_ 蹴上まで革製製本展を見に行く。偶然、製本の歴史に関する説明が始まったところで、思いがけず興味深い話を聞くことができた。ヨーロッパの市民革命あたりまでは、本といえば製本前の印刷した紙の状態で売られており、それを各「家」(メディチ家とかナポレオン家とかそういう単位)の決まった色や背表紙の文字の色などを入れて完成させたものを、本屋が届けること、それが本を買うということであったそうだ。だからどんな分野の本でも、色や装丁の素材は統一されており、本の内容が装丁に反映されることはなかったという。よく天小口などに金箔などを貼っている本があるが、あれは金持ちの現れとかそういうことではなく、本を丈夫に長持ちさせるための処置なのだそうだ。虫が入りにくい上に小口のところが全体に非常になめらかに処理されているため、ほこりもたまりにくいという。元は、迫害されていたような宗教の啓典など、地下やら洞窟やらそういうところで読むにあたっての措置だったらしい。モロッコ皮はいまではインドで生産されるようになっているとも聞いた。
本の内容に即したような装丁がなされるようになったのは、印刷された本が書店に並ぶような時代になってからのことだとか。それまでは何々家蔵書とわかるような装丁が中心だったため、個性的な装丁というのはあまりなかったらしい。そういう細かい、そしてなにかあらゆる想像力を駆使することを刺激されるような話を聞いた。
欧州では革装丁の本の修復職人がいて、そのギルドで訓練を受けた人が、昔、図書館にいた。ギルドということばの響き。手に職があるというのは素晴らしいことよなあと思いつつ、帰宅。よいお天気だった。緑の葉や花の芳香とともに、新しい本の扉を開いたときの匂いがどこからともなく漂ってくるような気がした。