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lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

03-08-2009 / Monday [長年日記]

_ あとなんだか疲れちゃった。ヒグラシの声が聞こえてくる。もう夕方なんだな。

_ 数百年ぶりに南の生協食堂へ。夏休みのはずだのに、生協は満席。座れなかったので、サンドイッチなどを買う。

_ 地道に活動。

_ 日曜日の朝、図書館へ向かう途中、いつものように神社を通り抜けた。お参りをしていこうかと思っていたのだが、お百度を踏んでいる人がいる。なので、また帰り道にと思って図書館へ。図書館で小一時間ほどかけて本を選び、外に出ると雨模様。小雨ではあるけれど、あっというまに空が暗くなっている。バスで帰ることにしたので、神社に寄ることはできなくなった。お百度の人は無事にもうおまいりを済ませただろうか。バスに乗っているうちに小雨は降り止み、わたしも適当なバス停で降りた。そこからまた歩いて大型スーパーに行き、少し買い物をして、フードコートで讃岐うどんを食べて帰ってきた日曜日の朝。


04-08-2009 / Tuesday [長年日記]

_ 日々たいへん抑圧された環境の中で、それでも希望を失わずに前を向いて歩いて行こうと努力しているつもり。周りには誰も助けてくれる人はいない。正確にはいないわけではないのだが、それはいろいろな関係性の中でやむを得ずそうなっているということをわたしもよく承知している。だから甘えるということもない。いやだからこそ甘えたほうがよいのだろうか。そう煩悶する余裕がまだあるのはいいことといえるかもしれない。。

相変わらず、突発的に首をくくりたくなったり、開いている窓から飛び降りたくなったりはする。こういうご時勢にもかかわらず、大学の中には、飛び降りにうってつけの窓がいくつかある。今までここからだれも飛び降りなかったのが不思議という窓がいくつもある。そのかわりに、首をくくったのだろう。こういうときこそ、人と自分の距離もよくわかる。幸いなことにまだわたしには明日というものが確実に来るように思われる。そう思えるうちはまだ大丈夫だろう。


05-08-2009 / Wednesday [長年日記]

_ 某国へ行く前に利用停止にしておいた携帯電話のメール機能とかインターネット機能を復活させないまま早一ヶ月が過ぎた。別に困らなかったりする。。今回のプロジェクトにかかわる前は、わたしも割りと深くインターネットに寄り添う生活をしていたような気がする。毎朝、目が覚めたら、とりあえずメールをチェックしたりしていたし、ジャンキーとは言えないまでも、インターネットを介した知り合いというがかなりたくさんいるようなこともあった。仕事の都合や家庭の事情で、あるときからインターネットから物理的にそして半ば強制的に、遠ざかる生活を過ごすようになったのは3年前くらいから。初めの頃こそ、中毒症状のようなものを呈した(身体的にというのではなく、精神的になんだけど。。)ようなこともあった。しかし喉元過ぎた今、あってもいいしなくてもいいや、という感じになっている。喉元を過ぎるのに要した時間は、確かにちょっと長かったかもしれない。それに今でも、というか今回帰国してからは、大学では長時間、モニターの前に座っているから、気がついたらウィキペディアの海を漂流していたということも結構ある。もういっそのこと、世界中全体を無線LAN地帯にすればいいんじゃないのかな。そうすれば(それがいいとは思わないけど)、静かな湖畔にいても、雑踏の中にいても、どこでも文字通り、どこかにアクセスできる。引きこもったり、どこか一箇所でずっとインターネットとかかわる状況がかわるんじゃなかろうか。なんて、安直に思ったりする。

某国なんかだと、固定電話普及以前に携帯電話文明が到来してしまったから、自宅の自室でインターネットを接続するというのは、かなり特権的階層の人たちにのみ可能である。某国にも案外と山ほどいる引きこもり青少年たちは、やむなく無料ホットスポットが縦横無尽に張り巡らされている家の外に向かうようになった。もちろん某国にも怪しげな活動をしている層はいるし、世界語となったオタクはいまや、某国の青少年層にとってはひじょうに重要なキーワードにもなっている。自分という他者を外の世界と結びつけることに自覚的な人にとって、マンガやアニメやインターネットは、自分のオタク化に欠くべからざるツールとなっている。日本のオタクの定義とは異なるのかもしれないが、まあそんな感じにみえる。某国で大学生と社会人の日本語弁論大会の審査を頼まれたので、たくさんのオタクさんたちと会うことがあって、なんとなくこんなことをかれらから読み取ったわけである。三大突出単語は、アニメ・親子関係・人間関係であった。どれもいわゆるメディアがらみの文脈で語られていて、小説とか宗教とか社会といった定番の単語は、自己の確立を語る上では使われない単語になっているんだね。。なんてことも某国の先生と話したりした。そして、今、インターネットをさほど必要としなくなった自分はと考えると、近視的には世捨て人街道を行く人であり、遠視的には単に集中力が低減したからともみえる。あるいはただ単に、結婚してそばにもっと夢中になれる不可思議な存在の他人が現れたので、この人を理解するのが先と思うようになったからかもしれない。あるいはほかにもすることがたくさんあることに気がついたということなのか。。

困るから早く携帯メールを復活させてといわれるので、覚えていたら復活させます。でもこのところ、携帯電話を持って外にでることを忘れてしまいがちなので、なかなかお店やさんに寄れないのであった。。


07-08-2009 / Friday [長年日記]

_ 休日を取って、家で過ごす。買ったまま置いていた村上春樹の新著を読了。当然、続きがあるんだろうなと思うのだけどどうなのだろう。あるのかな。このような御時世の中で声高に言えることではないようなきもするのだけど、あまりおもしろいなとは思わなかった。それよりも村上春樹がもう還暦を過ぎているということにショックを受ける。ただジョン・アーヴィングの小説の中の登場人物である年寄りのお掃除のおばさんの箴言のとおり、おもしろいとかおもしろくないではなく、次に何が起こるのかを知りたいからこそページを繰り続けたわけである。

図書館から借りていたリービ英雄の本も二冊読了。多和田葉子は日本を出てドイツへ渡り、ドイツ語で詩や小説を書きつつ、日本語でも書いている。リービ英雄はアメリカ(プリンストン大学)と日本(新宿)を往復する生活を過ごしたのち、新宿に定着する。主として日本語で書いている。二人の考えていることやらなにやらは比較するには遠すぎるほど違い過ぎるから、ああだこうだとは言えない。が、ふたりの本を読んでいつも思うのは母語の外へ出ることをめぐる自分の輪郭の太さについてだ。母語の外(物理的にも状況的にも)に出ると、妙に自分の輪郭が太くなるのを感じることが多い。太くさせないと、波に呑まれてしまうような不安を覚えるからなのか。書きながら「どういうことだ?」と思っているぐらいだから、漠然とそのように感じているだけに過ぎないのかもしれないけれど。『アイデンティティーズ』の中でおもしろかったのは、カリフォルニアで日本文学を学ぶということについて。どちらかというと四季の移り変わりが明瞭に感じられる東海岸の大学で日本文学を学ぶことに比べると、どこまでも抜けるような青空の天気が続き、「色白の白人がいない」教室で万葉集や古今集を学び、枕草子をよむこととはなにかが違う、、ということを言及している部分。そういうことを言いだすと、日本人にはアフリカ文学や白夜圏の国の文学はおそよ理解できないものとなってしまうではないか。某国某所の大学日本語学科に出入りしていて知ったことだが、ここで教えられている日本文学は夏目漱石、森鴎外まで。三島由紀夫は現代文学の人なので、教えないのだそうだ。一方、そこで日本語を学ぶ学生たちにとっての日本は、「オタク」と「アニメ」の国。ほとんど毎週末ごとになにかのイベントで開かれるコスプレ・コンテストに参加する学生も多く、先生たちとのギャップがすさまじい。ただし先生も学生さんたちも、村上春樹や吉本ばななの本は読んだことがないという。なので重松清やら川上弘美、小川洋子という名前も知らない。日本語学科であって、日本文学科ではないからということもあるようだ。もし学生さんたちに、日本をよりよく知るために読むべき日本文学はどれですかと尋ねられたならば、なんと答えるのがよいだろう。この頃、そのことを考えながら眠りにつくことが多い。


10-08-2009 / Monday [長年日記]

_ うーむ、殺人的な暑さであった。開館時間に合わせて図書館へ行き、本を借りたあと、児童図書コーナーで昔、何度も繰り返し読んだような本を探して読書。「ふたりのイーダ」は見つからなかった。ちいさいモモちゃんのシリーズもなかったなあ。親子連れがたくさんいる。中に、某国の民族衣装を着た母子連れがいた。わたしもたまたまその日は某国の素材を外国人向けにアレンジした服を着ていたので、なんとなくお互い気になった。が、今日のところは会話をするまでに至らず。図書館の静けさの中で、某国語で会話するのが多少、気恥ずかしかったのもあるし、そもそも親子は日本語で本を読んでいたからでもあった。日本語で話しかけてもよかったかな。男の子はいわゆるハーフの小学校低学年で、かわいらしかった。

5か月に入って初めての戌の日ということで、雨を衝いて、敷地神社へ。通称わら天さんは、それでも傘の花がたくさん咲いていて、たいへん賑わっていた。本殿と右手の奥のほうなどでお参り。社務所で腹帯などの一式をいただいて、とりあえずバスに乗って御池方面へ。ちょっとお茶をしたかったのだ。バスの中から御池にも進々堂があるのを発見。しかし大人のお客さんたちで、寺町のお店同様、とても混んでいたので、寺町をぐっと下がって、うっかりと間違ってミスタードーナツで軽くお茶。そのままぐっと歩いて高島屋の地下で果物と野菜を買い、また地上に出てベビー服の素材を見るためにノムラテーラーへ。二階でとても素敵な素材のセールをやっていたので、我を忘れて物色中(赤ん坊のものには非ず、わたしのためのものだったりします)、親子連れに声をかけられる。へ?え?わーっ!きゃーっ!という事態が発生していたのであった。い、一体、いつからだったのだろうか。。親切なお母さんは店員さんを呼んできてくださり、安全ピンをいくつか分けてもらえるよう説明をしてくれた。店員さんは御不浄の場所を教えてくれ、一番大きな個室でどうぞと言ってくれる。親子連れさんにお礼をきちんと言えたのだかどうだか。。なにがあったかというと、10日ほど前に買った7枚ハギのタイシルクのスカートがちょうどおしりのところで20センチほどの長さにわたり裂けていたのだった。古タイシルクの生地だったから、買ったときによほど自分で裏地をつけるか、ペチコートをはかなあかんなと思っていたくらいだから、そういう事態を多少予測していたはずだったのに。。それにしても一体いつからそんなことになっていたのか。。そして四条に着くまで誰もそのことを教えてくれなかったということでもある。もうしばらくは高島屋には行けそうもない。


11-08-2009 / Tuesday [長年日記]

_ セキュリティ強化とかで、大学備え付けのパソコンで共用のものは、外から持ってきたUSB接続のあれこれを接続させることができない設定になっている。不便極まりないんだけど、世の趨勢か。なので、自分のパソコンから自分のアドレスにメールで添付物を送ったりなんかして、しのいでいる。ぱっとUSB機器をかざすだけでウィルス感染しているか否かがわかる機械があればよいのだよね。そしてカードリーダーはデフォルトで付けておいて欲しい。その件で話のわからない担当者と気分の悪くなるやりとり。

_ 留学生から聞いた話だが、インドネシアには少年法が存在しないらしい。先日、靴磨きを生活の糧とする小学生たちが、客引きの合間に10円程度の賭けごとをしていたのが見とがめられ、警察に逮捕されたとのこと。補導ではない。イスラム教では賭けごとが禁じられているとのこと。大人と同じように裁判にかけられたが、裕福ではない家庭の子供たちである。国選弁護士が付けられたが、あまり弁護してもらえなかったのだろう。かれらは大人と一緒に留置所に入れられた上、有罪判決を受けた。執行猶予が付いたらしいが前科者としての人生が始まった。さすがに国内でもこの判決に対して、非難の声が高まっているらしい。いわゆる途上国ではきっとどこでも、子どももまた重要な生計活動の担い手であると思う。しかしだからといって、子どもと大人を同じ次元で扱ってよいものとも思えない。日本でも十代の子どもが殺人や傷害事件を起こすことが急増している。少年法だとか更生を前提とした判決を与えるだけではどうにも無理なケースも増えてきていて、大人とおなじ次元で裁かなければならない事態もあったりする。日本では成人年齢を18歳に引き下げるかもしれないという議論が上がっている。が、今の18歳は本当に大人といえるのだろうか。もちろんいろいろな背景や環境があるから、みなが子どもだとみなされるわけにもいかないと思うけど。この頃の少年事件を見聞きするたびに、子どもと大人の違いについてよく考える。大人もまた衝動的にガソリンを撒いたりするし、老齢に達していても感情を抑えられずに魔がさしてしまうこともあるようだし。日曜日に図書館で久しぶりにいまどきの児童書を散見していたら、恋愛ものというのか、初恋ものというのか、そういう図書もかなり出版されていることを知った。両親の離婚再婚も重要なテーマとなっている模様。昔の児童文学にもなかったわけではないが、今はごく当たり前の日常生活の中の出来事となっているのだろう。小さいモモちゃんのおかあさんも、確か離婚したような記憶がある。うさこちゃんシリーズの最新刊は、お店のものをついつい黙って持って帰ってきてしまったうさこちゃんの話である。いまどきの子どもたちは、大人の小さい版という生活世界を生きているのかな。大人も子どももたいへんな世の中を生きているのかもしれないです。子ども時代を、子どもが子どもらしく生きていける世の中であればよいのだけれど。そういうのは幻想なのかもしんない。


12-08-2009 / Wednesday [長年日記]

_ おとといの朝、如月さんから電話があって、「大きな地震があったようで、こちらのテレビでも報道していた。大丈夫だったか」という。え、地震なんてあったっけ。で、昨日の朝、地震で目が覚めた。記憶が前後しているのか、本当に一昨昨日、地震があったのか。夏ぼけか。

古本市も陶器市も見に行かず。この時期に日本にいるのは久方ぶりだから、古本市は見に行きたいんだがな。

サンミュージックの社長さんが、とうとう最後まで連絡を寄越さなかった人に対して、「そんな仲じゃないだろう」と嘆息していたのをみる。そういう思いを人にさせたことがあったなと思い出す。もちろん事情は異なるけど、連絡したい人ほど連絡ができないときって、確かにあるように思う。というのは、言い訳なのだけども。

腹帯をきつく巻きすぎているのか、またよろしくない気分になってくる。食事時は食べられないし、空腹になると余計によろしくない。昨日も、間違ってついふらふらとミスタードーナツに入ってしまった。いきつけの場所ではないのにもかかわらず、今、百円だからなのかな。夕方だったからか、自分の年齢の半分くらいの若人ばっかりで、たいへん落ち着かない思いをした。年寄りはこういうとき、どんなお店に入ればよいのだろうか。そういえば、昔、河原町にあったおばさま御用達の青山という24時間喫茶、いつのまにやらなくなっていたなあ。夕方になると、ウェスタンな格好をして、大きな大きな犬を二匹つれて、窓際の席に陣取っている夫婦がいたものだ。ここにはいっぺんしか入ったことなかったから感傷はないのだが、なぜかあの犬を思い出す。昔、四条にあったトレッカという古い喫茶店が好きだった。若い時分は舞妓さんだったようなおかみさんと、ベレー帽などを被った旦さん(あるいは社長)が、宇治金時パフェなどを食べながら、楽しそうに談笑していたりしたものなあ。


14-08-2009 / Friday [長年日記]

_ あちゃ〜というほどに、何事もはかどりませんでしたです。。慢性的に眠いのをなんとかしなくては。。

_ 朝から洗濯機を二階回す。その合間にヨガ。10時過ぎに糺の森。一通り流しつつ、まずは本殿へ。お参りしてから古本市に戻ると、もうすごい人が集まっている。児童書コーナーで「麦と王様」。目が回りだしたので、大学へ戻る。途中、コンビニでミントチョコという飲み物を発見。昔、心斎橋に「赤い鳥」という名前のココア専門店があった。今もあるかな。ここでおいしかったのが、アイスミントココア。ノスタルジーに浸りつつ、試しに買ってみる。早速飲んでみると、冷えているからかまずまずおいしい。個人的には、もっとミントを利かせてあれば、なおよしなのだけど。

朝から運動をしたから昼食後、急激に眠くなってきた。。


16-08-2009 / Sunday [長年日記]

_ 五山の送り火の一番古い記憶は、昔の二条駅の玄関の柱のところに腰掛けて見た思い出。おじいさんがまだ生きていた頃だ。今はもうなくなったはずだけど、千本通のツタの絡まる喫茶店でパイナップルジュースを飲んでから、みなで駅舎に移動し、山を見た。。のだが、あれは左大文字だったような気がする。でもあんなところから見えたっけ?あれ。一番最近見たのは2005年だったかな。今日は山の上から送り火を想像するのみ。

子どもの一番最初のぬいぐるみをなににしようかと考えていて、そういえば耳が取れ掛かった茶色のクマと一緒に、おばあさんと市電に乗って動物園に行ったことも思い出していた。動物のことは覚えていないけど、クマと一緒だったことはよく覚えている。今日はいろいろ懐かしいことをたくさん思い出した。あのぬいぐるみもいつのまにかどこかへいってしまった。クマのぬいぐるみは、やはり人生の必須アイテムなのだろうか。

_ 大文字焼きの日なのだけど、今日はおうちにいることにした。

中欧某所の悪友と久しぶりにメールのやりとり。河童国の先輩がまもなく紐西蘭へ移住する。なのでその話など。来月、河童国で会うことになっているのだが、それ以降はなかなか会うことも難しくなりそう。。みんないろいろなところに散らばっていく。人生いろいろ、だな。

_ 多民族国家ということばがある。ところで、多民族から「構成されない国家」と、単民族国家とではどちらがようさんあるのかな。なんとなく疑いもせずに単民族国家ないしは単民族多数派国家のほうが「多数派」だと思ってきたのだけど、そうではなかったりするのかもしれない。今さらながらに考えたりする。そもそも単民族国家って、どれくらいあるのだろう。


17-08-2009 / Monday [長年日記]

_ 耳がもげかけたクマと一緒に、祖母と岡崎の動物園に行ったのはなぜだったのだろうか。。昨日からずっと思い出そうとしていた。そういえば、両親も弟もいない。あれはもしかして弟が生まれるから一人で祖父母の家に預けられていたときのことだったのだろうか。次の日には病院へ行って、弟が生まれるのを待っていたはずだ。わたしは長いすに座っていて足をぶらぶらとさせていた。あまりにぶらぶらとさせていて、椅子から跳ね落ちてしまい、わたしは廊下で顔を打って唇を切った。真っ赤な血が廊下にぼたぼたと垂れ落ちたことを覚えている。もちろん病院なので、すぐに手当てを受けることができた。そのときのヨードチンキの赤黒い色と鼻先に迫ってくるピンセットに挟まれた脱脂綿をよく覚えている。

弟は生まれたときからびっくりするくらいに漆黒の髪が、ふさふさとしていた。祖母はまずそのことを喜んだはずである。わたしは2歳を過ぎる頃まで、ほとんど髪の毛が生えてこなかったからだ。弟が生まれた前後くらいから漸く、髪がそろい始めてきた。今度はあまりにも密集して生えてきたので、おかっぱの頭がヘルメットに見えるようだった。ヒラメちゃん、もしくはクンちゃんのごとき厚ぼったい髪は、まだつやつやと光っていた。ピンドメやらゴムなどの類を一切受け付けず、仕方がないので、いつも耳の下で切りそろえる髪型にしかできなかった。弟の髪は今もふさふさとしている。わたしの髪は分け目の辺りがすっかりと薄くなってきている。耳がもげてしまいそうなほどになっていても決して手放さなかったぬいぐるみは、弟の登場で静かに居場所を交代したのかもしれない。わたしとはまったく異なり、黒目がちな大きな目をして、真っ黒のふさふさの髪をした弟は、まるで人形のようだったから。ふと忘れていた記憶が数珠繋ぎにこぼれて落ちてきた。


18-08-2009 / Tuesday [長年日記]

_ あまりの暑さにかき氷なんど喰って帰ろうかと思い、徘徊したあげく、結局、梅園へ。ところが迷いに迷って、別にさほどに冷たくもない特製渋栗あんみつを頼んでしまった。山のように盛られたかき氷を食べるはずだったのに。あそこは人を惑わすメニューがありすぎるのと、おいしそうなのだけ写真を掲載しているメニューがいかんような気がする。でもわらび餅とよもぎ餅がほんとにおいしかった。おいしいわらび餅は、スーパーなどで100円で売られているのとはまったく別物だ。

やっとこさ飛行機のチケットが取れて安心する。


19-08-2009 / Wednesday [長年日記]

_ 過日、いつも大入り満員の駅前の本屋で、ぼんやり書架を眺めていて、「小公女」を見つける。わたしが読んだのは、ポプラ社だったか金の星社だかの子ども版。でも挿絵がとても印象的な版で、目を閉じなくともその絵柄が今でも浮かんでくる。新潮文庫版は、伊藤整訳。懐かしさに耐えかねて、買ってしまった。以来、学校の行き帰りに読んでいる。ミンチン先生のなんといじわるなことよ。「小公女」の中で一番好きなのは、やはり屋根裏部屋に魔法使いがやってくる場面。そしてセーラが無事に窮境から救い出されるところ。どんなときも凛として居住まいを正し、やけになることのない少女である。うそくさいと思われる場面もあるけれど、基本的にはわたしはこのお話がなぜか大好きなのである。セーラが好きというのではなくて、いろんな人がいたはるなあ。。という感慨が深いからかもしれない。つまりは100年くらい前の世間と今の世間とで、いろいろと変化・進化した部分もあるのだが、人間に関しては、さほど変化はないのではないかということである。でも、基本的に、読むとなんだかぶつぶつ言っていないでがんばろうという気になるから、毎日、あきもせずに繰り返し読んでいるのかもしれない。


20-08-2009 / Thursday [長年日記]

_ 8か月ぶりに歯のクリーニングと検診。今回は合格点が出た。奥歯の向こう側に磨き残しがある点と、利き腕の力が入りやすい左上奥と右下奥が擦り過ぎという点が落第点であったが、全体的にOKとのこと。体の健康は、年を取るともうしゃあないのだが、歯は自分の力量次第で、健康を維持できるもんだなー、と実感。がんばって80歳になっても20本とか思うけど、そこまで長生きしたくなかったりする。50歳でぽっくりと死にたい。苦しまず、ぽっくりと。それ以前に自発的に死ぬような場合でも、痛い思い、見苦しい思いはしたくないなあなどとついでに考える。結婚して、子どもも生まれるけど、何かしらいつも足りないものがあるという思いがわたしを常に苛む。その足りないものにどうやって手を伸ばせばよいのか、わかっているのかわかっていないのか。なぜもっと努力しないのかできないのか。いくとおりにも答えはあるのだろう。足元に淀んでいる柔らかいくせに不気味に絡みついて離れない藻の茂みが、くるぶしからふくらはぎへ、ふくらはぎから膝下へと、背を伸ばしつつある。いつまで倒れることなく絡まる藻をかき分けていくことができるのか。ある時ふと藻の茂みに倒れこんでしまえは、想像外の柔らかさに傷口の痛みも忘れてそのまま絡まるに任せてしまうのではないか。その誘惑を静かに追い払いつつ、淀みを水の流れる方へと進んでいるような気がする。


21-08-2009 / Friday [長年日記]

_ 某所にて某女史と晩御飯。気分的にお好み焼きだったので、狙っていたところへ行くも、すでに店じまいされた模様で、影も形もなし。どうしようかねー、としばらくうろついているうちに、パチンコ屋の2階にもんじゃ焼・お好み焼き店を見つけた。あまりおいしくなさそうな気がしたのだが、ふたりとも疲れてもいたので、入ってみたら、予想外に広い店内で、どうやら家族経営。着席と同時に、もんじゃ用の小さなコテなどが運ばれてきた。が、われわれはふたりとももんじゃは嫌い。お好み焼きと焼そばを注文する。ところがこのふたつが以外にもおいしかった。で、ものは試ともんじゃも注文してみた。店のおばあさんが、こうやって作るんえ〜といって、結果的に全部焼いてくれた。できましたでー、と言われて食べ始めたのだけど、あまり食べた気がしない。調理前の材料の状態と、出来上ったとされる際の状態にそれほど明瞭な違いがない上、食感そのものも、出来上がっているのかいないのか、極めて中途半端だからなのだろうか、途中で摘み食いをしているような居心地の悪さが先行してしまう。できたのならもっとはっきりと、ソースをかけるなり鰹節をかけるなりしてほしい。もう一生分のもんじゃを食べたねと確認しあって解散。会合自体もなんだか中途半端に終わってしまった。


24-08-2009 / Monday [長年日記]

_ 先週末、雇用・産休関連のことで某所へ相談。解雇される可能性があったので、その相談。労働基準法とかいわゆる男女雇用均等法関連の法令について教わる。こういうことは、いざ我が身に降りかからないと、ほんとうに関心を持たないものなのだなあと痛感。これではだめ。堀江敏幸の随筆の中にもあったけれど(堀江氏が発言したことではないのだが)、「自分の研究の本を100冊読んでも、それは読書とはいわない。それは当り前のことだから。自分の研究分野以外の本を100冊読んで初めて読書という」というような内容が出てくる。ほんとうにそうだ。自分の研究関連の本は、読んで当たり前なのだ。もっと幅広く、いろいろなことに関心を持たなければ。つらいことが多すぎて、悲劇の人というポジションに安住していたから、視野狭窄になっていたことよなあ。。などと思った。


25-08-2009 / Tuesday [長年日記]

_ 査証を取りに某所へ。今回は親族用の査証を申請してみた。この申請にも親族からの招聘状や日本人の家族からの推薦状が必要である。おかしな話だが、招聘状は夫の名前で私宛に出される。要は「会いたいから来なさい」という内容であり、推薦状は「この人はわたしの娘であり、間違いなく招聘状の差出人の妻である」ということを証明(certify)する内容なのである。そして窓口でさらに、「なにしに某国へいかはるんですか?」と問われ、「夫に会いに行くのです」という会話をしなければならない。すごい会話だ。

_ 大学に戻る前にお昼を食べようと思ってうろうろ。どこもビジネスな人たちばかりで、なんとなく気後れし、日本ではおよそ500年ぶりにマクドナルドへ入る。すみません、とミジンコさんに謝る。戻って仕事と某手続き。ここでも間違いなく妊娠しているという証明書を提出することを求められる。子どもが生まれたら、出生証明書も出さないといけないらしい。海外で出産した場合は英語で出してください、とふつうに言われるが、英語を公用語としている国は、そんなに多くないはずだよなー。ぱっと思いつくのは、英国およびその関連国(加、豪、NZなど)、合衆国。。あれもっとあったっけ。日本は外国語というと英語の国だから、ときどき不思議な気持ちになるのであった。世界のほとんどの人は英語を公用語としていないのにな。おなかの大きな人を間近でみたり、生まれたての乳児を見るだけでは不足で、書類によって証明されない限りは、結婚も妊娠も出産も認められないということを勉強した。


27-08-2009 / Thursday [長年日記]

_ おなじ100字の文章であっても、密度の濃い薄いがある。米原万里のそれはものすごく濃い。「うちのめされるようなすごい本」を読む。その本の内容が気になるから読むのではなく、米原万里がどう読んだかを知りたくて、読み進めた感じだった。

_ 査証を取りに某所詣で二日目。無事に受けとってから母と待ち合わせて、父方の墓参りなど。大学へ戻るつもりだったのだけど、一日目に目星をつけていたビジネス街の和食店の昼定食を母と取ったところ、一挙に疲れが出てしまい、そのまま帰宅。昼食は、少なくともこの数年、おひるごはんを食べてきたあらゆるお店の中では、どこよりも抜きんでた味であった。しかも良心的な値段。遠いけど、今度帰国したときにまた行きたい。ところで、今までわたしにとってのナンバーワンのお店は、凸凹病院南側にある和食点「十両」。今は夏場だからあまりいかないけど、冬場や春先のおいしい魚があるときはここに通っている。とにかくお造りがおいしい。冬場は、ふぐ料理がおいしい。しかも安い。どうなっているのかと不思議。

さて二日続けて遠出しただけで、こんなに疲れてしまうなんて、今度の出張が不安になってきた。山登りの予定がある。ラクダにでも乗るべきか。


28-08-2009 / Friday [長年日記]

_ 佐々木丸美を読み始める。系図とか人物相関図を書きながらでないと、混乱をきたしそうです。

_ いろいろと確認。出産一時金は海外で出産した場合でも、受け取ることができるのだそうだ。例外条項はなく、なぜ海外で出産するかについての説明なども、とくに要しないとのこと。産前産後休暇も取れることが確認できたし、出産一時金も無事に受け取ることができることも説明してもらった。あとは某国の病院を最終的にチェックすること、すなわち懸念の最後の問題についての情報を収集するのみとなった。懸念の問題とは、小さな筋腫のことである。年齢的なこともあるので、わたし自身はそれほど心配していないのだが、現時点ではまだ小さい筋腫があるそうである。前回の検診の超音波画像で見せてもらった。いざ分娩という時にならないと、これがつかえて子どもが出にくいかどうかなどがわからないとのこと。その際の状況判断で、帝王切開をするかどうかが決まるのだという。いろいろと調べてみたし、お医者さんの説明でも、筋腫そのものは妊娠・出産には影響しないらしいから、楽観的でいようと考えている。ただし月齢が大きくなるに従い、筋腫も大きくなるそうだ。よって心配なのは産後の筋腫の状況だという。大きくなったまま放っておいてよい場合もあるし、やはり何らかの外科的手術をしたほうがよい場合もあるらしい。しかしそういったことは、とにかく今の段階で考えても仕方がないので、置いておいてよろしい、まずは某国の病院にこの話をして、いざというときの帝王切開手術を執刀してもらえるような環境があるかどうかを確認してきなはれ、ということになった。それをもって、最終的にどちらで出産するかが決まる。

子どもの名前のことも考えないといけない。某国で出産した場合、わたしの休暇は8週間だから、それまでに大使館に出生届を出して(本当は海外で出産した場合、3か月以内に届ければ、日本国籍を獲得できる)、旅券の申請もしないといけない。最初の帰国は日本国籍ですることになる。いろいろやらないといけないことがリストアップされてきた。さてはて、できるかなー。


29-08-2009 / Saturday [長年日記]

_ 山の家へ。もうここは秋になっている。朝、法螺貝の音で目を覚まし、ゆっくり覚醒。昨日まで必死で作業していた和訳の呪いか、夢の中でものび太のごとく、辞書のページが次々とめくられていくという悪夢に魘される。実際は、オンライン辞書各種をクロスチェックしながらだったんだけど、夢の中の世界はいつも古典的だ。低気圧のせいか、頭が重くて起き上がれなかった。一雨過ぎて、ようやく寝床から這い出して、朝ご飯やらシャワーやら。涼しいけど湿度が高いので、またクーラーを入れた。大掃除して、悪天をついて無理矢理洗濯など。

もうそろそろ胎動があるはずだと言われるのだが、一向に動く気配なし。おなかの肉が厚いと、動いていてもわからないこともあるらしい。大人になってからどんな人間になるかは別としても、豊かな(もちろん精神的にです)子ども時代を過ごさせてあげたい。それくらいしかできないからでもあるが。


31-08-2009 / Monday [長年日記]

_ お金がどんどんずばずばと出ていきまする。。

_ 某会館で昼食ごちそうになる。いろいろお話。ご飯を食べながらお話をするのって、やっぱりいいなと思う。あれこれ思うこと、たくさん。

_ 朝5時に起きて7時過ぎに投票所へ。一旦戻って、本を読みながら横になり、母が投票に行くのに合わせて一緒に外出。お昼を外で食べて、あれこれ一緒に買い物など。もうあまり時間がないけれど、ゆっくりと過ごした。


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