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  1. ね (01-22)
  2. ニゲラ嬢 (01-20)
lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

20-01-2011 / Thursday [長年日記]

_ なんというのか、あっという間に年が明け、大いにタイミングを逸してしまいましたが、明けましておめでとうございます、寒中お見舞い申し上げます。本年もぼちぼちとがんばって生きていければと思っています。よろしくお願いいたします。

_ なにしてた〜ん、と問われてもなんともいいようがないくらいに、いつものように暗く過ごしていた。「マーチ家の父」を図書館で借りて以来、すっかりと近所の図書館での読書にはまってしまい、子どもと散歩がてらに図書館にでかけては、山ほど本を借りてきた。秀逸だったのは、「巡礼コメディ旅日記」、ハーペイ・カーケリング。あまりにもおもしろかったので、一回返却して、また借り直したほど。今のわたしに必要なのは、なにか巡礼的なものなのかと思うところがあったのか。きっとそうなのだろう。この道程は、去年の春ごろだったか、NHKで再放送をみてすっかり夢中になった「サンティアゴ青春巡礼」と重なるから、ゴールはサンティアゴ・デ・コンポステラ大聖堂。巡礼というのは、マーチ家の娘さんたちが登場する本編のほうでも、一章のタイトルになっていた。自分の来し方と重ね合わせてみると、この短い時間に「巡礼」というキーワードと何度も巡り逢わせたことの不思議をおもわずにいられなくなった。

去年の秋、出張を終えて帰国する直前、大学から連絡があった。わたしの雇用経費が出ている資金が予想外に早く尽きかけている、出張終了と同時に一旦辞職するか(パートなりアルバイトなりをみつけてくれということ)、月に一回の出勤と引き替えに身分を確保するかどちらかにしてくれと言われた。こういうのは、世間的にみてどうなのかとも思ったけれど、思うところもあって後者を選んだ。そういうわけで時間だけはたっぷりとできた。ただし経済的にはもう落ちるところまで落ちていて(笑)、来年度の身の振り方がきまらなければ、もう行政に助けてもらわないとどうにもならないというところまで来てしまっている。たとえ片道でも飛行機代を捻出できるうちに、夫のいる国へ脱出するしかないのだろうか。耳の聞こえない子どもが某国でどんな教育を受けることができるだろうか。某国に行ったって、わたしにできる仕事はもっともっと、ない。外国人の正規雇用などないのだ。農業に取り組むか。親の因果が子に報うことになり、子には申し訳ない。もうなにをどうしていいのかわからない。そういう暗澹とした毎日の中で、子どもだけはきらきらと明るく大きくなる。12月21日、子どもははじめてしっかりと二足歩行をして、わたしの腕に飛び込んできた。年が明けて初めて一時保育に預けられた子どもを夕方迎えに行くと、「おああたん!」と聞こえる声のようなものを発して、子どもが満面の笑みを浮かべて高速はいはいで駆け寄ってきたのだった。この子や夫を残してひとりだけいくようなことにならないよう、春まであともう少しがんばってみよう。これが巡礼だと思えば、いつかはわたしが神と出会うこともあるのかもしれない。ただ光の射す方向に向かって、毎日歩き出すだけだ。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ ニゲラ嬢 [なにはさておき、早く暖かくなってほしいです〜。今年もよろしくお願いします。]

_  [ニゲラ嬢さん、ありがとうございます〜。今年もどうぞよろしく。MacAir、当たるといいですね♪]


22-01-2011 / Saturday [長年日記]

_ 世間的に見れば、チョー最下層な生活をしているのだけど、親子二人で楽しく過ごしている。夫はほとんど毎日、電話をかけてくれる。ふたりともスカイプだといいんだけど、夫はタイプライター人(笑)。今時の若い人であれば、某国は日本などよりももっともっと顔ブックやらスマートフォンの普及率が高いから、ほかにもコミュニケーションの取りようもあるのだと思う。

年末はできる範囲でおせち料理を作った。ことしはお雑煮と紅白なますがおいしかった。煮染めが失敗したのは、お出汁をとてもとても薄く取ってしまったから。いくら調味料を入れてもなぜかもうおいしくはならなかったのであった。

元日は近所の氏子神社へ。おみくじは末吉。翌日は某御大のお宅で毎年開催される新年会。子連れ歓迎の会なので、同級生の子どもさんたちと久しぶりに会ったり。あとは子どもを連れて散歩や図書館詣での毎日。家では離乳食を作っているか子どもと遊んでいるかのどちらか。ほんとはだめなんでしょうけど、寝付きの悪い子どもを膝の上に抱えて授乳しながら、「発言小町」を読むことも多かった。いかにも讀賣新聞的な人生相談の延長線上にあるウェブ空間なんだなあと深く感心した。どんな質問が批判され非難の嵐がごうごうと吹き荒れることになるか、わからない人も多いようで、ほぼ周期的にそういう虎穴に入ってきてしまう丸腰の姑さんやお嫁さんやママ友さんたちがいる。海外組もおれば婚活組、離婚したい組もやはりいる。なんかすごいな〜と思いながら人の人生劇場をずっと拝見させていただいておりました。タイムリーにも子どもが難聴みたいでどうしようというトピ(ックのこと:小町用語)が立っていて、思わずお気に入りに入れて毎日チェックしたり。

親戚が集まったのが十日戎の日だったので、子どもを置いて、自分一人だけで隣町の割と大きなえべっさんへ出かけた。ものすごくいろいろな種類の屋台が出ていた。それがすべて、500円均一だったのが、興味深い。リンゴ飴の500円とキャベツがざくざくの広島焼きの500円は、なんとなく価値が違うような気がした。フランクフルトは三本500円。一本だと200円。イイダコがひとつひとつに入っている巨大たこ焼きもあった。また並んで参拝しておみくじを引くと大吉。そのあと福笹を買うため並んでくじの入った玉を引いたら、もっとも外れくじの笹が当たった。これは紙製の鯛やらえべっさんの顔がついているだけで、あとの飾り物は全部自分でこうておくんなはれ、というタイプのもの。この程度がわたしの大吉らしい。大きな笹だったので約3キロの道のりを口笛吹きながら歩いて帰宅。

そうこうしているうちに2ヶ月に一度の子どもの聴力検査の日がまた巡ってきて、大学病院で缶詰になる。睡眠剤を飲むのをいやがって小鬼のように顔を真っ赤にして耳鼻科の待合に響き渡る泣き声を発する一休さん。早く眠りに落ちるようにと、抱っこしてフロアからフロアを歩き回った。

勉強関連ではいろいろ。いろいろ進めているんだけど、言い訳がましいけれど、子どもと一緒ではなにもできない。せいぜい授乳しながら本を読むくらいしか昼間はできない。しかももう1歳なのだからいつまでも母乳を飲ませるわけにもいかない。夜、早く寝て、3時頃起きようと思う日に限って、子どもも3時に目を覚ましたりする。待機児童でなくなったらそれはそれでまた保育費をどうしようかという問題が出て来るんだけど、子どもを預けなければ、パートであろうがなんだろうが実際なにもできないわけで。しんぼう、しんぼうと言い聞かせながら毎日暮らしていた。

子どもと一緒にNHKの子ども番組を見たり歌ったりしながら、少しでもほんとは耳は聞こえているんだという確証を探そうと躍起になったり、そういう行動を反省したり。子どもはオフロスキ―さんが大好きである。オフロスキ―さんのコント(なのか?)は、どちらかというと大人向けのような気がしないでもないのだが、なかなかチャーミングな人で、わたしも楽しみにしている。近所の公園のママさんたちの派閥やその行動時間、幼稚園児のママさんたちのそれ、みんなが帰ったあとにひっそりとやってきて、静かに遊ぶグループのママさんたち(わたしはここに属しています)の生態調査ももれなく実施している。わが子は母と違って、実に某国人的に明るく誰とでも一緒に遊びたいタイプの人。病院でも待合で、小さい子どもがいると、自分からニコニコと話しかけている(というか、自分語を発して呼びかけている)。もう少し暖かくなったら、遠くの児童図書館にも足を伸ばしてみようと思っている。

という感じで、私小説的に振り返るといかにもぱっとしない日常なのですが、それなりに楽しいこともあって、落ち込んだりはしていない。。ように見えるところがまずいんだよな〜なんて思う空元気もあったりします。ま、まだ寒い季節だしな〜。これでいいのだ。と思っています。


24-01-2011 / Monday [長年日記]

_ さんざん暗く落ち込んで、思う存分暗い決意を立てては崩して、十分に満足した。立って半畳、寝て一畳、天下とっても四畳半という気概でいかなければ。海も空も山もまだまだその果てを見尽くしていないしね。内に目を向けたら絶望しかないけれど、外に目を向けたらまだ明るい光がわたしにも見えるから。


27-01-2011 / Thursday [長年日記]

_ 用があって、子どもが一時保育に行ったあと、某所にある大型ショッピングモールへ出かけた。ここは朝は9時から開店しているとのことで、10時過ぎに着いたところ、すでにたくさんの人がいた。子どもが生まれて以来、そういう目で見るからかもしれないのだが、とにかく子連れが多くて多くて、驚くほどである。店内用のベビーカー付き買い物かごやレンタルベビーカーは、ぱっとみたところ、新生児用の完全に子どもが横になることができるタイプも合わせて、4種類ほど準備されている様子。通路の幅は十分すぎるほどに確保されているし、授乳もできるキッズルームには、ベビーフードレストランも併設されている。各階には無料で休憩でいるテーブルと椅子が置かれている空間が適度に配置されているから、お弁当持参?のご老人の方々が休憩していることもある。そして子連れの人びとの中には、子どものお弁当を用意している人もいるようだった。ショッピングセンターは百貨店みたいに、変に気取って買い物をするようなお店もないし、どのお店も空間は広く、似たような趣向のお店が隣り合っていたりもするから、とにかく一度にいろいろなものをたくさん見ることができる。お手頃価格のお店からブランドショップまでが揃っているのだ。すごい!冬の季節にはとくに重宝する空間なのだろうなあと思った。夏もきっと涼しくて楽しいのだろうなあ。スーパーマーケットコーナーも、近所のスーパーにはおいていないような、ハイスペックな乳幼児向けの食材やお菓子のコーナーもあった。アレルゲンを使わないオーガニック食材やレトルト離乳食もあれば、キャラクターの絵がついた食材やらお菓子やらもある。すべての人に対応する品揃えを目指しているのだろうか。すごいな〜、と思わず声に出してマニュアルでつぶやきながら帰ってきました。こういう空間を公共利用するようなアイディアがあれば、いいんだろうけどなあ。どうなんでしょうね。


29-01-2011 / Saturday [長年日記]

_ オフロスキ―というホルスタイン牛の文様に似たピンクの着ぐるみつなぎを着た、少し年を取ったおにいさんがテレビに登場すると、子どもは狂喜しながら飛び跳ねて、両手を水平に前方に向かって突き出し、片足を水平に後方に蹴り上げるポーズを取る。パタリロ音頭みたいだ。オフロスキ―が大好きなのだ。夕方6時のNHKのニュースが始まると、子どもはまた満面の笑みを浮かべて、画面に駆け寄りなにやら話しかける。このアナウンサーが大好きなのだ。顔の見えない夫からの電話でも、わたしが某国語を話し出すと、きゃっきゃとわたしの周りをまとわりつく。

好きだなあと思う人の好みもはっきりとしていて、おいしいおかずが出てきたら、もっと食べさせてと主張もできる。親の欲目だけではないとは思うのだけど、普通に育っているんじゃないかなと見えるのだ。しかし耳が聞こえていない可能性がありますから、一応、疑ってくださいといわれ、発達障害があるかもしれないことを告げられた。なので、立川市のお母さんの気持ちが少しわかるような気がする。あくまでも「気がする」だけなんだけど、そりゃあやっぱりショックを受けるだろうし、不憫でならないだろうと、同情する。

一休さんも病院で、発達障害に関して自宅でできるチェック項目の冊子を渡されている。実際、目の前にいる毎日一緒に生活している子どもの様子と、検査の数値から導き出される子どものハンディキャップの可能性が、どうしたって結びつかないのだから、受け入れろといわれてもなかなかはいそうですかとはならないものだ。だからわたしも、あちらこちらで情報を探し求めた。たまたま軽度の難聴の友だちがいたから、相談して詳しいことを教えてもらえたから、過度に心配しすぎることはなかったけれど。友だちがいろいろと教えてくれたり、大丈夫だよと言ってくれなかったら、自分を責めたり子どもが不憫でならないと思ったりした可能性はあっただろうと思う。あのお母さんにも、もっと気楽に子どものことを相談できたり、病気について教えてくれるような人がいたらよかったのだけど。もしいたのだとしても、そう簡単に心の内を吐き出せるものでもなかったりするのだけども。

病院は、発達障害だと子どもを診断したと同時に、専門の相談員なり窓口やらをすぐに紹介して、まずは親の心配や負担を軽くするようなケアを取るようになっているとよいんだけど。一休さんは大学病院にかかっているけれど、そういうケアはなかった。ただし、生まれてすぐに運ばれたほうの大学病院は、NICUで過ごすことになった新生児の両親向けの相談室やら保護者サークルの案内チラシを渡してくれたものだった。相談する間もなく、子どもが退院できたのだったが、そういう情報ひとつで、救われることはあると思う。

亡くなった男の子の冥福を祈る。


31-01-2011 / Monday [長年日記]

_ 一時保育に行く度に、ほんとになにかしら毎回、病気をもらってかえってくる一休さん。。先週は流行風邪をもらってきたらしく、土曜日になってからずっと鼻水が止まらなくなっていた。となると心配しなければならないのが中耳炎。朝、寒風吹きすさぶ中、今日は珍しく乳母車でかかりつけ病院へ。予想どおり、両耳の鼓膜が腫れているとのこと。耳の掃除、鼻水の吸引、そして今日は扁桃腺が腫れていたため塗り薬をつけてもらった。こうやって免疫をひとつずつつけているのだよという考え方もあるけれど、確かにかわいそうだ。。

_ 『想い出のキャサリン・マンスフィールド』『ものいうウサギとヒキガエル』。図書館で借りてきた本。この頃、伝記本が読みたくてたまらくなっている。小学生の頃から偉人伝や伝記は大の苦手であったから、なんだか不思議な気分になる。いろいろな生き方があるということを納得したいということなのかもしれないけれど。ともすれば、死にたくなる気持ちを必死で抑えて毎日暮らしている。死の瞬間、なにを考えるだろうか。死んだあと、後悔しちゃったりなんかすることもあるんだろうか。。そんなことを考えながら、繰り返し繰り返し、死にたいと思うのならばそれはなぜなのかを自問自答している。今までの生き方は全部間違っているから、それがこの頃よく思う理由である。なんて無駄な間違った生き方をしてきたんだろう。。そう考えるのであれば、逆に、だから今日からがんばって違う生き方をしてみようかと、ちっちゃく、まだ思えるのである。その小さな灯火を毎日両手で囲って、明日につなげるような、ぎりぎりの崖っぷちにいるような気がしている。必死に自分に課しているのは、発作的に、衝動的にならないことだ。死んでしまったあとに後悔しまくりで、おばけになって子どもの前に出てきて怖がらせたりしないようにしなくては。公募も研究助成も、ずっと落ちっぱなし。もう悔しいとも思わなくなってきた。間違った人生を歩んできた罰として受け止めているところがある。でもどこかで変わらなければ。どう変わればよいのかわかるところまで、自分のちっちゃな灯台守をして、毎日暮らしていくだけだ。


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