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lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

20-12-2011 / Tuesday [長年日記]

_ あと10日ほどで帰国する。今回の滞在ではいろいろいままで気がつかなかったことを山ほど見聞きしたり、たくさんの人と関わって、ああーやっぱり、この地域の人々と自分の間には、少なくとも3枚くらいはカーテンないしは緞帳のような帳が下りているんだよなあ、、とつくづく思ったりした。近所づきあいとかそういう社会関係が濃密なところであるという研究者の人の論文を山ほど読んできたから、さぞかし、濃密なんだろうなあと覚悟していたのだけど、全然違っていたという感じがしている。濃密というのは、濃疎?いや劇淡というのか劇薄というのか、そういうのと紙一重、いや、そのものなんじゃないかとさせ思われてくる。ようは、立ち位置というやつなのだろうなと思った。一見、社会の内部に入り込みつつも、透明人間を装う研究者の時には絶対にわからなかったようなことが今、これでもかこれでもかと前に沸き上がってきている。誰かのこと、よその社会のことをわかるということは、ことほどさように一筋縄ではいかんのだなあということが、ようやくわかったということなのだろう。無知の知ということば正鵠を射てるとはいえないかもしれないけれど、今、わたしが感じているのはそのことばかりである。

_ ところで、そのほかこの国全体にのことなのか局所的なことなのかはわからないけれど、目新しい潮流となるキーワードは、今更かもしれないけれど、「エコ」である。もっとも、これはどの国でもきっとそうだと思うのだが、「エコ」に敏感になる余裕がある中間層の間ではやっているということである。そういう層が、着実に形成されているということである。健康志向と合わせて、大学街であるこの街のあちこちで、オーガニック素材を使っていることを打ち出したレストランやカフェが雨後の竹の子のように毎日どこかでオープンしている。食材のみならず、建物の建材もオーガニックを謳っているところもあったりして、微笑ましかったりもする。発端は、おそらくは、欧米ツーリスト向けのエコとベジタリアンをメインキャッチセールスにおいたカフェの誕生なのだと思う。有機栽培の新鮮野菜を使ったベジタリアンサンドウィッチやパスタやビザが、いつの間にか、ツーリストと関わりを持つようになった若い人たちの間に取り込まれるようになり、もっと低価格で学生街でも食べられるようになっていった。そうこうするうちに、マーケティング的に、エコを全面に売り出せば必ず売れると言うことがわかってきた人たちがいたのだろう。全国チェーンや外資系のスーパーでは、大きなショッピングバッグをエコバッグとしてレジ近くに常備し、エコバッグを使えばポイントシールをくれるところもあった。。。つまり、こういう邪魔くさい習慣は根付かなかったということ。エコバッグは不織布製で、荷物を運ぶのにとても便利で経済的と言うこともあって、もっぱら中央市場に買い出しに行く人が使っていたりします。

ベジタリアンレストランは、今ならば、どこでも既存の一般食堂の値段とほとんどかわらない値段で、料理を提供するようになっている。契約農家で栽培している新鮮な野菜類のほか、グルテン素材の肉や魚を模した料理。真っ赤に着色されたチャーシューみたいなのもあったりするので、これはもしかして、この仕掛け人は華人系の人じゃないかななんて思って、豆腐料理を頬張っていたら、どんぴしゃりでした。なぜわかったかというと、この店のロゴはそのまま、店名やキャッチフレーズを漢字で書いたブルゾンを着た人が入ってきたのだった。そこには紛れもない「素」の文字がある。「素」といえば、この看板を出しているお店は、中国では回教の人たちのためのベジタリアンレストランであることが多い。回教がターゲットなのではなくて、食材に肉類を使っていないと言うことである。チャイナタウンだったらばいざ知らず、町中で漢字でそのような看板を出しても、「おしゃれ」ではないから、全部英語のキャッチフレーズにしたのだろう。

そんな感じで、いろいろ全体に、変わりつつありますなあ、、ということをあちらこちらで確認している。日本だったら、1円玉に相当するような小額硬貨があたかも存在するかのように、498円とか、1016円とか付けられていた値段も、釣り銭を半ば強制的に何かの財団に寄付するように言われたり、あめ玉で支払われたりするのが、わたしはとてもいやだった。けちんぼだからではない。なにか、お金を出して買うという行為をとても馬鹿にしているとでもいうような、変なにおいがしていたからだった。それもこの頃はなくなってきた。たとえば、下三桁が350円だったする。実際には50円硬貨はもう流通していないから、お客さんの心理について熟知している大型スーパーは、下二桁を切り捨てして計算してくれる。60円以上の場合は切り上げになることが多いけれど、あめ玉なんかを出してきたり、もっともらしい顔つきで○×財団への支援にご寄付をなんてこともいいださないから、かえって出口のところにある募金箱に細かいお金を入れて帰ったりする人も多くなる。全体的に、昔のように、はあ〜?とか、なんちゅうーことを!なんて怒ったりあきれたりすることが少なくなったような気がする。別にわたしが某国に完全に慣れたということではなくて、某国の方が変化してきたということである。それを「成熟」と呼ぼうと思えば、そうできるのかもしれない。でも、そんな上から目線で(って、今更ですが)なく、普通になにかの全体的な大きな変化なのではないかなと思ったりしています。おしまい。


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