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lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

06-03-2016 / Sunday [長年日記]

_ 昨日は子どもの学芸会。昨年は、舞台の中央部で、石仏の役をしているのかなと思うくらい微動だにしなかった子ども。今度の学芸会の備品の準備などで「今年は動くかな」なんて先生たちとも苦笑しあっていたのだった。子どもは今、小学校準備学校に入学したわけで、昨年まで通っていた保育園は中途退園した。小学校準備学校が昼過ぎに終わると、夕方まで元の保育園の学童保育部門で預かってもらっている。保育園にはいろいろなアフタースクールプログラムというのがあって、踊りはそのひとつ。子どもは昨年のリベンジをという意味では決してないのだが、去年のサマープログラムから踊りのクラスを取っている。踊りには2クラスある。ひとつは英国ロイヤルバレエ団卒業?という触れ込みの先生が教えているバレエで、もうひとつが子どもが登録している伝統舞踊である。バレエは子どもが40名近くいるのに対し、伝統舞踊は4名です。子どもは週に一回、これも当地の王室舞踊団卒業という触れ込みの先生について習っているのである。

さて昨日は、オープニングの歓迎ダンスを踊った子ども。髪が短いので、踊りの先生にぶつぶつと文句を言われつつ、着付けや化粧をしてもらって、えらく別嬪さんになっていた。いよいよ緞帳が上がると、にぎにぎしい音楽とともに舞台に出てきた子ども。とても楽しそうに踊っている。微妙にほかの三人と動作が違うような気がしたりすることもあったけど、何より一番大事なのは、子どもが楽しそうだったということ。この式典の開幕によく踊られるメニューに限らず、当地の踊りでは口を開けて歯を見せて笑ったり、笑顔を見せたりするのはご法度である。子どもはそれでもうれしさとか楽しさがこらえきれなかったようで、ときどき満面の笑顔を見せていた。こちらはそれだけで、思わず目頭が熱くなった。本当に大きくなった。背もぐっと伸びて、こちらに来て1㎝伸びた165センチのわたしの胸元に迫る高さである。いろいろと共感するところが大きいのか、ドラえもんが大好き。スパルタ式勉強の当地の環境にあって、苦労しているところもあるのだが、明るくて元気な子どもに育ってくれているのが本当にありがたい。もっとのびのびとさせてあげたいなあと、こちらの希望はそれだけだ。踊りが上手になってもならなくても、何か楽しいと思えることがひとつあれば、案外なんでも乗り越えられるものだ…と思っているので、子どもには、踊りでもほかのなんでもいいから、何か一つでもふたつでも、楽しいことを見つけてほしいと思っている。


11-03-2016 / Friday [長年日記]

_ 5年前の今頃、子どもを母に預けて家で科研の報告書を書いていた。ふと気が付くと、台所で鍋や食器がカタカタと音を立てているのに気が付いた。それで今更ながらに家じゅうの物音に耳を傾けてみて、ああ、これは何か普通ではないことが起きているのかもと思い、テレビをつけた。ほぼ同時だったのかどうなのか、とにかくもう尋常ではない様子であることがわかった。と同時に、乳母車に乗って散歩に出かけた母と子どものことを考えたのだった。今すぐに探しに行くべきか否か。そうこうしているうちにテレビでは、恐ろしいほどの津波の様子が映し出されていた。5年という年月が長いのか短いのかなんともわからない。

当地と日本の災害復興の速さを比較する研究をしたいという院生と話をする機会があった。目に見えるものごとと、目には見えないものごとをどうやって「見る」のかと尋ねたところ、とにかく日本の復興は速くて素晴らしいという。わたしにはわからない。なにをもって復興を遂げたというのか、なにをもって立ち直ったというべきなのか。それは人それぞれでもあり、簡単には説明できないことのように思える。わたしにはなにもわからないのだが、ひとつだけはっきりとわかっていることは、答えを求めるのに急ぎすぎてはいけないということだ。時間をかければわかるということでもないけれど、簡単に結論付けてしまうこともまた探そうとしている答えから遠いものであるのかもしれない。今から5年後、どのような世界になっているだろうか。それを確かめることがまだできるのかどうか。わたしはあまり楽観的に考えられない。そのことがなんとも言えず、不安な気持ちをあおるのである。


12-03-2016 / Saturday [長年日記]

_ とにかくしんどかったので、朝からベッドでのんびり読書だけした。夕べのうちに洗濯もしておいたし、子どもも今週は体育のテストがあったりで、疲れていた様子。たまにはだらだら過ごさせてくれと誰にともなく言い、9時ごろまで寝るつもりが電話で起こされた。30分ほど話して思い切って起きる。朝ご飯を作って子どもも起きてきたのでゆっくりと食べる。それからさらにだらだらと食卓で読書の続きをして、結局午後2時ごろまでに上下巻の小説を読んでしまうこととなった。それから改めて身支度を整えて、一日を始めるつもりで本格的に起きた。作文の授業の課題を片付けて、来週の授業の準備を少しだけ。夜のお米を研いで、もう今日は疲れたからオムレツでごまかしておこうかな~と思っているところ。

最近、スーパーでよく買う野菜は、ヘビウリというらしい。50センチから70センチくらいの長さで、太さはゴーヤーとおなじくらいある。ただし外皮はつるっとしていて、ピーラーで皮を剥くと、冬瓜をゆでたときのようにとてもさわやかなヒスイ色をしている。中には白いワタの部分があって、ここに種があったりなかったりする。適当な長さで切って、縦半分に包丁を入れ、カマボコ型に切り分けたものを5ミリほどの厚さに切る。さっと水にさらしてから適当に水を切ってフライパンにそのまま入れる。水を少し加えてお箸でかき混ぜながら火を通す。緑が濃くなってきたら、出汁醤油とかポン酢を入れて、仕上げにほんの少しだけごま油を入れてできあがり。これがとてもおいしい。きっと煮物にしても冬瓜みたいな感じでおいしいのではないかと思う。最近、新しい野菜を開拓していなかったところ、これはとてもヒットだった。まだチャレンジしていない野菜もいろいろあるのだけど、このヘビウリは初めてだけどどこか知っている触感と味で、休日に物憂げに読書三昧でだらだらと過ごす日のおかずにふさわしいような気もする。

しかし、明日はしゃきっと過ごすぞ~。と、ここには書いておこう。


18-03-2016 / Friday [長年日記]

_ まあいろいろやなことも多いということで、気分転換にエーゴの勉強でもしてみるかと、職場の大学のとなりのとなりにある私立大学の語学コースに申し込みをしたのが3週間前のこと。語学教育、とくに某国人向けのエーゴクラスと外国人向けの某国語クラスが有名な大学である。週二回、一回二時間で3か月間で5千円という料金もまた、とても魅力的なわけである。それで、だいぶん年上の某国際援助機構の専門家のセンセイやら時々つるんでいる年長の知人たちとで筆記試験を受けたのが火曜日のこと。一日置いて、昨日、面接を兼ねた会話試験があった。初級・中級・上級とあって、それぞれが3段階に分かれている。一番クラス数が多いのが初級だそうで、筆記試験の成績順に、おおざっぱな一次クラス編成があって、それにしたがって、面接試験をやるというもの。わたしは上から2番目のグループだった。。。といっても、筆記の問題は、はあ~?ナンジャコリャ?という、摩訶不思議な問題ばかりで、某国人が一所懸命に作ったへんてこりんな問題ばかり…と思っていたのである。リスニングにいたっては、音声を担当している男女の英語が、絵に描いたような西海岸のアメリカ語で、わたしはほとんどなにもわからなかったのである。こんなプレイスメントテストの結果で上から二番目のグループに入れられたといっても、それはきっとカンがさえていて、マークシートのチェックがうまくいったということなのである。たぶん。ところが昨日、試験が終わってみんなでお茶をしていたとき、専門家のセンセイがおっしゃるには、あの英文の問題は、間違いなく英語母語話者が作成したものなのだとか。というのも、もう数十年前に先生がアメリカにて受けた英語の試験問題とまったくおなじだったのだとおっしゃる。そのことは確かに驚きなのではあったが、よくそんな昔のことを覚えているもんだな~と、さすがプロフェッショナルは違うと、感心したのであった。

_ 今日もいろいろな偶然が重なって、プロフェッショナルのセンセイと、凸凹大学の院生時代のゼミ先輩とお茶。最近よく立ち寄る学内のカフェで小一時間ほど雑談。よく笑った。笑うと頭の空気が入れ替わって、とてもすっきりとする。2時過ぎに解散して、大使館にいる卒業生に連絡していろいろと手続きの手配をお願いしたりなんかして、夕方帰宅。いつもは帰ったらぐたっとしてしばらく動けないくらいに疲弊しているのに、今日はたくさん笑ったからなのか、そのままスムーズに家事に移行できた。大きな声でがはがは笑うのって、何よりも健康によいのかもしれないな。夕食後、学生の課題の採点も終わらせることができたよ。ビタミン剤やら栄養剤より全然いいなあ。なんて、ほんとこの数か月、つらいこと続きだったので、久しぶりにすかっと晴れた気分なのである。


19-03-2016 / Saturday [長年日記]

_ 子どもと「功夫大熊猫3」。このシリーズは初めてみたのだが、面白かった。と思う。というのは、前半、映画が始まって5分ほどで寝てしまったから。疲れていたんでしかたがないのです。でも寝たのはたぶん40分くらいで、映画の後半はちゃんと見た。で面白かったと思います。でも、ををっと思ったのが、映画が終わってエンドロールが回り始めると、前方の出口がぱかっと開けられて、みなが続々と出て行ったこと。わたしは通ぶっているので、クレジットは最後まで見る派なのであるが、それにしても全員出た後で、もうスクリーンの前におそうじ部隊が今や遅しと待機している中で、のんびり見るわけにもいかないことがひしひしと感じられたため、ああ~と思いつつ退出。あまりの空調の寒さに震えあがってしまったので、温かい鍋料理を食べて帰宅。映画館で映画を見たのは「風立ちぬ」が最後だったものな~。でも、いい映画館でした。値段も高かったです。

子どもは初めて映画館で映画を見た。ひろびろとした椅子で、みんなと一緒に笑ったりしながら見るのが楽しかった様子。こちらの映画館は何を食べても飲んでもOKだし、驚くべきことに、シネコンだけど途中入場OK。わたしはそのことを想定して、前から5列目の席を選んでいたので、ストレスフリーで映画を見ることができた。5列目といっても、ちょうど目の高さにスクリーンがある。席は、ほとんど45度くらいの勾配だったので、後ろを振り返ったらちょっと迫力があったくらい。こちらの人は、みな、後ろに座るのが好きなのである。本当は少し前にやっていたスヌーピーを見に行きたかったのだけど、タイミングが悪くて見逃してしまった。「いんさいどあうと」は、DVDを買って、まだ見ていない。週末って感じで楽しかったですが、そのためにわたしは休みなのに5時起きで洗濯と授業準備を済ませて半日外出の準備を整えた次第。今、お土産のアンパンとお茶でおやつを食べて、やっと休日が始まったような気がしています。またちょくちょく映画に行こうと思います。気分転換をしないとやってられんですから。


27-03-2016 / Sunday [長年日記]

_ イースター休暇とミッドターム休暇で子どもの学校は1週間休みだった。ところがあいにく、休暇直前に、雨の中、強行された遠足がたたり、子どもは休暇中、ほとんど風邪で寝込んでいた。そのような訳で、あちらこちらで催された卵狩りにも行かず、むーっと顔で過ごした子ども。わたしも子どもに付き添って、ほとんどどこへも行かず、退屈といえば退屈だったけれど、のんびりできた。

フリンの話題がとても多い。しかしフリンって結局、当事者以外の一体誰が迷惑を被るというのだろうか。当事者の範囲をいかにするかで、公人と私人とでは違ってくるのだろうか。誰と誰が何をしようが関係じゃないかと言おうものなら、テレビに出て鹿爪らしい顔つきで偉そうなことを話しているのに裏切りだとか、企業イメージを著しく損なったとか、信頼性がなくなったからだとか、そういう議論になってしまう。しかしそもそも、テレビで知っているだけで個人的には知り合いではない人に対して、何をどんなふうに信頼していたのだろうか…、なんて、ちょっと斜に構えてみたくなるほど、次々とえらいことになっている。なぜ糾弾されねばならぬかについてはわかるんだけど、仕事を休業に追い込まれるほどになったり、一億総クレーマー的にあれこれ暴露されるとなると、どうなんだろうかと思ったりもする。やや、危ない、危ない、わたしもこんなところでこんなこと書いていたりして、なんだか毒されているのかもしれぬ。。

小学6年生のとき、わたしは2組だった。1組のセンセイと3組のセンセイが駆け落ちしたのは卒業式のあとのことだったそう。二人とも既婚者だった。そのことをわたしが知ったのはおおよそ中学2年生になろうとする頃だから、ずいぶんたってからのことだった。そのとき思ったのは、センセイも人間なんだなあということだったと思う。とても魅力的なふたりだったから、そういう感想を持ったのかもしれない。

普段、こんなこと書いたりしないのだけど、今日は書いたのは、直近の話題の人をめぐって、友だちや知り合いと称する人々が、「うわさは聞いていた」とか「ニクショクだと思った」とかあれこれここぞと発言しているのを、ついついわたしもインターネットでみちゃって、うんざりとしたからである。そんなこと、ほっといてあげたらどうなんだと、もし発言権がわたしにもあったとすれば、そう言いたいと思ったのである。でも、別にわたし自身は話題の人に別段、思い入れがあるとかなんとかそういうことも一切ない。アグレッシブに生きることはよいことだと思うだけである。以上、おわり。


28-03-2016 / Monday [長年日記]

_ 日本にいれば4月から小学生になる子どもの教科書が大使館に届いた。大使館に勤めている卒業生に頼んで運んでもらった。今どきの教科書は、なんだかとてもポップなんですね。サイズもA4だし。帰りがけに届いた別の荷物を先に持って帰りたかったので、教科書はまだパラパラとしかみていない。子どもが一年生になるなんて、本当?光陰矢の如し、少年学成り難し、である。感慨深いです。


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