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  1. ぜぶら (07-27)
lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

02-07-2006 / Sunday [長年日記]

_ 離陸前から寝てしまって、着陸してから起きた。よく寝た。帰りにマッサージ屋で髪をカット。二十歳そこそこの青年が、マッサージしてくれる。こういうマッサージは、指圧の加減云々よりも、若い男子がマッサージをしてくれるという事実にこそ、価値があるのだなと思ったり。それで妙齢の女子がわんさか来ているのかと思った。そう、わたしは間違ったマッサージ屋へ入ってしまったのでありました。ひょっとしたら高校生くらいかと思うくらいの男子。小泉今日子となんとかくんとかいうアイドルの人って、一体どんな話をしているのだろうか。わたしの担当の青年は、これまたひじょうにシャイな人のようだった。わたしもばか話をする余裕がないほどに疲れていたので、寝たふりで、ときどき、あーとかうーとか、呻いただけだ。最低料金のコースなので、上半身あんま以上のサービスはなかった。他の女性軍は、密室へ移動しているようだった。しかしカットはものすごく上手だった。結論からいうと、空港内に無料で使えるように設置されている電動あんま足揉み器のほうが、断然、よく効いた。それで、ずっとよく眠られたのかもしれない。

巨大スクリーンでイングランドとポルトガルの試合見る。


03-07-2006 / Monday [長年日記]

_ ひどい時差ぼけで頭痛がひどい。その要因のひとつは、日本の湿度の高さかも。暑い。

_ 某非常勤先の教務。二年連続で、わたしの信用を失墜させるヘマをしてくれた。ほんまに、いったい、人をなんと思ってくれているのか。信用もへちまもないしがない非常勤ではあるが、学生さんとした約束を、ほかならぬ教務がなし崩しにするとは。

_ 今回の出張、いきしなはタクシーがまず来なくて、リムジンに乗り損ね、「特急はるか」に乗るも、途中で離陸30分前にしか到着しないことがわかり、慌てる慌てる。こんなときに限って携帯電話も持っていないです、当然。秘書さんに頼んで、チェックインカウンターに電話してもらった。はるか到着とともに、自分の名前が呼び出され、慌てて、荷物も全部持って走る。死にかける。着席とともに離陸。乗り換え空港では、一瞬、出国して携帯電話を買っている隙にどうも飛行機の時間が来たようで、これまた飛行機を止める。迷惑な客である。帰国の際は、FIXのチケットを買っていたことを完璧に忘れていて、なんとか便を変更しようと試みて、あほな日本人を演じてしまいました。裏金ならいくらでも払うから、チケットを変更してくれー、などといってしまった記憶があります。。なんという人。

しかも携帯電話、今や、どこの国にいても使えるのですな。某国からのSMSが、別の某国で受信できた。送信はどうやってするのかわからなかったのでしなかった。そういうわけで、わたしは今や、世界中で携帯電話を使うようになりました。が、今日、日本の携帯電話の使い方を思い出せなくて、かかってきた電話をすべて切ってしまうという愚行をおかす。もうぼけがはじまっているのか、なんなのか。それにしても携帯電話、ノキアのを買えばよかったです。わたしが買ったソニー・エリクソンのは、電池が一日もたないことで、有名なのだそうな。みんなにあほだと言われた。実際、SMSって便利でした。なんで日本ではこういうのがないのだろうか。わたしが使っているauにおけるCメールみたいなのだと思う。あいかわらず両手打ちしかできませんでしたが、なんか遅れてきた青年というかんじで、ようやっと一人前みたいな気がしましたな。


04-07-2006 / Tuesday [長年日記]

_ 今回、カウンターパートになってくれたのは、哲学部の人。某大学には哲学部というのがある。学科じゃないのである。哲学部の人は、わたしの行動のすべてに理由を見つけたいらしく、すべて「なぜ?」と問うてくる。なぜといわれても、そのなぜ?はわたしのなぜ?ではないので、なんと答えてよいのかわからないものねえ。というわけで、どうやらばかだと思われたようで、最後には好きなようにさせてくれた。よかったのだろうか。

_ 某所でひとしきり出張報告。が、なんだか暖簾に腕押し、糠に釘、だ。なんだかもうなあ。

_ 夕べ、窓を開けたときに入ってきたカナブン。網戸を大きく開いて、出口を作っているのに、まだ外に出られない模様。はやくおうちにおかえり。


05-07-2006 / Wednesday [長年日記]

_ 百年ぶりくらいで、南部生協でお昼ご飯。食後、猛烈に眠くなる。薬でも飲まされたかー、と思うくらい。実は、かれこれ8年ほど前のある日、某国のディスコティークで、一服盛られたことがありました。幸いなことに、飲み物を飲んですぐに帰宅の途に着いたので、ホテルに帰ってから救急車を呼ぶ羽目にはなっただけで、恐ろしい目には遭わずにすんだ。なんだか懐かしいような歴史だ。ところで、ディスコティークといっても、現在のクラブとやらの原型とかそんなのではなくてですね、民族的伝統踊り系ディスコ。温泉なんかにある宴会場系ディスコである。ここでみんな踊る。二列になって、男女が向かい合わせになって踊るのである。身体接触は禁じられているので、チークダンスふうなのも一切なし。みんな一人で糸巻き巻きふうな振り付けで踊り狂う。大勢で踊るのだが、かぎりなく一人の世界であり、もじどおりのフォークロアダンスだ。これが踊れんずばして何をかを語らんやというわけで、某国歴が長いのに踊れない人はもぐりとされている。そういうわけで、わたしももぐりなのである。こんな演歌な踊りは踊られないのです。もちろんポップな踊りもまた、踊られない。それなのに毒を盛られてしまったので、踊りなんてきらいになったのである。


06-07-2006 / Thursday [長年日記]

_ 某社の破産申請。生協とか、そんなところにはお願いできなかった結構、無理難題を、ずっとお願いしてきたので、びっくり。外国の小さな博物館で開かれた小さな展覧会の図録とか、古い時代の会議のプロシーディングスとか、結構、探してもらった。大学院に入って、最初に買ったハードカバーの洋書も、生協では全然見つからなくて、ここにお願いしたものだ。担当の方、今、どうされているのだろうか。

_ そのままストレートに就職した一つ上の先輩(当然、学位なし)が、どんどんと大学のセンセイ化していく。


07-07-2006 / Friday [長年日記]

_ ところで今読んでいる本、帰りに空港で買ったジョン・アーヴィングの新刊(かな?)。厚さ的には余裕で押し花ができそうだが、ペーパーバックなので重しにはならない。またおもしろいのかどうかもわからないくらいにしか、まだ読んでいない。

_ 完全に消耗している。だめ。こなだいの非常勤前に、実は駅のコンビニで栄養ドリンクを買って飲んでみた。講義中はいつもテンション高めなので、飲まなくてもよかったのだけど、日本はとにかく熱くて、湿度にやられてしまった感じ。今も、季節になじめないから、疲れが取れないのかな。地球温暖化ということばをひしひしと感じる。こどもの頃、うちはクーラーも扇風機もなかったけれど、みんな元気に暮らしていたものなあ。

_ 七夕。

_ 出張から帰ってからこの方、一日も休みがなかった。荷物も当然、まだ開梱されていない。洗濯物も、お天気を見ながらということで、まったく手つかず。今まで非常勤を休んだことがなかったのが、ここに来てどひゃどひゃと補講の連続。体がもちそうにないということで、昨日は一日、ゆっくり休ませてもらった。今日は七夕だから休み。明日からは補講のロードが始まる。。体力、持つかな。出張中も、たった一日、半日だけ、帰国便の乗り継ぎ券を買いに行くために、休みを取っただけで、あとは8時からほぼ12時間ずっと仕事だった。せめてあともう5日ほどあったら、よかったのだけどなあ。。

_ 夏ばてらしく、完璧に、食欲減退。喜ばしいことではあるが、むちゃくちゃ、しんどい。


08-07-2006 / Saturday [長年日記]

_ ひょんなことから、近衛ロンドの同窓会。わたしは最後の5回ほどを友だちにくっついてのぞいただけだったが、ものすごく荘厳なサロンな雰囲気があった。今でも覚えているけれど、わたしの隣にはそれからまもなく不治の病でお亡くなりになることになるT先生がお座りになった回があった。そのとき、わたしは先生のご病気を存じ上げていなかったのだが、知らない人が見ても、一目で体が辛いに違いないとわかるほどであった。あとはいかにも荘厳な先生たちばかりで、どなたがどなたやら、もう覚えていない。楽友会館の1階の、すんばらしい椅子の置いてある鹿鳴館みたいな部屋(だったやうな。。)。

同窓会といっても、もちろんほとんど存じ上げない先生たちばかり。かつてはいかにアフリカへ行くのがたいへんだったかという話を拝聴する。某M先生も仰っていらしたし、先生の娘さんも指摘されていたことであるが、気軽におしゃべりにいけるサロンのような研究室を構えておられる先生というのもまた、激減したなあという話、深く同意。米山先生の研究、いちどちゃんと通読したいなと思った。あと、ひさびさに怖い怖い、某先輩にお会いする。怖くて逃げた。

_ 暑い最中、久々に川岸でお弁当を遣い、とんびに襲撃された。とんびは害鳥。わたしだって、朝三時半とかに起きて、非常勤生活をしているのだから(これは準備がへたくそだからなのだが)、とんびだって、人間に頼らない生活を送るすべを探してみてはどうなのか。ない人から奪ってもだめ。ある人のところから取るくらいの気迫がないと、鳥としていずれ存続の危機に瀕するのではなかろうか。人を襲う鳥はカラスだけでたくさん。


09-07-2006 / Sunday [長年日記]

_ ついに扇風機を出してきた。今日はお天気もよく、洗濯物も無事に乾く。

_ iPodさんが亡くなられてしまい、また音無生活中。ステレオは、どうも室内にあるなにかと相性が悪いようで、音が鳴らない。ただたんに壊れているともいえるが、すべてのデバイスを使わないでスイッチを入れると、ふつうに鳴る。どうでもよいことですが、音楽を聴きながら自転車に乗ると、視野が狭窄になりますね。たぶん、背後や真水平方向からの音が聞こえなくなるからなのだろうな。こうなると、耳に障害を持っておられる方にとって、商店街なんかの音楽などは、とても迷惑なのかも、などと思う。気配を感じる速度も、遅くなるような気がする。昨日、学生さんが講義中に音楽を聴いていた。そういうのは別に構わない。あと、提出物を出す時だけ来て、名前と「いろいろなことがわかってよかったです」とだけ書いて去る学生さんがいる。こういうの、実はネガティブ・ポイントだということがわからないのかなあ。実はちょっと押し問答になったのだけど、あちらの言い分は、「来たんだから出席じゃん!」というもの。「来たといっても事実上、講義がおわってからなのだし、しかもこんな一文を書かれても、マイナス評価にしかならない」というと、泣き声で「おねがいしますー」という。実はわたし、出席点をつけていないということを知らないのだろう。あと、わたしの名前が入った雑誌のエッセーを配ったときには、「ある女がこういことを考えてこういうことをして、こういう結果になったらしい。世の中の女には、いろいろある」という提出物を出した人がいた。これは、要するに…ねえ。。世の中にはいろいろな学生がいる。

_ アフリカ。ナホトカまで船に乗り、シベリア鉄道でモスクワ。北海の沿岸部経由でパリを目指し、パリから飛行機のこともあれば、船でジブラルタル海峡を越えることもあったそうだ。必然、フランス語圏に到着。一方、当時、パンナムという飛行機が飛んでいたとのこと。羽田ー香港ーコロンボーセイシェルーアジスアベバ。東アフリカは英語圏。ザイールは公用語としてはフランス語だが、スワヒリ語圏が東部に広がっていたらしい。それで日本の霊長類研究が発展したような話らしい。米山先生がまだ5回(その当時にアフリカにすでに5回行っているって十分すごいと思うけど)しかアフリカに来ていないのに、もう伊谷先生は20回以上、アフリカに来られていたという話をききましたと、昨日の話題提供者の先生がお話されたのが印象に強く残っている。1958年、ザイールのあるホテルの宿帳には、今西錦司と梅棹忠夫のサインがあったのだという。自分以外の日本語署名が残されていない宿帳は、よく見る。しかし、わたしの名前など、せいぜい華語系の人に間違われるのが落ちだ。ま、そういうことはどうでもよいのだが、昨日のシンポで思ったことは、やっぱりひょっとして、教養部って大事じゃないかい?ということだったのかも知れないこと。今、教養部を復活させたら、最初の二年で退学する人が激増しそうでもあるが、3.4回生はひまではなくなり、就職活動のあり方も変わるだろうか‥というのは短絡的でしょうか。


10-07-2006 / Monday [長年日記]

_ 非常勤その①、終わり。またメリハリなく、しゃべり倒す。今年の学生さんたち、とくにいつも最前列でノートを取っていた三人組、その他、毎回、質問に来た青年など、また無駄話だけして帰る青年など、なんだかよい学生さんたちばかりだった。みんな通してあげよう、などと一瞬思う。帰りに、電車で乗り合わせた非常勤の先生とお昼を食べる。やっぱり語学クラスの担当でない故に、控え室で少々、疎外感を感じていましたという話を伺う。お昼ご飯をごちそうになる。感謝。

会議に出るつもりが時間を間違えていて、遅れる。

夜、某国友だちと焼肉に行ってしまいました。どちらも飲めない人なので(?)、体育会みたいな感じで食べる。おいしい。あと、延々と、無駄話。女子トークの一日であった。わたしは日本酒しか飲めないのだ。ビール、蒸留酒系、焼酎は飲めない。乾杯も日本酒人間。日本酒が一番おいしいと思う。

_ サッカー観ようと思ってがんばって3時に目覚ましかけておきたら、地上波では放送しないんだね。。無意味に大相撲が放送されているのを観る。


11-07-2006 / Tuesday [長年日記]

_ あと、大学のアドレスが公開されているから宿命なのだろうけども、またへんな人に絡まれる。今度の人もまた大学のアドレスを使っておられるので、最初はスパムに乗っ取られたのかなと思っていた。でもどうもちがうみたい。それで友だちに読んでもらったら、あっさりと「最近の若い人は、みんなこういうメールの書き方をするよ。いきなり最初からため口なんて、別に驚くようなことではない」と言われた。そうなの??でも名前は、たとえていうなら、大船戸峰子*みたいな、時代がかった名前なんだけど、文体は若い人なのね。。そんな深い洞察はできなかった。ますますブルーになる。(*適当に今、作った名前。実在しません、念のため♪)

_ 今日は、きっかり二回、むかっとした。一回目:お昼ご飯に、とてもおいしくないものを食べてしまった。口に合わないとかそういうことではなく、ただ単純に、どうしようもなくまずいということ。たぶん、お客さんのことをまったく考えていないのだなと思った。老舗だからなのか。いや違うだろうなあ。そういう企業体質なのではなかろうか。二回目:夕方、あまにも空腹になり(そりゃ3時起きだしなあ)、時計台の前のカフェへ。えと、10分待っても注文を聞きに来ないって、どういうことなんだろ。そばにも来ない。わたしがメニューを広げていたから、まだ決められない人と思われたのだろうか。。最後にはお水を飲んだだけで、無言で立ち去ってしまった。これも大人げないのだけどなあ。。それでピエールで冷やしそばを食べる。それから打ち合わせへ。ほとんどわたし一人でしゃべる。だれも発言しないのであれば、もうわざわざ集まらなくても、メールですませればいいのに、そういう人に限って、顔を合わせて話し合わなければ。。などという。あと、むかっとする権利があったけど、あまりの暑さに放擲してしまった「むかっ」が3つ。なんで自分のスケジュールを決められないのだ。なんで他の人にだってスケジュールがあるとわからないのだ。なんで大学に勤めていることがそんなに偉いと思っているんだ。まあこんな「むかっ」は、今に始まったことではないので、なにも「むかっ」とすることがない日のために取っておこうと思った。

_ さくらんぼを山ほど食べる。さくらんぼは、果物として、完璧だよなあと思う。1.かわいらしい見た目、2.おいしい、3.甘くて酸っぱい、4.食べるのが手軽。夏は桃とさくらんぼとブドウと梨。梨は二十世紀が好きなのだけど、最近とんと少なくなった。くだものは、やはり、甘くて酸っぱいのがよい。


12-07-2006 / Wednesday [長年日記]

_ なんかいろいろと考えていると、ここはカフカ的不条理世界だと思ってしまえばよいのかもという、諦観‥みたいなところにたどりつきました。

朝、そういうわけで、教卓キーを送りに郵便局、クリーニング、ついでに買い物など。午後からみなさんの旅程の調整。旅行伺い作成(7月から少し楽になった)、たまっているメールへの返事。

そっか、時計台前の茶店で不愉快な思いをしている人は、結構、おられるのですな。昨日は、わたしがいらちなのかとおもってしまったが、10分も待った人間はいらちとは呼ばれないはずだ。あ、でも自分では10分待たされたつもりが、ただの3分だったりして。

お昼に大枚はたいて、桃を一人で食べる。おいしい。

_ いろいろな反動で、動けず。しんどい。

_ 非常勤先の教卓キーを持って帰ってきてしまいました。。

_ 今、これだけの仕事をやらされているわたしに部屋がないって、やっぱりおかしいんじゃないか。はっきりいって、週3時間雇用の人が、前の私の部屋を使っているのはおかしいと思う。わたしは去年も今年も、週5日雇用なのに、部屋がないなんて。絶対的におかしい。おかしいったら、おかしいんだもん!!!


13-07-2006 / Thursday [長年日記]

_ 思いっきり、散文詩のレジュメを書いてしまい、しかももう送ってしまい、ブルーになっています。。わたしはやはりあほに違いない。

_ むかっとしてしまったので、桃を食べる。

_ 査証申請の手紙がこなくて、いらいら中です。もう随分まえにひな形を送っているのに、今日まで梨の礫だ。

ムンバイのテロ、ひどいなあ。カシミールでずっと続いているテロが思うように宗教対立にならないということで、経済・証券の中心地を狙ったらしい。実は今年の夏は、ムンバイに行く予定にしていたから、いろいろと今後のことが気になる。宗教の名の下にテロ行為をおこうなうという発想からして、宗教人あるいはふつうに宗教を信仰している人ではない。新聞やその他のメディアでも、そのあたりの指摘をもっとはっきり書いてもらったほうがいいのだが。

_ またしてもえらい低気圧で、頭が痛い。眠い。いくらでも眠れる。

_ ひとつ非常勤が終わったので一人でお祝いをしようと思い、イタリアンでもと思って歩いているうちに、イタリアン・ファッションのお店へ。別にブランドものでもなんでもなく、縫製もタイとかベトナムとか中国。デザインfromItalyということらしい。わさわさとみていると、とても感じのよいワンピースを見つける。こないだ買った青いワンピに比べると、いかにも大人。少女趣味ゼロで、大人向け。だけど、きちんと甘さのあるデザイン。試着してみたら妊婦みたいに見えた。店員さんが幅広ベルトを合わせてくれたら、まるで大学の非常勤講師に見える。こういう服、まったく一着ももたずに今日まで来たので、そのまま購入。形から入るというのも、実は重要だったのかなと、今更ながらに。


15-07-2006 / Saturday [長年日記]

_ 中東のバリ、ベイルート。かつてそのように呼ばれていた街。レバノンをほぼすべて歩いたことがあるからこそ、思うことなのだけど、ようやく立ち直りかけてきた国に対して、イスラエルは何を思って攻撃をしかけているのか。イスラームもキリスト教徒も、ひじょうに友好的というわけではないかもしれないが、一定の安定を保って、暮らしていたように見えた。それなのに市民を巻き込むなんて。レバノン、シリア、ヨルダンが比較的安定してきたから、辛うじて均衡が取れていたものが、今、崩れだした。ラクダに乗っている暇ではないのに。この人が外国ではしゃぐ度に、国際情勢が動いていることが思い知らされるような気がする。

_ 珍しく、青垣屋で。ちょっとおいしいお酒を飲んでしまい、またしても途中からお座布団を敷き詰めて寝る。ちなみにここは大人のお店なので、こういう客は歓迎されない。。とかいいつつ、いつも寝ているような気がする。

_ 早起きして、いろいろ。駅まで自転車を取りに行き、そのまま近所のジャスコへ。ワコールとかトリンプとかが二割引となっている。こんなときにしか買えない高い物を買う。食品売り場で、夕食の材料を買って、サイクリングしながら帰宅。真っ先に水浴びをしてから洗濯。お昼ご飯の準備をしようと思ったら、眠くて眠くて。。なので寝る。そして起きたら夕方。夕立が降りそうで降らない。いっそ、めざめなかったほうがよかったような蒸し暑さだ。あと一こまだけ、女子大のほうの講義が残っている。

_ 久々に工学部の人とと話す。自然科学系の人の話はひじょうに明快でよい。しかもなぜにこんなにさわやかなんだ。

昔、某学部の建物の中で、某先生の部屋を初めて訪れるのにあたり、複雑怪奇な構造の建物の中で、迷子になったことがあった。それで、たまたま通りがかった部屋の中から出てきた若い男の人に、某先生の部屋はどうすればいけるのかを尋ねた。すると、「いや、ぼくは今日できっかり9年と8ヶ月ほどこの部屋にいますが、この部屋から直接、某先生の部屋に行ったことはありません。しかし、その部屋がどこにあるかはよく知っています。恐らく、この廊下をまっすぐ進み、別の棟に移動した最初の扉を入った左側にあるでしょう。ただし、それはわたしの記憶の中の地理的配置であって、現実に本当にそこにあるかどうかはわかりません。あなたはわたしの説明を信じるもよし、信じないもよし。ただし信じない場合は、永遠に某先生のお部屋へたどり着けない可能性もあるわけです。。」と言われた。演劇の台詞練習を聞かされているかと思うくらい、立て板に水な口調だった。おかげで某先生の部屋には行けたが、この廊下を通るのがちょっと怖くもなった。あの人、今もあの部屋にいそうな気がするにゃ。


16-07-2006 / Sunday [長年日記]

_ というわけで、明日、男子大学の試験、明後日、女子大の最終講義ということで、来週の金曜日までに採点を全部終わらせて、月末からまた旅路にでることになっております。今日が最後の休日。のんびりできました。今度は秋のまんなか頃に一時帰国して、それからまた年明けまで。長すぎっ、という感も否めませんが、またいつかどこかで。ときどき、書けそうなときには書けたらいいなと思っています。みなさまもどうぞお元気で。それではよいお年を!(早すぎますね。。)

_ ぼうっと過ごす。今週はいろいろとお料理をした。おから、レンコンのきんぴら、鯛のあら煮、ラタトゥイユ、う巻き、うなぎのお寿司、カボチャ煮付け、など。お料理をしていると、頭が真っ白になるので、たいへんリラックスできる。

_ ドイツ映画『エスes』。これは1971年にスタンフォード大学心理学部でおこなわれた心理学実験を元にして制作されたもの。公募で集められた同大学の学生21人を、無作為抽出で「看守」と「囚人」組に分ける。ごくごく当たり前の日常生活を送ってきた人が、与えられた条件下で、その役目にふさわしい考え方や行動をどのように獲得していくのかを観察するのが、目的の実験であったとのこと。で、映画は、失敗に終わったこの実験をかなり脚色したものらしい。

一言でいうと、やー、怖い映画でした。あまりにも怖い。これは実験なのだから、囚人にされてしまったひとは、実際にはなんの罪もおかしていない。それが、抑圧的に振る舞うように求められるうちに、だんだんといかにも囚人らしく受動的になっていく。

ひょっとして、今のイラクとかイスラエルもこんな感じになっているのだろうか、ほんとは良心を持ち合わせているはずなのに、もっと別の大義名分の下に、自分の考えを持つことができなくなるというのか。多かれ少なかれ、みんな何かに抑圧されながらいきているような気持ちがしてくる映画。精神の自由って、ほんとにあるのからしらん。

もう一本みたのは、『ジョゼと虎と魚たち』。身体的には自由がきかなくても、精神の自由はある。ジョゼのおばあちゃんがとてもよい。あと恒夫の恋人の言動。自然やなあと、思った。


19-07-2006 / Wednesday [長年日記]

_ 某大学の採点。こちらは優秀、優、良、可、却下の五段階相対評価。これに出席評価をいれてよい。別の某大学の採点。こちらは絶対点数をつけないといけないとのこと。。。。。。。。。67.5点とか、84.736点とか?


20-07-2006 / Thursday [長年日記]

_ どうも査証が取れないみたいです。invitation letter が来ないのだ。先方はとっくの昔に送ったというのだけど、肝心のEMSの控えは捨ててしまっているそうな。信じて待つしかないわけですが、最悪、一旦、どこかに秘密裏に出国しないといけないかもしれなくて、今、見極め中です。もう絶対、間に合わん。


21-07-2006 / Friday [長年日記]

_ 某件。こんな人が大学の先生をしていることがおかしいのであって、わたしが叱られる筋合いがあってたまるものか。就職していないわたしが、なぜにこんなに悔しい思いをしないといけないのか、理不尽過ぎて涙が出る。学位があっても仕事ができても、定職に就いていないからこういう目に遭う。何ハラスメントになるのかもうわからない。とにかく悔しい。そんなに大学の先生がえらいのかい。

_ 息切れ中です(笑)。

_ 返事を書かないといけないメールがありすぎて、もうどうでもよくなる(すみません!)。某理系学部の人と共同研究の準備。200メートルダッシュインターバルの5本目なみに、無酸素状態。乳酸が沸いてきたのがわかるくらいだ。招聘状やっときた。在外公館にまず電話を入れて、なんとかアクロバット的に出してもらうお願いをする。


22-07-2006 / Saturday [長年日記]

_ Another folly day again.


23-07-2006 / Sunday [長年日記]

_ プロジェクトの学生さんから、発表原稿が送られてきたので、チェックして返送したところ、「日曜日も仕事をされるんですね!」と言われ、凹む。休みだからって急に一緒に遊びに行けるような暇な友だちはほとんどいないです(苦笑)。みんな結婚しているし。今なら修道院に入られるくらいに清廉潔白な日々を過ごしている。生き甲斐は、週刊文春を読むこと、紅茶とコーヒーをひっきりなしに飲むこと、メカニックには弱い、料理は上手なはずなのだがときどき失敗をする、髪の毛はぼさぼさなのが好き、一人でいることに慣れすぎて別に苦痛でもなんでもないですよ、ひとりでイタリアンだってフレンチだっていくし。もう全然おもしろみのない毎日をすごしているので、安息日でも仕事はします。しないとたまる一方だからね。大体、君の先生が発表原稿をチェックしてくれないのがわるいのであって、わたしがチェックしなければ、すなわち、締め切り以前に君の原稿はできない→わたしが困るんだよ!編集屋なんだからねっ、という図式が理解できないで、こういう発言を脳天気にする君に一瞬、闇討ちしたい衝動を覚えてしまいました。


24-07-2006 / Monday [長年日記]

_ 大英帝国大学の人とメールでやりとりしないといけない羽目になった。大英帝国語ができないのに、なんでこんなことになるのか。わたしは不幸を背負い込む運命にあるということか。もうなんかい立ち読みしたかわからないけど、テレプシコーラを読みながら、泣く。千花ちゃんもあまりにも不運だ。

_ なんで張り切って、こんな意味不明の文章を書いているのかわからない。映画の内容とはまるっきり関係もない。朝っぱらから何があったのだろうか。

_ もうパッキングが済んだので、気が楽になる。

_ 日本の少子化傾向の加速、未婚率の上昇あたりに貢献している立場ではあるが、地方で産婦人科医が激減しているという状況を最近の新聞報道等で詳しいところを知るにいたり、やっぱりこれでは都会に住むよりほかにはないのかなと思ったりしてしまう。実はうちの近所の住宅街では、自宅出産所がブームになっている。あちらこちらに、ロハス系の看板を掲げた自宅出産をサポートするなんとかを見かける。自然分娩そのものに対する危機感が比較的少なく押さえられているのはひとえに、ここが都会だからだろう。なんとなれば、すぐに救急車が来て、しかるべき病院に運んでくれる。

それが遠隔の離島だとすれば、どうだろう。そもそも助産院などもうなくなっているかもしれない。取り上げ婆さんとして働いたことがある世代だって、もう上は80代とかそのあたりになっているはずだ。出産は病院でするものとなった背景を、以前、どこかで聞いたことがあるが、乳幼児死亡率の高さ、とくに分娩時の母子の死亡率の低さというのが、たしか先進国であることの一つの指標となっていたような気がする。そうすると、妊娠中からも定期的に診察を受けさせ、とにかく徹底的に医学的に管理される身体としての妊婦というものが登場するのも、先進国の指標。先進国の定義そのものが今、なんやねんそれは状況になっているけれど、これはさておき、学校教育とか医療・看護に関わる人材の養成を、それぞれに自治体ベースで積極的におこなうようにしないといけないような気がする。実際、一部の地方国立大学の医学部などでは、県内入学者枠などを設けているところが増えてきた。これは、多くのいわゆる低開発国の政府が導入していることでもある。医師・教師が絶対的に少ない自治体の政府は、かならず地元で就職させるという強い意志を持って、子どもたちに教育の機会を与え、教育を受けるための奨学金を出す。今の日本で地方により医師不足という状況があるとは思いもしなかった。日本はもう全然、先進国とかそういうのはではないだろうな。地方自治がもっと活性化してもらわないとだめなんじゃないか。国家の少子化対策なんとかというのがあったような気がするのだけど、これはどんな機能をはたしているのだろうか。私見だが、女性の産婦人科医を増やす、厳密に産科と婦人科を分ける、保育所の収入制限項目を外す、自宅出産をサポートするような助産婦の育成を進める、というのをまずやってみてはどうか。そんなささいなこと‥と思われるかも知れないが、今の日本の産婦人科は、妊婦には間口は広いが、独身の人には敷居が高すぎることがある。ほんとは、こういう子どもがいるのがよくて、独身が悪いとかいう考え方そのものを払拭させる必要があるのだけど、これは相当な時間がかかるし、短期間ではむずかしい。独身かつ特定のパートナーがいない人は、自分の身体の変化に気付かないでいることも多い。結果、定期検診さえ受けていればなんてことはなかったはずの病気が、もう手遅れになっていた‥ということだってあるのだ。ロハス世代をきちんと認めて取り込むように、病院以外の場所での出産に付加価値を与えるような努力をすべきなのではないかと思ったりした。あとはシンガポールみたいな、高学歴夫婦への育児補助金みたいなものの導入とか。あからさまでこういう政策はきらいだと思っているのだが、今みたいに、政府が奨励しているわけではないのに、自発的一人っ子政策状況になると、パイの取り合いが始まる。ひとりのこどもに四人のジジババだから、消費は上向きになる、などといった楽観過ぎる物の見方ができるのも、都会の話だろう。地方格差がありすぎる今の状況を、全体的にみないといかんなあ。。

わたしは結婚したいと思うし、子どもも一人くらいは生みたいと考えている。が、相手がいない/見つからない/出会いの場がない/そもそも男全般に対して敵意を抱いている‥あたりのどれかを適当に使い回して、「なぜ結婚しないのか」という問いに対する回答としています。端的にいえば、見た目100%の世の中に、不適合だからしょうがないじゃんか、ということになると思いますけどね!見た目も内面も救いようのない人に対する政策はないものか。まああったとしても、我関せずになると思います。

→inspired by "About a Boy."


26-07-2006 / Wednesday [長年日記]

_ 今日の午後が受付締め切りの、某研究所の研究助成公募の書類書きの仕事が、ありがたいことに、今朝の9時頃に回されてきた。信頼されているんだなと1秒ほど、愉悦の笑みを浮かべ、そのあと500秒くらい早口で罵りのことばをありったけ唱えてから、ちゃんと書類作った。なんでも係じゃないんだから、もっとプライドを持って、いやなものはいやと言わないといけない。こういう下品なことばは使いたくないが、「ちょーむかついた」ので、研究筆頭者はわたしにしておきました。どうせだめなんだから(あとで要領を読んだら、これ、**博士か+++博士しか応募資格ないって書いてありますがな!!!!!)。要領もまともに読めないあほだと思われたらどうしてくれるんだ。というか、もう思われているね。む・か・つ・く。

_ 早めに帰ろうと思って外に出ると、知っている顔。某後輩と14ヶ月ぶりくらいで会う。話盛り上がり、とりあえず、ご飯。そのままケーキを食べに行ってしゃべり続けるのを聞く。進路の話に対する熱の入れ具合とおなじくらいに、男どもの話で盛り上がる。後輩の最新の別れ話すったもんだを聞いてのわたしのアドバイス:同僚とは同衾するな。鉄則。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ ぜぶら [ 寝袋さーん。元気ですかぁー!!!。    マジメに言いましょう。  けんきゅーしゃ(卵含)を志した、私より下の世代..]


30-07-2006 / Sunday [長年日記]

_ 再見。

_ ウナギ食べたのに、貧血で一日寝ていた。

_ 女子大の採点。頭が痛む。

_ 男子大学の採点。答案読むのが楽しかった。理系男子って、やっぱりおもしろいな。数学専攻の人と、都市社会工学系の人の回答は、個体差以前に、発想の出発点が全然違う。数学の人はやっぱり、哲学の人なんだなー。

_ 今回、故あって、何年ぶりかで某国版の地球の歩き方を買った。明らかに某国語を知らない人が書いているということがわかる表記のオンパレードである。いや、それ以前の問題で、m音をすべてn音で表記しているって、どういうことなんだろうか。あとなんで10年前とまったくおなじ情報が掲載されているのかも不明。そんなホテルもうないよ。高いけど、ロンリープラネットのほうが、断然、信頼できる。おなじ地球の歩き方でも、国によって質が異なるみたい。

_ あ。。。まずいことをしてしまいました。どうしよか。原稿の締め切りを一ヶ月、間違えていたのです。明日が締め切りらしいですな。。。


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