_ 7月ももう折り返し地点。一昨日、近くの大木の木下で、蝉の抜け殻をみた。もう蝉の大騒音が聞こえてくる季節だ。こどもの頃、近所の野原を駆け回るのが好きだったので、よく虫取りをして遊んだ。その割にはカエルが苦手。トンボとバッタを捕まえるのが上手かった。トンボはつかまえて、ススキの柔らかい茎を引っこ抜いたもので、胴体をしばって振り回して遊ぶという、風大左右衛門みたいなことをするのが好きだったが、ときどき強く縛りすぎて、胴体が切れてしまうこともあった。夏休みと言えば昆虫採集と押し花だったのだが、頭をもっと使って工夫するようなこどもだったら、今、これほどいろいろなことに苦労しなかったんじゃないかなと思ったりしている。わたしはこれまでの生涯で、考えるという作業について、あまりにも手を抜きすぎていたんじゃなかろうかと思う。ずっと自分の思うまま、やりたいことだけをやってきた。でももっと頭を使って、我慢して、みんなと仲良くしていれば、違う人生もあったのかもしれない。思ったところでもうやり直せない。こうして、人はこどもに自分にできなかったことをやらせようという期待をかけるのかもしれない。一休さんになにかをおしつけようというのではない。わたしがやらなかったこと、選ばなかったもう一方を、彼女が選んでくれるのであれば、大応援する。そうすればわたしは二倍楽しい。選ばなかった場合でも、適切な助言がきっとできると思う。わたしが失敗したことなのだから。いつまでもちっちゃな赤ちゃんでいて欲しいという勝手な希望もあるし、早く大きくなって、一緒にあちらこちら歩き回りたいという希望もある。大きくなった頃、まだわたしが徘徊老人になっていなければだけれども。