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lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

01-01-2013 / Tuesday [長年日記]

_ あけましておめでとうございます。

昨日、また投稿に失敗してしまい、ここを読んでくださっている方々への御礼が、へんなところへ行ってしまいました。

いつも読んでくださってありがとうございます。読みにくいレイアウトのまま、いくつもの年を重ね、それなのに訪れてくださる方々がいてくださることに感謝を申し上げます。

昨日は夫は普通に仕事でしたので、というか、あんまり新年はこちらの人には関係がないので(どちらかというと旧暦新年の方が楽しいし、盛り上がっています)、子どもとふたりでお出かけをしました。何も行事はないといいつつも、商業主義的な事情やその他の宗教的な事情等々もあって、グレゴリオ暦の新年も盛り上がっているところでは盛り上がっています。また日本をはじめ諸外国からの観光客を目当てにしたイベントもあるので、交通機関は軒並み渋滞麻痺。また会社勤めの人たちも、国際経済的には一律に休暇にしたほうが効率的だからでしょうから、お休みを楽しむ人もいます。そんな中、子どもとふたりで、歴史的な場所に行ったところ、信じられない大量の人がいました。チケットを買うために並ぶ列の最後尾が見えません。またうっかり結婚証明書を持って行くのを忘れてしまったので、高い外国人料金を払うのもばかばかしく(配偶者だと現地料金で入場できる)、もう中に入らないことにして、歴史的施設の周囲を馬車で回ることにしました。といっても馬車も安くはないのですが。田舎の道を「お馬のおやこ」を歌いながら子どもとのんびり楽しみました。

実は街中でも馬車には乗れます。でも、外国人料金をばっちり取られるので、馬車に乗りたがる子どもには「ごめんね、馬車はちょっと(値段が)高いから、また今度にしよう」と毎回、言い暮らしていました。すると子どもは「うん。お馬がちっちゃくなるようにお願いするね」と。むむむ。という感じで、あまりにも馬の背が高いので、乗れないと思っている子どもに、間違いを正すことをあえてせずに、非教育的な態度をとり続けていましたが、やっと大晦日になって、子どもの夢を叶えることができました。これでよい新年を迎えることができたというわけです。

さっきまでずっと花火や爆竹が炸裂していたのが、ようやく落ち着きました。わたしも寝ることにします。みなさんもどうぞよい新年を過ごされますように。また今年もときどきここでお会いできればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。


12-01-2013 / Saturday [長年日記]

_ あっという間に12日になって、新年の最初の月も半分を過ぎようかという素早さである。この間、X地点からA地点に移動して、旧友たちとの再会を楽しみつつ、用事を済ませたりしている。とくに、院生時代に長く下宿していた家族との再会は、やはり何物にも代えがたいものであった。ツーカーで話が通じるし、互いの家庭のことなど、それぞれに厳しい局面にめんしていることをあれこれ話し合って、どうしたらいい、ああしたらいい、というようなことを話し合った。わたしの秘密口座を託していた末の妹が、借金の返済に半分近いお金を勝手に使ってしまったというアクシデントもあったけど、事情を聞いたらそうするより他になかったことがよくわかったので、まあええわとさらっとながし、いつものように仕事を休んでもらって、ずっと一緒に付き合ってもらった。子どもは子どもでほんとに目を見張ることがあった。わたしは子どもと話すときは、絶対に日本語しか使わないことにしている。これはバイリンガル教育の基本だそうで、一人の親は一言語しか話さないようにすること徹底しなければならないのだそうだ。と、本で読んだり、実際にバイリンガルの子どもを育てているひとに聞いたので、そうしている。で、今回、子どもはいつものようにX地点で保育園に預けられて、サバイバルをしてきた。A地点への帰省についてきたら、今度はA地点訛りの某国語を話す環境に放り込まれた。すると、みんなで話しているときは、わたしとは日本語で会話、周りの人とは某国語で話していたのである。多少、訛っていても、某国語は某国語として理解しているということなのだろうか。子どもってすごいなあと思うと同時に、病院の精密検査で出ている、子どもの難聴というのは、やはり少し楽観的に考えてよいのかなと思ったり、いろいろな意味で、とてもうれしかった。

今日は、子どもを妹たちに預けて、一人で旧市街地に行き、古い友達に会ってきた。その後はいきつけの、これも古い食堂の新しい建物で昼食を取り、久し振りにゆっくりと日記を付けた。それから戻って、妹たちと夕ごはんを取り、ずっとずっと話し込んで、半分寝かかった子どもを慌てておそいお風呂に入れて、荷造りをしたところである。明日、X地点に帰るのだが、一緒に付き合ってくれた子どもへのご褒美を兼ねて、ちょっと立派なホテルへ泊まりに行くことにしている。恐らく、これから数年はもう訪ねることもないA地点には、わたしのすべてがある。心残りも未練も、夢も希望も、なにもかも。次に来るときはなにがどんなふうに変わっているだろうか。青い空を見上げながら、旧市街地を通り抜けたとき、絶対、絶対、またいつかここに来ようと思った。来たいと思った。


14-01-2013 / Monday [長年日記]

_ 収穫があったといえばあったし、なかったというわけではないのだけど、天候不順に祟られた感があった小旅行から戻ってきた。一番、行きたかったところは道が冠水プラス土砂崩れで、道路の舗装が完全に剥げたという。それも一番難所のカーブのところで。南無三。それ以外の場所は、子どもの神通力なのか、わたしたちが行ったときだけ、雨が降り止み、もう2週間も停電していたのが通電したり(われわれが帰ったあと、また停電したという)、どうも子どもは晴れ女らしい。わたしはどんなときも雨が降るタイプである。同行の妹もどちらかというと雨女の部類であるから、子どものおかげで肝心なときは雨が降らなかった。子どもを置いて出かけたときは、必ず雨が降った。

最後の日は妹たちと一緒に公園博物館へ行った。博物館の中は写真撮影が許可されているので、新しい展示になってからは初めて来たということもあって、ぱちぱちと写真を撮っていた。しかし周囲の人はなんとタブレットで写真を撮っている。そしてなぜか博物館全体がWiFi完備ということもあって、公園ではインターネットみたいなことをしている人ばかりだった。顔ブックとかつぶやきとかなんですね、今は。

ふつうの人でも携帯はふたつ持っていたりするし、家の中でもスマート本のメッセージ交換で家族と連絡を取り合うという人も多いそうで、そういうIT関係の浸透ぶりを見て、ますます浦島太郎のような気持になってしまった。もう完全に取り残されている。

修士のときにお世話になった人が、急逝されていたり、愕然とすることも多かった。孫がお風呂で遊んで泡だらけになったあとを片付けようとして浴室に入ったときに、足を滑らせて、延髄をしたたかに打ち、昏倒。この家は自家発電機を常時稼働させているため、その音で家族が事故に気付くことも到底できなかったという。また同居の末娘は、前日、夫婦げんかをして勢い余って二階のテラスから飛び降り、両足首を骨折していた。家にいたのに母親の不慮の事故を知ることもなかったし、そうでなくても助けることもできなかった。その他、いくつかの不幸が連続した中の最大の不幸だった。そういう亡くなり方をするようなタイプ…という言い方もへんだけど、ではなかったと思うから、余計にやりきれない。

いろいろみんな人生の曲がり角なんだなあと思ったのだった。


16-01-2013 / Wednesday [長年日記]

_ 住んでいるときにはわからなかったけれど、やはり旧本拠地であるA地点は、よいところだった。この数年の圧倒的な近代化(正確には首都の模倣的な発展だと思うのだけど)の洗礼を受けているところは、他の地方都市とまったく同じである。しかしその一方で、独自の機を伺うセンスの良さというのも確かにあって、こういうのはX地点にはないよなーと思うことも多かった。おもしろさが半減したかなと思うところもあったけれど、やはりA地点の人々のオープンさとノリの良さと率直さは一歩抜きん出ている。もっと昔、まだ余裕があったころに、家の一軒でも買っておけばよかったのだろうなあ。今はわたしなどには到底、手は届かない。それに住むとなればまたあれこれと欠点に見えてくるところもあるだろうし、ここはわたしにとっての逃避先として大事に残しておいたほうがよいのだろう。

X地点に戻ってきてから帰国の準備に追われている。朝、保育園に行くのをいやがる子どもを宥めるため、地元の市場に寄るようにしている。色とりどりの野菜や果物、大きなまな板の上でばんばんとぶった切られる肉類や魚類を見ながら、子どもはどうも食欲が沸くようで、いつもスナックやでシュウマイをふたつ買って、それを食べながら保育園に行くようになった。こういう習慣はほんとうはよくないなあと思うのだけど、日本に帰ったらまた日本の風土に適応することはわかっているので、温かく見守っているつもり。もちろん夕方、保育園に迎えに行くと、楽しかった!といって、目をきらきらさせて、学芸会のために練習している踊りや歌を披露してくれる。残念ながら、学芸会の前に帰国するので、今年も出席できないのではあるが。。

いずれにしても、子どもがこの一か月、ほんとうに元気でいてくれたことと、楽しく過ごしてくれたことだけでもありがたいことだった。


22-01-2013 / Tuesday [長年日記]

_ ばたばた〜として、あっというまに帰国。帰国前の数日は本当にばたばたとしていて、どんなだったか覚えていないくらいだった。帰国日はあいにくの雨で、飛行機の予定が大いに遅れるのではないかと思ったが、乗換のスケジュールもなにもかもすべてオンタイムで、拍子抜けしたほどだった。そういうわけで、Delayを見越して夕食を取らなかったのが仇となり、結局、日本へ向かう便に乗った夜中に出された小さいサンドイッチを食べただけで、帰ってきた。その前に固形物を食べたのが、これも時間を見誤って遅れに遅れて午後3時頃に食べた昼食。子どもは保育園でしっかりと食事やらおやつを食べていたのが、幸いだった。まあしかし、とにかく帰る日はいつもばたばたとしている。

日本の寒さも、厳しいとは聞いていたけれど、いつもの年に比べてどうということはあまり思わず、それよりも自分が小学生くらいの時の強烈な寒さ、空は真っ青に晴れ渡っているのに、きーんと張り詰めた寒さとか、むき出しの手足の皮膚を爪でなぞると粉っぽい筋がついたこととか、昔のことばかり思い出していた。

翌日から子どもはすぐに日本の保育園へ。今日は1月生まれの子どものお誕生会なので、それに合わせて帰国したようなものなわけで、やっぱり久々に帰ってきてちょっとよそ者意識的なものを感じてぐずる子どもを追い立てるようにして保育園に送ってきた。

わたしは明日から仕事。さあがんばろう。休暇は終わった。


28-01-2013 / Monday [長年日記]

_ ケイト・モートン『忘れられた花園』。とても楽しく、一気に読み終えた。ある日、オーストラリアの港に、イギリスからの客船が到着する。すべての乗客が降りて、荷物も運び出されて、静かになった港に、一人の少女がトランクに腰掛けて待っている。誰かが来るのを待っているのか、そんな人は初めからいないのか。この少女の謎を解き明かしていくゴシック・ロマン的な小説。ずっと読みたかった本である。すでにいくつか書評を読んでいたということもあって、秘密の花園(バーネット女史)、トムは真夜中の庭で(フィリパ・ピアス)、抱擁(A.S.バイアット)などの系譜に連なる書物のイメージを膨らませながら、サラ・ウォーターズ風のひねりもあるのかなと楽しみにしていた。訳者の解説にも書かれていたとおり、「抱擁」の重厚さと比べるものではないが、作中作の童話はとても素晴らしく、それだけでも十分に読み応えが感じられるものだった。久々に夢中になって、上下巻を一日で読んでしまった。ということは、寝る時間を削ったり、家事を手抜きしたということなのですが(笑)、おもしろかったので、もういいのです。

内容については、わたしなどがごちゃごちゃいう必要はないのだけど、もう少し、しかけがあってもよかったんじゃないかなと思った。それは読者の楽しみということではあるのだけど、作者にとってもそのほうがもっと楽しかったのではないかということ。とにかく素晴らしく楽しい読書をしました。とてもうれしい。

子どもは全然、ぴんぴんしているのだけど、わたしは今冬二回目の風邪を引いてしまい、今も喉が少し痛む。十分に気をつけているつもりでも、こういうことってあるんだよなあ。うがいと手洗いをもっときちんとして、健康にしなければ。


29-01-2013 / Tuesday [長年日記]

_ むかしむかし、まだ飛行機の座席の後ろにパーソナル・モニターが付いていなかった頃。隣り合わせになった人は、すでに着席している人に、一声、挨拶をかけてから腰掛けていたような気がする。とてもおしゃべりの人が隣に座ったこともあったし、年齢が近い人だったりすると、乗換の空港で一緒に宿を取ったりすることもあった。だから宿まで自然に一緒にタクシーやバスに乗り、部屋に荷物を置いてからは、一緒に遅い夕食を食べるようなこともあった。懐かしい時代のことだ。飛行機の機内食も、今よりはもう少し、旅情に訴えかけてくるような、楽しいメニューだったような気がする。先日、最近、いつも乗っている某国の飛行機の朝食は、飛行機に乗ってどこか遠いところへ旅することがまだまだ胸が高鳴り、わくわくするものであったことが、もう前世紀のノスタルジーとなってしまったことを、しみじみと感じさせるものだった。塩っ気のまったくない白がゆには、漬け物も昆布もついていない。そこにバターとジャムの小さなパックがついたクロワッサンが付いていた。もう高いお金を出して、普通の飛行機に乗らなくてもいいのかもしれない。これだったら、LCCで十分だ。といってもLCCもチケット購入の時期を間違うと、普通の格安航空券と同じくらいの費用がかかったりする。旅に出かけることが、あまりにも当たり前になってしまって、その途中を楽しむということが、「旅」から外されてしまったのかもしれない。つまり、目的地に着けばそれでいいというような。。いや、無事に目的地に着くことは旅人にとっては、一番大事なことだ。だからそれはそれでよいのかもしれないけれど。


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