものやめずらしいものになじむ感覚とは根本的に違って、思い出したり、修正したりに時間がかかってしまう。帰国してすぐの日本の印象は、張り子の国。すくなくとも都会のありとあらゆるものが作り物に見える。郊外へ行く電車などに乗って山や川や田んぼをみるとはじめて、真実のものをみた気持ちになる。そこれで落ち着いて街に戻ると、もうなんの違和感も消えている。自分の知っている日常生活にすっと戻られる。それまでは、透明なフィルター一枚を通して世界をみている感じがする。不思議なことに、今もまだそんな感じがしている。現実に戻ることへの拒否反応みたいだ。


11-10-2005 / Tuesday [長年日記]

_ いろいろあって、いろいろ思う。

_ 村上春樹/東京奇譚集。

多くの人が感じたことだと思うけど、既読感あり。初出情報を見る限り、全然、読んだ覚えはないのだけど、なぜなのだろう。それこそが、不思議だ。

_ そういえば、ソフマップも街中に移転してくるらしい。

今、ベネトンがあるあたりだろうか。昔は、ものすごくレトロな喫茶店があった。なんというのか、旦さんと芸妓さんがちょっとパフェーでも食べにいきまひょか、というかんじで立ち寄りそうな喫茶室。私も一度だけ、逢い引きに使ったことがあったが、なかなか風流なお店だった。しばらくして、老舗の洋食レストランのあったこれまた風流な建物が、ブルックス・ブラザーズになった。一方では、町家カフェーが雨後の竹の子状態である。なんでもいいんだけど、なんだかつまらないな。

_ それで私の日常生活といえば、すっかり落ち着いた。あいかわらず、誰にでもできる雑用をこなし、ヒミツ作業を傍らで進めている。ヒミツ作業、なかなか終わらない。旅程もそういえば、まだ確定していない。あらゆる方面に、迷惑をかけっぱなし。


12-10-2005 / Wednesday [長年日記]

_ ひさびさにDOS画面を見た。なつかしー。コマンドはもちろん、ほとんど忘れている。

_ めずらしく、2限目が終わった時間に待ち合わせ。もちろん、入られず。池のほとりで座って待っていたら、ものすごいスピードで、脇目も振らずに、私に向かって突進してきた人がいた。学内って、ときどきへんな人がいるけど、たぶん、職員の人。普通にワイシャツを着て、よくみんなが履いている茶色のスリッパを履いている。避けたものか、じっと座っているべきかしばしためらっているうちに、その人は、私が腰掛けていた池の縁に、ハードルを越えるがごとき身軽さで飛び乗った。私はほぼ、この人が池の中に飛び込むだろうという確信を持っていたのだけど、みんな平然とお弁当をつついてる。瞬間、池の鯉が濁った池の中でもんどり打った。知り合いなのだろうか、鯉たちは喜んでいる風情。ここにはカメもいるのだが、カメは現れず。職員の人は、排水口みたいなところに絡まっていた枯れ草をひょいとつまみ、池の中の様子をうかがいつつ、円周を歩き始めた。きっと、お昼の日課なのだろうな。一瞬、ちょっと怖がってしまった私は、申し訳なかったと心の内で謝り、遅れてきたTさんとも無事に邂逅。お弁当を買って河原で食べようという提案は、柔らかく拒否され、野菜メニュー豊富なランチバイキングへ。カボチャのマリネがおいしかったので、そればかり、おかわりして帰ってきた。それで、なぜTさんをわざわざ呼び出したのか、本質的な課題をこなすのを忘れてしまったことに、途中で気がついたのだけど、やむなし。このごろ、二日に一回くらい、携帯電話を持っていたらな…と思ってしまう自分がいる。もう年貢の納め時なのだろうか。地球が滅亡する日まで、携帯は持たないでおこうと誓い合った友人某が、すでに持っているのかどうか、まずはそれを突き止めたい。

_ マニフェスト作り。いろいろ。

超過勤務をしていませんか調査があった。していないわけがない。裁量労働の職種に、時間制を導入したところで、立場の低い人間が、「時間通りきっかりにあがっています!」などといえるだろうか。しかも、総務に呼び出されて、係長の前で、「まずは「超過勤務はありません」に印をつけてください」といわれた。なかなか大胆やね。

科研の申請数の競争でもあるのだろうか。私は今、自分の科研も含めて、4つの科研に関わっているにもかかわらず、「基盤研究(C)だったら出せますよ」という通達があった。どのセンセイも、殺気立っている。なんなのだ、これは。メンツ集めに誰もが奔走している。会計からは、出してください、出してくださいと、一日に何度も来る。あるときはただの被雇用者、あるときは研究傭兵。「兵隊さんはたくさんいるんだから」と、大ボスがいうのを聞いてしまった。兵隊さんなんだ。いっそのこと、ブリキの兵隊さんだったらよかったのだけど、残念ながら、生身。

大学って、へんなとこやねー。


13-10-2005 / Thursday [長年日記]

_ ナシが好きなのだけど、最近、あまり20世紀ナシをみかけない。長十郎は、私には甘すぎてちょっと苦手だ。果物は、少し酸っぱい方がおいしいと思うのだけど、イチゴにせよミカンにせよ、甘いものが圧倒的に優勢である。顔がゆがむほど酸っぱいハッサクとか、最近は、なんだかなかなかお目にかかれない。酸っぱい果物が食べたいなあ。。

_ 語学の先生を質問攻めにしてしまった。。日本語でも、「全然、OK!」などという言い方があるように、某国語でも本来の意味とはまったく反対の意味を持つようになったことばがある。それについて、いろいろ質問。あと、歌謡曲などの歌詞でしか使われない語法があって、それについても質問。「なんのイヤミか知りませんが、○×さんはもうこのクラスに来ないでください♪」などといわれつつ、粘った結果、親切にも、あとからメールで解説を送ってくださった。私はこのセンセイが好きだ。語学の先生は得てしてスマートという思いこみを打ち砕いてくれるからなのだが、○×語に対する歪んだ愛がすばらしいと思うからなのである。いやがられつつも、次の出張までの短い期間、通い詰める予定。

_ さんま塩焼き、白菜と薄揚げの煮浸し、揚げ出し豆腐、おみそ汁、サツマイモ入り麦ご飯。

おいしかったです。図書館に行って、書籍で買い物して、いろいろ。

いざ、科研の申請書類を書き始めようとしたら、障壁が出てきて、今、頓挫しているところ。

iPodの動画が見られるタイプ、やっぱり出るのだな。nanoよりも、こちらのほうに関心あり。あと付け足すべききのうは、ICレコーダー機能だろうなあ。。なんて思いました。でもそれを必要としているのは、私だけなのだろうけど。。

久しぶりに語学クラスに出る。どこで最初に勉強したかで、訛りが異なる。私は関西弁訛りはほとんど入っていないのだが、強烈にそれが残っている人も、一方ではいるのである。語学を習得するときに、母語の影響が強く残る人とそうでない人には、どのような違いがあるのだろう。今日のクラスに出てみて、おもしろいなあと思った。ちなみに私は海外にいるときのほうが、日本語を話すときの関西アクセントが強くでる。普段は絶対いわないような、○×とちゃいまっせ、とか無意識のうちに出てきたりする。これもふしぎ。


14-10-2005 / Friday [長年日記]

_ インド料理屋。おいしかった。しかし、話は弾まず。沈黙のほうが長かった。

_ このごろ、よく考えること。これだけのことをやりました、やっています、ということを必要以上にアピールする背景には、どのような心理(なんて安直につかっていいのかわからないけど)が存在する(と簡単につかっていいのか不安だけど)のかということ。わたしはこのあたりのアピールが絶望的にへたくそかつ押しが弱い人間なので、自分にとって不利な方向へのエネルギーばかり注ぐタイプである。だから、○×できないんだなとか、△■なんだよ、と思う。しかし、もうこれはどうしようもならない。ただ、なにをアピールすべきかは、よくわかっていると思う。その方法がわかっていないだけで。だから余計に始末がわるい。しかし、なにかそういう自分とのつきあい方というのが、きっとあるのだろうな。それがわかれば、もっと自然になるのかもしれない。

_ 某国情報を、あちらこちらから収集しているのだけど、却って、収拾がつかなくなりつつある。やっとこさ、旅程が決まって、ブッキング。しかし、どこに泊まるのかまだ全然きまらず。

_ 河野多恵子/小説の秘密をめぐる十二章

おもしろく読んだ。実は、わたしは、どうも川上弘美と相性が悪い。よそのみなさんが書いているように、まだよさがわからないというのか、私にはとうていわかりえないのかわからないけれど、とにかく読書の波に乗ることができないでいる。河野多恵子は、川上弘美の小説の一部を引用して、譬喩表現がすばらしい、とほめていた。なるほど、その譬喩は、さすが「小説家」だなと思うような、思いがけなさと説得力の両方があった。もう一度、読み直してみようかと思った。そう思っただけでも、読んだ価値があったかもしれない。

_ 会議とかたくさんあるみたいなんだけど、自分には発言権がない。なのに出席しないといけないのがやだ。

_ 10月半ばだけど、暑い。まだ日傘をさしている。どうなっているのだろうか。

_ 用事が終わってから、紀伊國屋に寄ったら、午後8時閉店だった。。12時まで開いてなくてよいのだけど、せめて9時までは開けておいて欲しい。ブックファーストって、そういう意味では革命的だったなと思う。丸善もブックファーストに対抗して、営業時間を9時まで延長したのだもの。丸善、もういろいろと小さな工事は始まっている模様。文具階、いろいろと楽しい小物をセールしていたとのこと。行けばよかった。遠慮しながら生きていては、だめだなあ。

_ 未だに夏の着物を着ている。衣替えの気配、なし。私の周りの人は全員、半袖半パンでうろうろしている。


15-10-2005 / Saturday [長年日記]

_ 新しい某国情報の収集、もうまだまだ時間があるなんて悠長なことをいっていられず。帰国してすぐにまたいつもの某国出張がある。日本にいるこの期間に査証を申請しておかないといけないのだが、諸般の宗教的事情により、ちょっとむずかしかったりする…と思っていたら、メールを送ってから1週間ぶりに、連絡があって、ちょっとほっとしたー。助かった。

_ ところで、調査している国とか留学先の国ことをぼろかすにいう人がときどきいる。わたしはそういうとき、いつも「歪んだ愛」ということばのもとに、好意的に解釈するようにしてきた。外国に住むということは、ときには自分自身に面と向かい合う必要もあったりして、なかなかうまくいかないこともあったりする。だから、他ならぬ私自身が、その歪んだ愛をその国の情報として受け取らないように、というあまり実効性のない方針をとっていたのである。

ところが、今、新しい某国情報を集めるようになって、インタビューをしたほぼすべての人が、「あんなひどい国はない」「もう二度と行くことはない」「だから、繰り返し行く人がいないのだ」などという。好意的な、「ちょっと人がうるさかったりするけど、ものすごくよいところだよ」「嘘をつかれたりもするけれど、基本的に笑ってすませるからね」という意見が、今のところ皆無である。少なくとも、私の周りの人の情報を聞く限りでは、そのような意見が圧倒的に多い。そんな国があるのか…。先入観を持ちたくないのだけど、影響されそうになるほどネガティブな発言を聞き続けている。食傷気味。まあしかし、食べ物もおいしそうだし、大概、どこに行っても、にこにこしていれば、それでうまくいくものだ…と思うのだが。若くもかわいくもないので、勘違いされることもないだろうし、自然に行こう。などと思うのだが、さすがの私も実のところ、少々、びびっている。

_ たまっている本を片端から読む。


17-10-2005 / Monday [長年日記]

_ 友だちとちっちゃなギグへ。氷の宮殿並に寒かった雪のベルリンを一緒に徘徊した友だちからのお知らせがあった。

大きな月を見上げながら、バスに揺られた。最初のバンドはアイリッシュ・バンドとのことだったけど、オリジナルの曲の方が多かったか。ギターの人がむちゃくちゃ、上手だった。スナフキンに似ているなと思っていたら、同行の友人もおなじように思ったとか。このバンドはゲストのバイオリン(とは呼んでいなかったのだけど、なんとかという楽器)の人がむちゃくちゃに上手だった。ウッドベースの人と笛の人は、音楽が大好きなんだなーという感じが伝わってくるような雰囲気でいっぱいの人たちだった。少しぎこちないMCがよい感じであった。

もうひとつのバンドは、初めて見る楽器がたくさん。狭い空間にたくさんの楽器があって、それでもひとつひとつの音がきちんと聞こえてきて、ボーカルの人がしっかりとした妖精のような感じで、こちらもよかった。女スナフキン、といった感じだと思ったら、友だちも同じように思ったらしい。

余韻に少し浸りながら、帰宅。

生で聴く音楽って、やっぱりよいなあと思った。ときどきは、こういうふうな時間を見つけなくてはいかんね。


18-10-2005 / Tuesday [長年日記]

_ 駅で待ち合わせ。久しぶりに会う人と楽しくおしゃべりできたのが、うれしかった。

_ 『未亡人の一年』、読了。原書を読んだときは、ルースのイメージが、どういうわけか小型のキャシー・ベイツだったのだけど、日本語で読むと、相当な美人だということがわかった。ところがふしぎなことに、自分で作り出したイメージがなかなか修正できず、記述されているルーシーのイメージとのギャップに苦しんでしまった。そういう楽しみかただと思えばよいのか。おもしろい物語だと思う。

明日は美術館へ。ここのカフェテリアでは、豆腐カレーがおいしい。

_ 巻き尺とすぐにパソコンに差し込めるGPSが欲しいな。

_ アテンドで一日中つぶれた。人を待たせるのが平気な人とそうでない人がいる。待たせる人になりたいななと思うけど、自分には似合っていないような気がする。小間使いをながくやりすぎているので、そう思うのかもしれない。あと、携帯電話にかけて呼び出し音はなるのに、出てくれないのって、どういうことなのかなー、と思っていたら、「非通知の電話をかけてくる失礼な人がいた」という記述を読んだ。。そっか、もう携帯電話とか番号通知電話でかけない人は、礼儀を知らぬ人、となるのか。。うちは未だに黒電話だしなあ。大学の電話番号は、どうも毎回、異なる番号が表示されるらしい。だからいつも文句を軽く言われる。携帯電話で、年配者ようのかける機能とかかってくる機能だけのシンプルなのがあるけれど、それでいいかもな、と思っていたら、なんと今時はいろいろ問い合わせとかするのに携帯電話のメール機能でないと受け付けてくれなかったりするのだな。

なお、私が携帯電話を持ちたくない理由の一番は、私的な内容の電話を他人に聴かれたくない、ということにつきるような気がする。電話を話す場所というのがあるような気がするのだ。。とか書いているわけですが、こじつけ感、否めず。ただ単に、きらいなんだー、とまとめておこう。便利さは認める。


19-10-2005 / Wednesday [長年日記]

_ 美術館、よかった。午前中、仕事して、お昼ご飯を長めに取って、出かけてきた。休日出勤もしているから許されるのだと決めて。ガイドブックにも載っている有名な洋食グリルでオムライス。おいしかった。他の人たちは、数名でばらばらのメニューを注文して、みんなで分け合って食べていた。おいしそうだった。でもオムライスを一人で食べきるのは、さすがの私でもしんどかった。それでもおじさんやおばさんたちは、ぺろりと食べていた。

堂本印象美術館というのが某大学のバス停前にある。私はてっきり、印象派の絵画を収集していた裕福な人の私設美術館だと思っていたら、ある時凸凹市立に移管されていたようだ。また「堂本」は名字で、「印象」が筆名だという。画家の人であった。しらなんだ!今日は印象さんの甥御さんの展示。日本画出身の人だからなのか、とても静かな印象を受ける絵がたくさんあった。とても気に入った。館蔵品展示もよかった。時分時で、ほとんど誰もいなくて、ゆっくりと堪能した。ついでに帆布鞄屋へ行って新しいのを買おうと思ったのだけど、迷って買えず。黒と葡萄色で悩む。戻って会議に出て、誘われたのでご飯食べて帰ってきた。今日は外国の人にたくさん声をかけられた。日本人のガールフレンドを連れて歩いていた人が、振り返って微笑みかけてくる。ガールフレンドは気づいていない。なぜか得意になる。なぜだったのだろう。楽しそうに自転車にのっていたからなのかな。

疲れたので、寝よう。

_ 涼しくて、気持ちがよい。

_ ちょっと自分をよく見せようと思って、別になかよしでもなんでもない人に「善行」をしたわけである(もちろん、私が勝手に「善行」だと思っているにすぎない)。それで、いまごろになって偽善だなと思って、気持ち悪くなっている。よく見せようとほんとに思ったのか、もっと素直な気持ちが働いたのかを吟味すると、自分の中では後者だと思いたいのだけど、日頃のその人とのつきあい方を振り返れば、功徳を積んだとも言い換えられる。いや、そんなことを考えた時点で、やっぱり偽善になっているんだろうな。私はもう少し、他人との接し方を考えたほうがよいのかもしれない。親切過ぎると遠回しに指摘されて、はっとしているところ。それもほんとうに親切だったのか、そうでなかったのかを考え始めると、また堂々巡りに入ってしまう。自分も大人なんだし、周りもみんな大人なんだからと思って、適切な距離を取ればよいだけの話かもしれない。しかし、普段から冷ややかすぎるくらい距離を取りすぎているという思いこみがある。本来、そんなに考えることではないのかもしれないのかもしれないけど。ハナとルースの関係って、いいなあと思った(未亡人の一年)。

_ 週末はひさしぶりに友だちと山歩きに行く。今度の出張の足慣らし。実はこないだ某国にいる間、毎晩、竹刀みたいな長い棒をみつけてきて素振りをしていた。すこぶる、快調だったので、帰国してからも、ときどき振っている。素振りしているときは余計なことを考えないのでよい。スポーツクラブに行ったりするのは、まったく似合わないので、家でこそこそと竹刀を振って、暗く過ごす。


20-10-2005 / Thursday [長年日記]

_ かぜの引きはじめらしく、頭がぐらぐら。がんばっていけばいけたかもしれないのだけど、あまりにもめまいがひどかったので、今日は休んでしまった。一日中、タオルケットにくるまって寝たり起きたりする。

今日はとてもよいお天気だと母がいうのだが、とにかく寒くてしかたがなかった。今年初めてのセーターを着た。

意味もなくかぜを引いてしまうなんて、なんて軟弱なんだ!

_ そういえば、昨日、某人がテニスをしているのをちょっと見学していたのだけど、体が大きい人は、フォームが適当でもちゃんとボールが飛ぶのだなあと感心した。体は完全に正面を向いているし、腰も落としてなくても、腕力があれば大丈夫なのだな。私は実は体育会だったのだけど、腕力が全然なかったので、ストローク戦になると、すぐに自滅した。今はもうサーブも入らないだろう。とか思って、えらそうにフォームに口出ししたりしたのが、祟ったのかもしれない。


21-10-2005 / Friday [長年日記]

_ 極めつけに多忙な日だったけど、とても楽しかった。

おみやげたくさんいただいたり。たくさんコメントしたり。

懇親会は某ジャスコの近くのお店。この通り、最近いろいろと新しいお店ができているらしく、全体的においしそうなにおいが漂っていた。われわれの懇親会会場は、穴場中の穴場。もうとにかくたかだか3,500円でこんなにお料理が出てくるかー、と唸るほどに出てくるのである。最初のお皿ってなんていうのでしたっけ。八寸とかいうのだっけ。それだけでも結構な量。ついでお刺身が出てくる。半端な量ではない。ヨコワ、甘エビ、もどりカツオ、ハマチ、トリガイ、イカ、ハモ!ついで焼きなす。ただの焼きなすではなく、ショウガの代わりにミョウガ。おいしい。ついで焼き物。サワラのみそ漬け。おいしい。天ぷら、おいしい。松茸の土瓶蒸し!おいしい。栗ご飯。おいしい。ほぼ一人でオーガナイズだったけど、みんな気持ちのよい人ばかりで全然、しんどくなかった。日本酒、久々にぐいっと。おいしい。3次会まで強引に引き回されそうなのを、帰宅。あのお店、ほんとうに儲かっているのだろうか。魚介類派の人には、ほんとうにお得なお店。こんなに安くていいのかというくらい安かった。某先生の話、おもしろすぎて、久しぶりにけたけたと笑ってしまった。そですね、そろそろ独自理論をぱあーんと出す時機だな。なんてことを説かれた。そだな。そろそろ。。ぱあーんと行ってみたいところだ。

来週から、ロード。いい感じで国内編が終わったので、次は大きく出てみようかと思う。

_ ものすごくよく寝た。

_ 人の名前を書き間違えるって、誰にでもある間違いかもしれない。けれど、これが教務とか総務、そして会計の人だと、ちょっと問題だなと思う。書き間違えられない名前の人は、そんなことどうでもよいじゃないか、たかが名前なのだから、というかもしれない。私も基本的にはそう思っている。でも、人によってはものすごく重要な意味があったりするのも事実だろう。現実に、某国やその近隣国では、本名は家族以外には知らせたりしないこともある。むやみやたらと他者に教えることは、その人にとってよくないことを招くことがあると考えられていたりするのである。ちょっとずれたけど。

人に知られるのが普通の国であれば、Anne Shirleyと、Ann Shirleyは区別可能な名前なのだ。終わりにEがついたアンにこだわるところは、私にはとてもよくわかる。名前を間違われるというところから、さまざまなことが読み取れたりもする。

間違いを訂正しても、思いこみはおそろしいくらいに、強力だったりする。本人が書いている表記をなぜかわざわざ旧字表記する人もいる。外国人の名前のスペルミスには敏感なのにふしぎ。これからずっとローマ字で名前を書こうかと思ったりする。幸いなことに、「し」とか「ち」「つ」とか濁音とかもない平板な名前だから、間違えようがない。大体、母音だって「あ」と「お」しかないんだから。そういうことを考えていると、某大先生(誰だっけ)がおっしゃるように、もう漢字をつかうのはやめよう論は、なんとすばらしいのだと思ってしまうことがある。個人的には、漢字が好きなので、断固反対なのですが。


22-10-2005 / Saturday [長年日記]

_ 電車の中で小川洋子。たぶん、ブルーノ・ガンツかマルチェロ・マストロヤンニが男性役で、女性役は石田ゆり子もしくはウィノナ・ライダー。イザベラ・ロッセリーニでもよい。なんてことを想像しながら。少年役は「Au revoir, les enfants」の写真の男の子か、「鬼畜」の男の子(最後に「とうちゃんじゃないよー!」と叫ぶ子)、女の子は…いろいろたくさんいそうだな。監督はアンゲロプロスか、思い切って市川崑。林海象はあまりにぴったり過ぎるか…、などと考えつつ読む。

_ 博物館へ。きれいなものをたくさんみて、いわゆる心の洗濯。どちらかというと静寂とか安寧ではなく、パッションを得る。サブコンチネンタルに行きたいという旅心がかき立てられた。

おいしいものも食べる。たくさん歩く。直筆原稿を見る。熊野のサンマ寿司を食べる。美味。昨日は鯖寿司。こちらも美味。おいしかったなー。

母校(高校)近くの明治時代から続く老舗書店も、看板を下ろしていた。○×銀座という小さな商店街の入り口にあった木彫りの大看板は、どこへ行ったのだろうか。跡地には99円ショップがあった。全然、似合わない。明治以来の女学校だった母校の校舎は、多くの人々が保存することを嘆願して、かなりの規模の人々を動員したにもかかわらず、解体された。時計台の下にあった戦中の爆撃痕も、もう今はない。地方都市であっても、新しいものがどんどんとパズルを埋めていくように、古い地図を蚕食している。そんな風景をみながら、次にここを歩くときはなにが残っているだろうかとか、考える。記憶の修正作業は、これからもっと忙しくなるのだろうか。


23-10-2005 / Sunday [長年日記]

_ をを。。そうだった。ここ衣替えしようと思って気がついたのだけど、デスクトップに衣替え道具が全部入っていたんだよねー。ということは、歴史的遺物である昔の日記とかCGIとかももう発掘不可能ですね。。いやー、いいんだこれで、と思うよりない。そっかー、デスクトップが死んで以来の欠落感はこれだったのかー。どういうわけかweb関連のデータはマイドキュメントに入れてなかったもので、こういうことになったような気がする。マイドキュメントは自動同期していたからほぼ助かったけど、そうなんだ。。なんだか急に寂しくなってきた。

_ 部屋の掃除をしていて、案の定、本に読み浸ってしまった。『歳月のはしご』(アン・タイラー)が今日の誘惑だった。この小説、大好きだ。何度も何度も繰り返し、読んでいる。ぽーく・ばーべきゅー・さんどうぃっちというのがどんなのか、食べてみたい。

_ もう帰国した華人(OSC)の友だちが、「買うときは最高級のものを買うことが成功の秘訣」と常々、話していた。わたしには最高級のものは買えないので、中くらいのものばっかり買っているのだけど、このポリシーは、安物買いをしなくてよいというメリットもある。学位を取って帰国したあと、この友だちは今、事業で大成功して文字どおりの大金持ちになった。旦那も凸凹大で学位を取って帰国して、今は母校の助教授。子どももふたり生んで、今、ものすごくエネルギッシュに活動している。時間的余裕も取れるようになった。それでようやく研究者に復帰ということを考えているとのこと。華人のサクセス・ストーリーはあまりにも多様で、これが王道というのはないのだと思う。プロセスはどうあれ、最後は金玉満堂になればいいわけだから、ほんとうにみんなとにかくがんばる。わたしはそこまでなにかに力を注ぎ込んだことがあっただろうか。ときどきふと、この友だちの言葉を思い出す。某国からの帰路、わたしはいつもこの友だちを訪れて、エネルギーを浴びてから日本の土を踏む。なんなのだろうか。現実離れした生活から、現実にもどるためのステップなのかな。

_ 某大陸へ行くのにもう2週間を切っているのに、いまだホテルが決まらず。昨今はインターネットで予約するのが一番経済的らしい。空港までのお出迎えもお願いできるらしい。明日中に旅行伺いの最終版を提出しないといけないのだけど、やばいなあ。。とかいいつつ、もうひとつ、危機感は募っていない。

_ 風邪気味だったのに、ずっと外出続きで、一時はふらふらだったのだけど、昨日は早めにお風呂に入って休んだら、今日は随分調子がよくなっていた。よかった。

_ 冬になると、サツマイモとリンゴのコンポートをよく作る。こないだは、断食中のお客さんが、日の入りとともに食べるお菓子として準備。いつもはシンプルに、グラニュー糖と赤ワイン、レモンであっさりと味付けをつる。こないだは、そこにカルダモン、クローブ、スターアニス、シナモンスティックを入れてみた。いつもはシナモンパウダーでごまかしている。赤ワインではなくて、白ワインを使った方が、上品に仕上がるみたいなので、今度はそうしてみよう。


24-10-2005 / Monday [長年日記]

_ デスクトップが死んだときとおなじような気持ちの悪い音が、ThinkPadから聞こえてくる。。

_ パンプスを買おうと思って靴屋に寄ったのに、なぜかスカートを買って帰ってきた。。慶事続きで何かと物いりなのに、一体なにをやってるのだ。自分の計画性のなさに落胆しつつ帰宅。なんかいろいろ、もう〜なにやってんの!という毎日で、なんかもうやることなすことなってないという思いで、押しつぶされそうになる。あほすぎる。スカートは素敵なのだけど、それを身につける人が素敵でないのだ。

_ さきほど、NHKのニュースで、フロリダに上陸したハリケーンから避難するために体育館などに集まった人々のインタビューがありました。それで当たり前に、スーパーインポーズが入るわけです。そんでいつものように英語を聞きながら日本語スーパーを見ていたら、みんなスペイン語ではなしているのですね!!フロリダとかカリフォルニアでは、公用語が半ばスペイン語となりつつあるという話はずいぶん前から知っていたけれど、ちょっと驚いた。今、ロサンジェルスに住んでいるイトコも、やっぱりスペイン語を学習中とか話していたなと思い出した。アメリカには全然関心がないのだけど、バーモント州とニューメキシコには行ってみたい。

バンコクで2泊することに決まったのだけど、どこに泊まっていいかわからない。全然、土地勘がないので、ガイドブックをみてもまったくインスピレーションを得られず。どうしたらよいのか、かなり頭を痛めている。もうわからん…。安くて清潔で安全で、お湯が出てゴキブリがいなくて部屋が明るくて、近所に屋台があればそれでいいのだけど、そんなの見てみないとわからないしね。インターネットでホテルを探しすぎて、気持ちがわるくなってきた。

_ もう何ヶ月も散髪していないので、髪の毛がぼうぼう。早くなんとかしないとな。

_ 旅行に行くときは、野帖とB5くらいのリングノートを持って行く。リングノートには、入場券とか小さいパンフレットとか、あめちゃんの包み紙とかを貼り付けて、日記にしている。収支簿は別に作成。そのノート、いつも丸善で買っていたのだけど、もうなくなったので、ちょっと雑貨屋などで物色中。いいのが見つかると良いのだけど。


25-10-2005 / Tuesday [長年日記]

_ バンコクの宿、本屋で目が乾くまで立ち読みしてわかったことは、どうもオンラインで予約する方がいろいろ特典がありそうだということ。。と思っていたら代理店から今、メールが来て、復路の便、チャンスパッセンジャーにでもならないかぎり、乗れないみたいですね…だと!こんなエージェントがあるのか!と一瞬、沸騰するも、もうどうでもよくなった。別にどうしてもバンコクに行きたいわけじゃないもん。葡萄はすっぱいもんだ。

_ うーん。

_ 今、某定年退官先生関連で某称号を申請するための某書類を書いているのだけど、昔の研究者の先生たちは、ほんとうにのんびり研究ができていたのだなとうらやましくなってきた。それなりに苦労もあったのだろうけれど、一就職浪人からすれば、(以下略)。隣の芝は青く見えるのだと、自らを諫め、黙々と作業。

わたしに「明日」はあるのだろうか。

_ 靴は無事に買えた。しかし靴を買ったって、なにか景気がよくなるわけでなし。むなしさは募る一方。ちゃんとしたヒールを買わないといけない理由があったから買ったのだけど、なんか本末転倒。なんと愚かな人間なのだろうか、わたしは。

デスクトップが壊れて以来、ほとんど家で仕事をしなくなった。わたしの中ではノートブックは、仮住まい的な存在だからか。本格的に仕事をするにはストレスが多すぎる。だったらマウスを使えばいいのかもしれないけれど、使いたくないからThinkPadなわけで。とか、自分でストレスになる要因を確保している感が否めない。ばかではなかろうかと思う。

_ 田舎に住みたい。

_ かなりしっちゃかめっちゃか。プレッシャーに弱いのを、なんとかできないものかと思う。


26-10-2005 / Wednesday [長年日記]

_ 思いの外夜遅くまで、ITさんと秘書さんと仕事。疲れたので新しくできたというスープカレーのお店へ。全体的においしかったけれど、すごいカロリーなのだろうなあ。。お野菜とか全部、揚げてある。おいしかったけど。

このごろ、書評を書いていないので、なにか一冊読んで、書いてみようかなとか考え中。趣味の本ではなく、仕事の本のほう。 簡易為替を買いに郵便局に行ったら、今は郵便小為替というらしい。子ども銀行券のようなものが出てきた。そのまま、書類を入れた場合の料金を教えてもらい、返送用封筒に旅券を入れた場合の料金分の切手も買う。ものすごく気の利く局員さんで、翌日10時配達の送り状も出してくれた。某首相チルドレンとかではなく、この人は昔からとても親切だった。こういう局員さんのやる気をそぐような改革は望まない(とか、海外に行っていたので投票できなかったのに。それにしても、旅行中の人は、選挙権を行使できないって、どうなんだろう。在留届を出してから3ヶ月以上経たないと、海外投票できないというのもどうなんだろう。個人的には疑問)。 まあなにしろ、今日は絶句することがふたつほどあって、またしても眠れません。なんでみんなそんなにすぐ結婚相手を見つけられるんだー!という心の声がうるさくて。

_ ずっとペンディングの投稿論文、久々にファイルを開いた。出発までに投稿しておきたい。

_ 夕べ、大学の知り合い(友人にあらず)から妙なメールが来て、眠れなくなった。三人で会いたいという内容なのだけど、「夕方から会って、あとは『若い二人で****池 にでも行って、相談なさったら(原文から翻訳)』?」とある。なんで池にいかんならんのだ。このメールを寄越した深意は明白であるけれど、なぜそういう事態を引き起こすことになったのか、自分の行動を振り返る必要がありそう。どこかで何か口走ったのであろうか。そういう話は他人にほいほいしないタイプなので、ますますわからん。もちろん、会うつもりはないのだけど、どんなふうにお断りすればよいか、それやな、問題は。


27-10-2005 / Thursday [長年日記]

_ ドル・キャッシュを持って行かないといけないのだけど、今、強烈に円安だよ。手持ちの1,000ドルで間に合うだろうか。。このドル、104円くらいのときに買ったものなので、お札が古い。お札が古いと、国によっては受け取りを拒否されることがある。米ドルって、発行年が印刷されているらしく、これがチェックされるのである。その割にはその国のお札なんて、なんども水をくぐり抜けたあげく、食べ物のシミなどがついていたりしている。日本円は、基本的にきれいなので、めったなことで受け取りを拒否されることはない。というか、今まで一度もない。

おばあさんとおじいさんカップルが手をつないで歩いているのをみると、とても微笑ましくてよいなあと思う。腕を組んで歩いているのを見ると、おもわずにこりとしたくなるくらい、いいなあと思う。わたし自身は、手をつないで歩くのも好きだけど、腕を組んで歩くのが好きだ。ところが女の方が腕を組むというのには、「わたしのものだからね!もう離さないわよ!」という意味があるという話を聞いた。とりあえず、そんなの言いがかりだ、と言っておこう。いいじゃん、だって腕を組む方が心臓の位置はもっと近づくのよ。以上。

_ わたしは地味な人間なので(と順接にしてよいのかわからないけど)、自分を売り込むのが強烈にへたくそである。セールストークもへたくそなので、すべて直球勝負ゆえに、多くの人に煙たがられていることでもあろう。大学の先生は、華やか且つ話術に卓越しているということが、必要条件だとこの頃思うことしきり。そういう人は、どんなに忙しくても仕事もきっちりしていることが多い。わたしの場合、湿気ているうえ、無能。進退見極めすらできない。

_ ときどき、駅に向かう道で会うことのあった、小中学校のおさななじみたちと、会わなくなって久しい。もちろん、連絡をすればいつだって会えるのだと思う。でも、仕事が忙しかったり、子どもがいてたいへんだったり、家の用事で手が離せなかったりするのだろう。あるいは、もうみんな別の場所に引っ越して、新しい生活の場を築いているのかもしれないし。一度も同じクラスになったこともなかった同学年の友だちは、みんなどこへ行ったのだろうか。わたしだけが、じっとここに居続けているような気がする。変わったようで、なにも変わらずにいるのだろうか。わたしはここでなにをしているのだろう。


30-10-2005 / Sunday [長年日記]

_ いろいろな土地を歩いてきたけれど、最初にその国を訪れたときの印象は、いつまでも記憶に残るものだなと思う。とりわけ、冬のヨーロッパの記憶は、一番しっかりと記憶に残っているような気がする。国境の街で吹雪の夜の空に見た聖堂と塔。わたしはあの風景を、きっといつまでも忘れないだろう。今度、初めて行く国の印象はどのようなものになるだろうか。ぼんやり考えながら、荷造りをする。

_ 列車事故とテロがほぼ同時だったから、混乱したのだけど、このふたつは関係がないようだ。どこが安全だとかそうでないとか、もうなにもいえないのかもしれない。今度の旅行保険も、補償金額無制限のものにした。わたしのためにというよりは、むろん、残された家族のため。そういう形で両親を説得してまで外国に行くのよいことなのかどうなのか、ときどきふと考えてしまうようになった。と同時に、畳の上で死にたくない、というあまのじゃくなことを考えたりもする。もうすぐ断食月が明けるから、油断はできない。

_ 面接に備えて、どんなポスターを作ればよいですか、という相談を受ける。わたしはといえば、DC1のときは思いっきり手作り。A3で出したものをはさみとのりでA0に貼り付けた。地図とかも、何度もコピーして、思いっきり、引き延ばした。矢印とかはマジックで書いた。理系の学会で何度かポスター発表をしたことがあったので、ポスターがどんなのかは知っていたかもしれない。それでも面接当日、プロの理系の人たちは、ものすごく美しい紙芝居のようなポスターを作っていたので、これはだめだと思った。PDのときは面接免除だった。という話をしたら、それはいつの時代ですか…、と言われた。。。ポスターは文字で説明するよりも、図とかそういうのを多用したほうが、短い時間で説明するのには断然有利、文章よりも箇条書き、という普通のコメントをえらそうにして、こそこそと退散。今はどこの研究室もプロッターがあるので、便利やねえ。。ほんまに。

_ みつ豆が食べたいような気分。

旅行保険って、オンラインでかけられないのかなあ。。ちょっと調べてみよう。いつも、チケットを買ったり保険を掛けたりしている小さな代理店、大学院入学以来、ずっとわたしの担当をしてくれていた人が、去年の秋に、別の代理店へ転職になった。それを機に代理店を変えてもよかったなと、今頃思っている。

→ オンラインで申し込みできた。。こんなに簡単だったのね!しらなんだ。。


31-10-2005 / Monday [長年日記]

_ Minal Aidzin Wal Faidzin H1427.

それではまた♪


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