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lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

05-07-2009 / Sunday [長年日記]

_ 午前6時発の飛行機にのるためには午前4時半には空港に行かないといけない。なのに、起きたら午前4時32分。タクシーがもう来ている。こんなこと初めてのこと。あわてて顔を洗って化粧品やらをかばんに詰めて、出発。なんとか間に合う。午前6時ちょうどになんと飛行機は滑走路へ。なんだか珍しいこともあるのだな、、、と思っていたら、突然、飛行機が止まる。「当機は、機体不良のため出発を取りやめます」とな。。とにかく全員下ろされる。で、「首都から整備員を呼びますので、出発は午後2時ごろになります」とのアナウンス。何名かの外国人はブーイングを出す。で、近くのホテルへ連れて行かれる。食事を済ませ、ひと眠りしようとしたら、突然、飛行機がなおったから出発しますー、という連絡。あれ、整備員が首都から来る時間なんてなかったはず。。大丈夫なんかいな。ホテルから空港までのバスの中で、職員に聞いたところ、「ほんとは本部の整備員じゃないと修理できないと思っていたのですが、偶然、マニュアルを発見したので現地整備員で試してみたところ、うまくいったのです」と。。そんな怖い飛行機に揺られて、某本拠地へ。町の様子がいろいろと変わっている。概してきれいになっている。ゴミが少なくなっている。バイクや車にはねられたネズミの死骸がぐっと減っている。少し遅い昼食を食べに旧市街地へ。表通りを行き交う車やバイク、人々の顔を見ながら、物思いにふけっていると、汗をかきかき某先生が入ってきた。せんせ、せんせー!をを、あんた、いつからここへ?最後にお会いしたのがいつかはもう忘れてしまったのだけど、お互い、某本拠地オタクなので、最新情報を交換しあう。午後3時半にお会いして、それから喫茶店、晩御飯と梯子して、ホテルに戻ったのが午後11時であった。濃密な日々の始まりにふさわしい第一目であった。

二日目。某所で某御一行とお会いすることになっていたので、GPSを頼りに移動。をを、あそこに人影が!非常に危険な場所で、無理矢理、無事にみなさんと再会。20分ほどで辞し、わたしたちは目的地へ。久しぶりの帰還。結婚をはさんでもなんと約一年ぶり。わたしが帰ってきたというニュースは、ミジンコさんのニュースとともにあっという間に村中を駆け回ったようで、この日の午後、ものは試しと新しくできた診療所で診察を受けてみようと出かけたらば、診療所の人々もなぜかもうみな何もかも知っていた。決して、外来のニュースに疎遠な土地ではないはずなのだが、インターネットよりもなによりも、口コミが一番早い情報伝達手段なのだよなと確認。久しぶりにふるさとのお料理をたくさん食べさせてもらって、たいへん感激する。何を食べてもおいしい。三日目も、四日目も、いろいろな人々と再会、喜びの饗宴、歩いて歩いていろいろ調べて、ご飯食べて寝る、というスケジュール。とにかく楽しかった。

五日目。本拠地を辞し、街へ戻る。大学で懐かしい人々と再会。この一年間に出版された辞書やら教科書やらを買い集め、少しお土産も買って今日は休憩。

最終日。懐かしい友人を誘って日本食レストラン。和食弁当を注文したのだけど、茶碗蒸しとお刺身の食感が似ているんだそうで、みな、食べられないという。やむなく、わたしの天ぷらとやら卵とじとトレード。わたしは大盛り刺身・茶碗蒸し弁当を三人前食べたような気がする。ぎりぎりまで、いろいろな人にあって、空港。疲れすぎて、飛行機の中では爆睡。夕闇の今の本拠地の上を、飛行機はぐるっと旋回して、ようやく着陸。無事に如月さんに再会して、今日中にあいさつやお土産をわたしにいかないといけないところを大急ぎで回る。のんびり晩御飯。

最終日の翌日。朝からまた用事をばばーっとこなして、ちょっとクリティカルな状況にあった某件を、大急ぎで片づけた。辞めて心はすきっとしたかな。如月さんにお願いして、チケットのシティチェックイン。午前中だけで、うまい具合に用事はすべて完了。ついでに銀行口座も空っぽになっているのを確認(苦)。のんびりと、石窯焼きのピッツァでお昼ごはんとして、夕方、空港へ。飛行機を二回乗り継いで、ようやく帰国。バスと電車乗り継いで帰宅。それからまる二日間、眠りこけた。怒涛の帰国直前日記でした。


10-07-2009 / Friday [長年日記]

_ なんかいろいろ雑用とか。

_ 桃がおいしくて、とてもうれしい。毎日一個、食べている。

_ テレビで「プライドと偏見」を観る。偏見を持って意見しますが、「いつか晴れた日に」(Sense and Sensibility)とか「エマ」とか、そして本家BBCの「Pride and Prejudice」とどうしても比べてしまった。足りない。大長編のお話を2時間そこそこの映画にまとめるわけだから、どうしてもお話が飛びすぎるということはさておき、物足りないと思った点は2点。エレガントさとコメディの要素。エリザベスと父親の関係、従兄コリンズの滑稽さ、家族の中で浮きまくっているはずの母親と末妹の言動の妙が、どれももの足りず。逆に、BBC版を底本と思ってしまっているから、そう思うだけなのだろうか。いずれにしても、この小説が持つおもしろさが表現されていなかったように思った。あのゴージャスな、胸のすぐ下に切り替えのある美しい当時の衣装だとか、凝りに凝ったまとめ方の髪だとか、目で見て楽し要素が少なかった。キーラ・エリザベスの妙ちくりんな後れ毛だとかは、エリザベスの元気さを表すためのものだったかもしれないが、粗雑なイメージが前に出すぎてしまったような気がする。大体、ミスター・ダーシーがあまりかっこよくなかったという点で、わたしは不満。個人の趣味の問題ではありますが。。とか文句を垂れていますが、ピングリーさんのおうちでのダンスシーンがとても退屈だったので、そこで寝てしまったわけです。なので、適当な感想。ちゃんととおしてみれば、また別の感想があるかもしんないです。


13-07-2009 / Monday [長年日記]

_ 二日に一度、近所の図書館まで散歩。大体、二キロくらいある。ゆっくりとした坂を上りきってから、古い門前町の町並みに入る。古い禅寺や神社。神社には昔、白馬がいた。今は、白馬の写真が残されている。神社の裏手の、子どものころ、駆け回っていた路地。表札の名前が同級生の名前に掛け返られている。子ども心に立派な民家だなと思っていた大きな旧家などがいつのまにか近代的なつくりの家になっていたり、コンビニになっていたりする。時々、神社でおまいり。図書館までの小さな商店街。時計屋さんとか果物屋さん、同級生に代替わりしている。お肉屋さんは、今でも竹の皮にお肉を包んでくれる。図書館では一冊、すぐに読めるものを読んでから、本を借りる。家に帰ってからお昼を食べることもあれば、途中でそばやうどんを食べることもある。お昼からは借りてきた本を一気に読む。休暇は昨日で終わり。また明日から忙しい毎日。


15-07-2009 / Wednesday [長年日記]

_ 日本の産婦人科、とくに産科がなかなかたいへんなことになっているというのを聞いたのは、伯母からだった。2年前にいとこが、わたしなどよりもはるかに超高齢出産した経験から出たことばである。曰く、都心部でも産科の先生がたいへん少なくなっているため、予約を取るのがたいへんだということ。出産難民ということばもまた、昨今はしばしば耳にする。

家から歩いていける総合病院の産婦人科で検診を受けたいと思った。さまざまな種類の熱帯病の既往歴があるのと、高齢出産になるわけで、いざというというときにあちらこちらにたらい回しされない環境がよいと思ったからだ。てくてくと出かけたところ、昨今は総合病院ではいきなり診察してもらえないということがわかった。総合病院に患者が集中するのを防ぐため?なのか、まずは登録医診療所からの紹介状がないとだめらしい。一旦、指定された個人診療所ないしは病院で初診を受け、しかるべきのちに紹介状を書いてもらってから初めて総合病院へ来てくださいとのこと。ただし、抜け道がふたつある。ひとつは、毎回、決められた加算料金を支払うことを厭わないで、「ここで掛からせてください」とお願いすること。もうひとつは、救急車で運ばれてくること、あるいは急患で駆け込むこと。

実は、この総合病院に決める前に、いくつか近所の産婦人科を調べたのだが、なんと産科はもうやめました、というところがたくさんあった。ホームページなどを作っている有名産婦人科は、これはこれでまた予約が取りにくかったり、わたしのようにまだ日本で生むか外国で生むか考え中という人はあまり歓迎されないという話もきいた。

某国で食中毒にかかり七転八倒しながら、この地域では最大の病院に駆け込んだときのこと。「うちは交通事故以外は、ERの受付はしておりません」といわれ、38度の熱を出しながら、受付と大喧嘩した過去をもつわたしは、もう日本の病院のこういう対応に別に驚きもせず、加算料金払いますから、予約を入れてくださいとお願いした。すると、産婦人科は7月31日まで予約でいっぱいとな。

とりあえず、予約はいれた。妊娠は病気ではないとはいえ、これだけの先進国(としておきましょう)で、今、病院に掛かるのも一苦労というのはどいうことなのだろうかと考える。受付の人は、「調子が悪くなったら、いつでも『急患』で来てくださいね」と言う。急患であれば、なんとか押し込んで、診察を受けることができるということなのだろう。

産婦人科医はたいへん激務であり、医療過誤などがあれば訴訟問題となるリスクが高いため、なり手が減少しているとのこと。

お医者さんや看護師さんたちの労働環境の改善、妊娠中の女性とその家族をめぐるさまざまな環境の向上など、複合的に存在するいろいろな問題を吟味していくと、日本で生むより某国で生むほうが安全なのかなと考え始めている。一方で、「ひよこクラブ」とか「たまごクラブ」とかの雑誌を眺めてみると、出産ビジネス業界の躍進振りもまた顕著である模様。なんだかほんとにいろいろ、いろいろなんだなーと思うこの頃です。


16-07-2009 / Thursday [長年日記]

_ 先週読了したのは、『霧ふかき宇治の恋−新源氏物語』(田辺聖子、新潮文庫)。源氏物語の宇治十帖の現代語訳。光源氏と明石宮の娘である明石中宮の息子匂宮と、結果的には現存する光源氏の政治的には二番目の正室の位置についてしまった女三宮との間に生まれた源氏の次男薫が登場する話。薫は、実は源氏の実の息子ではない。女三宮と彼女に懸想していた柏木の間にできた子である。柏木は源氏の一番目の正室で亡き葵の上の実兄の息子。薫と匂宮の関係が面白い。このふたりは、宇治で隠遁めいた暮らしを送っている桐壺帝八宮(政治的に失脚、京の自邸が火事になったりで宇治へ越してきた)の長女大君と次女中君を我が物にせんとして、いろいろがんばる。そのいろいろがんばる姿が、昨今流行の草食系男子やら肉食系男子やらの対比そのままのように思われて、たいへん面白かった。

薫くんは、超生真面目な青年貴族である。あまりにも真面目すぎて、意中の大君とは結果的には超プラトニックな関係から先に進めなかった人である。がんばってある夜、大君の御簾の中に進入するも、自分よりは妹と薫を組み合わせたい姉のちょっとした策略にひっかかり、中君とひとつ寝床の中にいるという状況に陥った。ところが、薫くんは美女と一晩同衾していながら、その姉に貞操を誓い(心の中で)、なにも怪しいことをせずに朝を迎えて、ではこれにて失礼と帰っていってしまうような人である。

他方、匂宮くんは超強引。というか、薫くんとの対比でそう見えてしまう側面があってかわいそうなのだが、少々、強引な普通の男子である。欲望のあるがままに、自分の宮中での社会的政治的地位も忘れ、恋する人にまっしぐらなタイプ。薫くんは、歌を詠めばロマンティックというよりは自分の真剣さをわかってくださいよ、と懇願するような感じだし、しかし押し付けがましいのは相手に迷惑だろう、などと思ってしまうタイプ。いつもどこか憂いを帯びた人生観にとらわれており、いつかきっと仏門に入ろうと、まだ若いのに信心深く、護摩を焚いたりするのに勤しむことも多い。

だから草食系というわけでもないのだけど、そのように分類される人々は、いつの時代にもきっといたのだろうなと思ったりした。如月さんは、とてもよくシカに似ている。お肉よりも野菜とか魚が好きだし、甘いものに目がない(シカは塩気のほうが好きかな)。大きくなったバンビのような感じの人で、いつもふわふわと歩いている。わたしの話を否定することはほとんどなく、「なるほど、ふむふむ、だいじょうぶだよ、気にしないで」という単語を、ときどきわたしの一方的なおしゃべりにリズム感よく挟み込む。それ以外は、目をきらきらとさせながら、じっと話を聞いているタイプ。しかし、趣味の活動の話になると俄然活力が湧き出てきて、滔々と話し出す。趣味の活動の会合などでも、いつも書記長をしていたりする。その土地の風土に適合するような草食系の人々は、いつの時代のどこの場所にもきっといるのであろう。


17-07-2009 / Friday [長年日記]

_ 人が多いところへ出かけると、たちまち気分が悪くなるので、ことしは祇園祭はまったく見ていない。10日の午後、みなさんが八坂神社へ行列していくお迎えの行事だけ、偶然に居合わせたので見た。

暑いのでこのごろは朝5時半に起きて、新聞を読みながら朝ごはんをさっと食べて、軽くシャワーを浴び、身支度して出発。夜、帰宅したら即座にご飯を食べて、即座にお風呂に入って、即座に寝る。健康的なはずなのだが、あまり疲れが取れていないのは、扇風機をかけっぱなしで寝てしまうからか。


18-07-2009 / Saturday [長年日記]

_ 図書館で借りた本を電車で読むのだが、しばしば笑いを堪えるのに、地獄の思いをすることがある。最初はのどのいがらっぽさを払うまねをしたりしてごまかそうとするのだが、そのようなことで追い払えるような笑いではないため、時には電車を降りてしまうこともある。各駅停車しか止まらないような駅で降りてしまった日には、待ち時間の間にすっかりと冷静に戻って、ようやくやってきた電車に乗り込んだとたん、条件反射的に、途中下車の元凶となった本を開いて、また笑いを堪えるのに地獄の思いをすることを繰り返したりして、自分であきれてしまう。だめですね。


20-07-2009 / Monday [長年日記]

_ キャベツとお肉とタマネギを無水鍋でさっと炊き、少々水を足し、塩こしょうで味をつけて、バターを少し、最後に牛乳を少し。熱々のおいしいのを玄米ごはんとひじきと一緒に食べた。日本だと、どんな食材も無茶をしなければ、普通に安い値段で、しかもよい質のものが手に入る。すごいことです。

_ いろいろと準備とかしないといけないのだけど、雨が止むのを待つ間に買った推理小説が面白くて、家に帰ってきてからも読み続ける。雨を止むのを待ちながら昼寝。

_ 母とその姉妹たちとランチ・ブッフェへ。

_ 堀江敏幸。この人の散文がすばらしい。山田稔以来、夢中になって全出版物を集めそうな勢い。『バン・マリーへの手紙』が秀逸。絶品。こういう本とめぐり合うために、数多の一歩及ばず本の海を長距離遠泳してきたのかと思う。しかしこの人の本、結構読んでいるはずなのだけど、今更ながらにしてそんなこと思ったりしているわけである。


21-07-2009 / Tuesday [長年日記]

_ いろいろ、工作活動。夜、よく眠れず。

如月さんから電話。一年前の今日、何があったか覚えてる?とな。一年前の今日?交通事故に遭って、首都に運ばれて、某所に戻ってきた日?と聞くと、わたしが如月さんになにやらプレゼントを渡した日なのだとか。はあ、思い出した。如月さんは日記をつけているわけでもないのに、記念日関係を実によく覚えている。感心する。ところでプレゼントを渡した理由は、その前の日に、如月さんと仕事の話をしていて、あまりにもあほなことを言うので、つい口が滑って、「それ以上そんなあほなことをいうのであれば、もう二度と、あんたと仕事をする気はない!」というようなことを言ったから。そんなふうに人にいわれたことがないような人なので、やはり後になって気が咎めたのだ。それで「買い置き」のお詫びの品を持っていった。でもそういえば、手紙を書いたような気がする。如月さんが言ったあほなことの内容とは、「折り紙ビジネス」の可能性。某国の人はいつでもビジネスチャンスを探しているため、ときどき突拍子もないことを真剣にいう。普通は聞き流すのだが、あのときは「ブルータスよ、お前もか!」と思ったのだった。それから2ヶ月もしないうちに、なぜか婚約、そして結婚、来年には子どもも生まれる。ふしぎ。


22-07-2009 / Wednesday [長年日記]

_ 午前11時過ぎ、そろそろかなあと思って、早めの昼食とか諸々を兼ねて、外へ出る。薄暗いのは雨雲が立ち込めているからかと思ったら、日蝕だからなのですね。ところで日食と書くと、日本食堂を思い出す。鹿児島まで乗った寝台電車で、朝、西鹿児島駅に着いて、駅の脇手にある日本食堂でよく定食を食べた。長じて、学会のために夜行バスで鹿児島に着いたときも、わざわざ西鹿児島駅に向かい、日食を表敬訪問したものである。

うす曇の雲が垂れ込めているから、何も使わずに、白く光る三日月形の太陽が見えた。母に電話して見るように進めたり。道端ですれ違う人は皆、上を見上げ見上げ、歩いていた。

_ 朝、バス停で降りたら、目の前を歩いていた佐藤蛾次郎の源ちゃんふうの早朝ジョガーが、突然、道にしゃがみこんだ。スズメを捕まえようとしているのである。うそー、と思うまもなく、ばたつくスズメをたくみに素手の両手で包み込み、そのまま当たり前の顔つきで(後姿しか見えないのだが)、歩いていった。スズメを飼うのか、鷹かなにかを飼っていてその餌として毎朝一羽捕らえることにしているのか、焼いて食べるのかは知らない。しかし、あんなに上手にスズメを捕らえるなんて。いや捕らえるのを難しいと思いこみ、挑戦したことないだけで、ほんとうは誰でも簡単にスズメを捕獲することができるのだろうか。ハトなら捕獲できるかもしれないが、スズメはなかなか機敏だし、難しそうである。


23-07-2009 / Thursday [長年日記]

_ 朝、飲み物を買った「7時から11時まで」で、お釣りがどうも妙だと気づいたときはもうバスの中の人であったため、大学から電話。いつもは捨ててしまう領収書をなぜか今日はきちんと財布に入れていたのも虫の知らせだったのな。買ったものの品名・個数、合計金額と渡したお札の種類、レジ番号を伝えると、防犯カメラで確認の上、後ほど連絡いたしますとのこと。防犯カメラってレジ周りの支払いを撮影しているのですか。5分ほどして連絡が来た。曰く、いつも来店いただいているお客様で、先ほどのレジ係もよく覚えておりました、本日は何時ごろお店にいらっしゃいますか、とのこと。夕方ないしは明朝と伝えて、ほっとして電話を切ったのだが、しかしそんなにひんぱんに訪れるコンビニではないと思うのだが、本人が思っている以上に店員さんの記憶に残る妙な行動を取っていたのだろうか。これからはなるたけいろいろな店で買い物をすることにし、店員に覚えられないようにしようなどと思うも、しかし覚えてもらっていたからこそ信頼関係がいつの間にか成立しており、こうして問題なくささやかなわたしの主張−500円玉が足りない−が、受け入れられたということでもある。然るに、これからもあのコンビニで買い物をするのがよいということになるだろうか。

お店屋さんの人は、さすがよくお客さんの顔を見ているものなのだな。洋服やさんなどであれば、このお客さん、似合わん服をいつも買わはるわー、などと思ったりするのだろうけど、コンビニやさんもそうなのだろうか。昨日、寺町のエスニック屋でタイシルクのスカートを買ったときも、レジで、ご試着いかがですか、と改めて聞かれた。スカートを買うのだから、普通は試着してOKだったものを買うと思うんだけど。「似合うかどうかもう一度確認してみてはいかがですか」の婉曲表現だったのかもしれない。ま、どうでもよいことですが。

_ わたしが子どもの頃、「おはなしレコード」というのをよく聞いていた。世界の童話、日本の昔話などから、ずっと読み継がれてきたような定番のお話の朗読スタイルで、ミュージカル仕立てになっている。今は有名になったような声優が声を担当していたり、ピアノで演奏するときの楽譜もついていた。レコードも絵本も、引越しのときに母がわたしに断りなく、捨ててしまい(この人は、よくこういうことを平気でしてしまうのである。。)、もう今はわたしの脳内に記憶されている音楽を自分で歌ったりピアノで弾いたりするしかない。

インターネットでも随分検索したのだけど、なにしろ出版社も覚えていないので、検討がつかない。わたしが2歳くらいの時から、繰り返し繰り返し聴いていたもので、なんとか手に入れたいと思っている。自分の子どもにも聴かせたいと思うからでもあるのだけど、もう二度と聴けないかもしれない音楽ほど焦がれるものはないと思うこの頃。

ラインナップは、シンデレラ/浦島太郎/きっちょむさん/かちかち山/白鳥の王子/三匹の子豚/イワンの馬鹿/ブレーメンの音楽隊。。♪ママ、ママ、わたしのママはひとりだけ、とか、♪ふさふさふさたてがみ、あれはひとのもの、きれいな毛皮も、あれはひとのもの、あるのはちいさなしっぽ、ぶたのしっぽ、とかいう歌詞に覚えのある方はぜひご連絡ください。


24-07-2009 / Friday [長年日記]

_ 実演販売を見ていてついつい薩摩揚げを買ってしまった。鹿児島の薩摩揚げはほんとにおいしいからいいんだけど、ちょっと高かったです。

いろいろ工作活動など。

産婦人科をめぐる状況について、いろいろ意見交換など。わたしの診察3週間待ちは、やはりおかしいという意見がたくさん出された。いくら病気ではないとはいえ、(1)海外出張から帰国したばかり、(2)熱帯病の既往歴等々が山ほどある、この点を強く主張すべきだったとのこと。食中毒に掛かった前後に、原因不明の症状で、幾種類かの抗生物質を服用しているのだが、このことももっと強く主張すべきであったとの指摘。確かにそうだったかも。で、もっといろいろの病院にあたるべきであったとも言われた。確かに考えてみればそうだったのだろうか。ミジンコさんに悪いことをしたかもしれない。


27-07-2009 / Monday [長年日記]

_ 書評とか全然進まず早幾年なのに、友だちの本の書評をすることを自ら申し出たりなんかして首を絞めている。準備中の書評が2冊すでにある。友だちの本は日本語だからなんとかなるか。。なんて軽く考えたりするところがいかんのだよな。

_ 工作活動継続とか。

_ 朝夕のラッシュ時に、ホームで乗客整理のアルバイトを勤める学生諸君がまぶしい。点呼の取り方とか、駆け込み乗車の客を押し込み、引っかかったかばんやらのためにドアをぐあっと広げて何とかドアを閉めることができて、最敬礼して車掌と挨拶を交わすまで直角に腰を曲げている姿勢とか。かねてから好感を持って観察していたわけであるが、このところ女子も登場するようになった。女子もよくとおる少し甲高い声を出して点呼を取り、やはり車掌と挨拶を交わすまで直角に曲げた腰を揺るがせもしない。さわやかというのか、なにかしら軍隊的というのか。しかし大きな声を出すことで、姿勢が正されるのかなとも見える。姿勢が正しくないと、大きな声は出せないものでもあるし<元剣道部。某国でもバスにはたいてい車掌が乗っている。あくまでも人相は悪く、愛想はない。しかしながら、こちらが荷物をたくさん持っていると、座っている若人に席を立つように促し(恫喝し)、席を作ってくれたりする。座ってお財布を広げて運賃を払おうとすると、バスの中で財布を開けたりしたら誰に取られるかわからない、乗る前に準備しておけ、などと仏頂面しながら注意してくれたりする。携帯電話で話していると、引ったくりにあうから今すぐ電話を切れなどともアドバイスしてくれる。乗り物好きの人に悪い人はいないのである。駅のアルバイト諸子も、とても実直そうに見えるし、みな電車や鉄道が大好きで仕方がないという雰囲気が、たいへんよく伝わってくるのである。


29-07-2009 / Wednesday [長年日記]

_ そうめんと冷麦とどう違うのか知らないのだが、スーパーで安かったので冷麦購入。大雑把な味のそうめん?

昨日、某さんと一緒に食べたお昼のさんまマリネに中った模様で、胃のむかつきで七転八倒する。夜は眠れず。朝5時に起きてシャワーしてキウイ食べて一息つく。

講談社学術文庫の今月の新刊「イブン・ジュバイルの旅行記」。この本によれば、アレクサンドリアの街は、本当にすばらしいところだったようである。が、税関吏はいつの時代もボスの目をかすめて、あくどいことをやらかすようにできているようでもある。まだ全部読んでいないけど、なかなか面白い本。アレクサンダーはアラビア語では、イスカンダルなんですね。宇宙戦艦ヤマトはイスカンダルに行ったけれど、あれはアラブ系の惑星だったのだろうか。

そういえばわたしも年を取ってから、派手な色の服を着るようになったなー、と人の日記を読んで思わず肯いたり。派手というよりは、昔は着なかった色というのか。昨今はミンチン先生の妹みたいな服装を好んで着ている。


31-07-2009 / Friday [長年日記]

_ 病院。待った甲斐があったということだが、たっぷり30分間診察時間があった。看護師さんによる事前問診もたっぷりと時間があり、今までの検診の結果のほか、既往症についても説明。仕事のことやらも含めて、十分に話し合う時間があった。ミジンコさんはもうすぐ5ヶ月に入るということで、前に見たときよりもずっと大きくなっていた。6月に見たときは、手足をそれこそミジンコみたいにばたつかせていたのだが、もうそういうことはなくて、静かにしかしがさごそと体を動かしていた。後の問題は、わたしの体重管理のみ。既往歴に関しても、先生がすぐにその場で専門の先生に電話をしてくれて、妊娠・出産にはまったく問題がないことを確認してくれた。またこの病院には某国人の先生が研修だかでいるのだとか。日本で出産する場合、夫を呼び寄せたら、この先生にお世話になることもできるかもしれないと、ちょっと安心する。また住民票のあるところの出産に関連する福利厚生は、府下でも最先端くらいに充実しているのだそうだ。昨日の診察も無料。次からは3千円までは負担してもらえるとのこと。同じ府下でも自治体によっては、負担額が異なるのだそうだ。

またお約束になっているのだろうが、高齢出産者に対する説明として、出生前診断のことも聞かされた。先生は「個人の価値観」でもあるし、この診断によりポジティブとされた場合でも、それは100%ではないとのこと。またネガティブとされた場合でも同様で、生まれてみないとわからないことではあるという。正直な意見だと思った。この問題に関しては、かねてより診断は受けないことを決めていたので、そのように伝えた。

また日本で出産するか某国で出産するかは34週目を目処に決めえもらえば、それまでのカルテ等一式を出産予定病院に宛てて用意しておいてくれるとのこと。さすがに評判のよい病院らしく、何事も準備万端であった。そして戌の日にもらった腹帯を巻く講習会の案内もあったです。。マタニティ・ヨガとかも。出産費用はすばらしい金額であるが、それもほとんど出産一時金でまかなえる。また出産一時金は海外で出産した場合も、申請できるそうである。。住民票がきちんとあって、保険に加入している場合。。西欧や北欧などの医療制度と比べると、日本の制度は問題がありすぎだと思っていたのだが、某国などと比べるとほんとうに先進国。来月、某国へ出張するときにも、できるだけいろいろな病院などをあたって、リサーチしておこう。今まで診察を受けていた外国人病院を第一候補にはしているものの、この際だから某国における医療事情を詳細に調査しておいて、まさに正真正銘の参与観察をするということなのです。楽しみ。


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