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lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

05-08-2016 / Friday [長年日記]

_ もう8月ぢゃないか!

新学期の準備とか、頼まれ仕事の準備とか、研究報告の準備とかでてんてこ舞いしている。それなのにどこか地に足がついていないようなところがあって、忙しさも何かしら半分に感じていたりもする。早くいろいろと片付いてほしいところだ。

昔よく作っていたのに最近、とんと作らなくなった料理というのに、ヒジキときんぴらがある。酒・みりんが手に入りにくいとかゴボウとかこんにゃくも全然みたことがないという事情が大きい。もっともヒジキだけで作ってもいいのだけど、やっぱりちょっとさみしかったりする。ゴボウに似た野菜を見つけてきんぴらもつくってみたんだけど、おいしいのかそうでないのか、食べた後でもなおよくわからない種類の味の野菜だった。ヒジキだけはたくさんあるので、お味噌汁に入れたりシチューやカレーにいれたりとかして食べている。シチューとかカレーも、ルーを使わないで作るので、日本にいた時に食べていたようなドロッとした食感のものではなく、いかにもエスニックな感じがするようになった。とくにカレーは、キャベツを入れるとものすごくおいしいということを発見した。キャベツと玉ねぎ、シーチキンとかで作るのが好き。それとハンバーグだねを丸めないで、そのままフライパンに敷き詰めて焼く偽ミートローフも気に入っている。きちんとはしているんだけど、自分の手の雑菌処理に不安があるので、できるだけ手でこねたりしたくないというところが出発点だった。たまたまフライパンで作るミートローフという記事を読んだこともあって、作ってみたら、便利だし、趣向が変わって、子どもも喜んだ。難点は、ハンバーグを焼いた場合においしくできるソースが作れないこと。それだけかな。

日本にいたときは、テレビをほとんどみなかったので、だれがだれかよくわからなかった。基本的に今もそうなんだけど、バナナマンという二人組が出ているNHKの音楽関係番組が面白くて気に入っている。バナナマンの二人はがさつではなく、どこか鷹揚としたしたところが安心する。それでこの二人には全然似ていないのだけど、子どもが気に入ってよく見ている「ズートピア」というディズニー映画に、お役所で働くナマケモノという動物が出てくる。ナマケモノのくせに名前がFlashだったり、スピード違反で捕まったりするのだが、いつも二人を思い出す。目下、つらいことがあったり、へたばりそうな気分のときは、いつもナマケモノが登場するシーンを思い出したり、バナナマンの二人を思い出したりして、なんとかしのいでいるのであった。でも「ズートピア」は、結構、おもしろいんですよ。個人的には「インサイド・アウト」よりも面白いと思う。


12-08-2016 / Friday [長年日記]

_ 月末にあわただしく学会のパネルメンバーで打ち合わせをしたと思っていたら、もうとっくに予稿集の締め切りが来ていて、一日遅れで提出。でもなんともいい加減な内容でなかったことにしたいくらい。でも結構、意欲的なテーマだとも思うので、なんとか当日までに修正を試みる所存です。

_ 衝動買い的に、青いドレスシャツ。真っ青な、郷ひろみか田原俊彦かという色。お店では全然気が付かなった。でも家に帰ってから落ち着いてみてみたら、舞台衣装?のようなただのおばはんチュニックになっていた。なぜだろう?でも千円しないわけで、なんだかもうどうでもいい。一体、どんな状況で、どこに着ていけばいいだろか。あるいは一度、洗濯すればよくなるか…な。

_ 今週は推薦状ばっかり書いていた。一通はヨーロッパへ留学するという卒業生のために、ヨーロッパの某有名大学へ宛てて。もう一通はいまの契約が終わったら、別の大学へ行きたいという日本人の知り合いの先生に。こちらは年上の人なので、推薦状をどう書けばよいのかわからなかった。ご本人のお書きになったひな形では、敬語尊敬語のおんぱーれど。しかし普通、推薦状というものは敬語体をあんまり使わないんじゃなかったっけなどとあれこれ繙いて、ちょっと大変だった。いずれの二人も、うまくいけば本人のおかげ、だめだったら推薦状が悪かったと思ってくださいと、あらかじめ詫びを入れた。

_


16-08-2016 / Tuesday [長年日記]

_ スクールバスの運転手が急病とのことで、夕方、子どもを迎えに行く。この頃は子どもをバイクに乗せるのにも少しだけ慣れてきた。外で食べて帰ろうかということになって、南のほうにあるカフェレストランへ行くことになった。植民地時代にはさぞかし大きな邸宅だったであろう家を改造して、中庭のある素敵なカフェになっている。中には音楽隊の演奏できる場所もある。あとは大きな区画としては3つの空間とオープンキッチン。ここはとても人気のカフェで、とてもおいしくてボリュームもあるのに、とても安い。わたしたちはしかし、初めて来た。いつも満席で並ばなければいけなかったり、ここでは並ばなくてもほかにいくらでも食べるお店はあるということもあって、今回初めて着席することができた。というのも、今にも降り出しそうな天気だったから、だれも来なかったのだろう。インドアの形式だけど、どの部屋には冷房がない設えなのである。外国人御用達のお店ではない理由は、メニューがローカルフーズ中心だからだ。だからここはテロの標的には成り得ないと信じている。。。本当は素敵なチークのテーブルのある空間に座りたかったのだが、子どもはラウンジ空間にこだわった。それふうの足は木製だけど、すわるところは布張りで、椅子に座ると膝頭が胸のあたりに迫り来るような低い座席である。コーヒーを飲んだりするだけならOKAYなんだけど、ごはん食べるのにこういうのは食べにくいよと子どもを諭すも、聞く耳持たず。わたしはフェットチーネ風焼きそば、こどもはラザーニャといういかにも似つかわしいようなそうでないようなメニューを選んだ。わたしの焼きそばは、なんとすき焼き味だった。意外にもおいしい。子どもは半分くらい、わたしのを食べた。ラザーニャは待てど暮らせどなかなか来ない。焼きそばを食べ終わって大分経ってから来た。わたしの知っているラザーニャとは随分違って、中にボロネーズ風のものだとかミートソース風のものは入っていない。そのかわり、なんだかよくわかないホワイトソース風の、どことなくホワイトシチュー風のなにかが入っていた。しかしおいしかった。当地のラザーニャはほとんどが作り置きで、大きな四角い皿で作ったのを切り分けて出てくる。今日食べたのは、グラタン皿に入っていて、長い時間、オーブンで調理されたものだった。とてもおいしかった。外国人の意見というより、ここの人が実際にラザーニャを食べて、何度も食べて、それならこういう味もありかなと思って完成させたようなところがあって、家庭料理的でとてもおいしかった。焼きそばもそうだった。野菜がたくさん、魚介類もたくさん、お肉も入っていて、完成度が高い。焼きそばにつきものの油っぽさもほとんど感じられず、こういうおいしいお店だったら、お客さんもたくさん来るよなあー、と思ったのでした。また行きたい。今度は、メニューの写真では恐ろしく大きくて、だから敬遠したのだけど、他のお客さんのほとんどが食べていたハンバーガーを食べてみたい。きっとおいしいのだと思う。


17-08-2016 / Wednesday [長年日記]

_ 海外に住んでいると、日本では絶対に知り合いにならないような人と知り合いになったりする。わたしは何も自慢するようなことはないので、初めて出会った人にも、ある程度長く知り合いでいる人にも、基本的にはあまり深い話はしないようにしている。この時代だからということもあるが、海外に住んでいる一部の日本の人が、そこで知ったことを実に見事に次の人に明かすことが多いということを、今の場所に根を下ろすようになって初めてわかった。信用とまではいわないけれど、まさかこんな個人的なことを誰かに話すことはないだろう、とさえ思いもしなかったようなことを、実に気軽に次の人へ、そしてまたその人は次の人へと話していかれたこともあった。そういうのは個人の資質の問題で、海外に住んでいようがいまいが、どこでだってその人がいるところではありうることなのかもしれない。わたしはそういうことに関して、とても疎い人間だったということなのだろう。今はよほどのことがない限り、愚痴のひとつだってこぼさないようにしている。人を見る目がないことがいいことなのか悪いことなのか。すくなくともわたしに関しては、人を信用しすぎるのは見る目がないことであり、もっと自分を守るということを考えなければもっとひどい目に合う、と今では思っている。このことは、あまりよいことではないとは思いつつも、海外に住んでいるということを理由に、自分では納得している。人を信頼するのは信頼されるよりもむずかしい。性悪説がいいということではなく、もっと見極めて、ものごとをよく見て考えなければと思っている。

この半年ほど、わりと頻繁に会って話をする人がいた。同性だし、わたしにとっては少し年上のイトコやわかいオバのような気安さもあって、食事やお茶もよくしたし、仕事の話などもよくした。基本的にはとてもよい人だと思う。ただ、そうしている間にわたしのことを懐柔させやすい人間だとみられたのか、どちらかというとその領域に踏み込んでもらう必要はまったくないということに、最近、あれこれ意見をされるようになってきた。

たとえば服装とか髪型とか化粧の仕方とかそういうことである。いつも幸運を呼び込むためには白い服を着る必要がある、髪は一か月に一度はカットしなければならない、二週間に一度はエステで手入れをしなければならない、人は見た目が大事、とかそういうことである。それぞれ大なり小なり、悪いことではないと思う。余裕があればそうすればよいことで、わたしはそうする人のことをそれは素敵なことですねとは思うものの、そうしない/できない人のことまで考えたりすることはしない。見た目とはいうが、それは内面あるものが映し出される話であって、そうでなければ何をしたって白塗りになるだけの話である。

ここにAさんという人がいる。Aさんは、どちらかといえばクラスにひとりはいそうなタイプのファッション雑誌とかほとんど読みそうにないタイプで、流行とかそういうことに関係なく、自分のセンスを大事にし、それさえも開拓の余地はまだまだあるから、いろいろと冒険して挑戦している途上にあって、いつかきっと自分の型のようなものを手に入れるはずの人である。なんといってもこの人はものすごく難しいことで知られるある国家資格を持っている人なのだ。この資格には、頭の良さや技術だけでなくセンスも必要とされる。わたしはそれだけでもう尊敬してしまうのである。

このAさんのことを、年上のイトコかオバのような人は、かなり辛辣にコメントをする。服装とか髪型についての感想はまだしも、化粧だとか肌の手入れだとかもっと込み入ったことまで、干渉している。わたしだったら耐えられないと思っていたし、いつかAさんに、年上の人からのコメントはあまり気にしなくてもいいんじゃない?と言いたいと思っていたくらいなのである。わたしに言わせれば、Aさんのどこかギクシャクとしているところはすべて経験の少なさから来ているだけのことだ。これからいくらだって、自分の力で変わっていく人だと思っていた。それが、このAさんを変えることに成功したと年上のイトコかオバのような人は思い込んだのか、次なるターゲットはわたしだと思うようになったらしい。わたしは、人が美しく見えるのは、服装とか化粧とか髪型よりもむしろ、姿勢とか内面だと思っている。姿勢というのは態度のことではなく、物理的な立ち姿とか歩き方とかそういうもののことだ。どんなにきれいにしていても、背中がしゃんとしていないのはよくない。そう思っているから、年上のその方がわたしに触手を伸ばしてきたときも、さらりとかわすことができた。人の意見に耳を傾けないとかそういうことではなくて、ある領域に関しては、わたしはできるだけ自分の考えをとおしたいというだけのことなのだ。研究とか仕事に関しては、最終的に決めるのはもちろんわたしだけど、できるだけいろいろな人の意見を聞きたいと思っている。風水的には黄色の服とか茶色の服はよくないと、わたしの場合は書かれていたりするのだけど、自分が着たいと思ったら、なにを着たっていいと思うから、よく着ている。外で素敵な人をみたら、その人みたいな服をまねっこしたっていいとも思う。今よりも素敵な化粧の仕方があるならば、挑戦したっていいし、エステにだっていけばいいのだ。

でもわたしがそうしないのはひとつには、別に今、問題があるとは思わないこと、ふたつめには経済的な余裕がないこと、これだけである。

見た目が変わることと経済的状況の改善にはもしかすると相関関係があるのかもしれない。でもそれよりも、年上のイトコかオバのような人のやり方は、どこか人をコントロールするようなところが感じられて、違和感を覚えるのだ

人を変えるということは、その人が今もっているすべての資質を否定するようなところがある。人に影響を与えるということは、意図せずに、ある人が持っているよい部分(悪い分のときもあるかもしれないけれど)をほかの人が「欲しい!」と思わせるようなことだと思う。海外をあちらこちら回って活躍してこられて、華々しい経歴のあるかただけに、自分の成功への道のりとおなじものを、他者にも与えたい人なのかもしれないけれど、日本でもし知り合ったのだとしたら、わたしは今ほど深く知り合うようにはならなかったようにも思う。わたしが思う素敵な人は、姿勢がよくて、話す言葉が美しい人だ。内面の美しさは、言葉や表情になって、外に出てくるのだと思う。


19-08-2016 / Friday [長年日記]

_ わたしたちは家でNHKを見るために、当地の衛星テレビ会社と契約をしている。だから概ね、海外に住んでいる人でも見たいと思う番組は見ることができる。しかしこの時期、オリンピックだけは見られないのである。ニュース番組の中でも、肝心のところはなんとかという写真配給会社の固定写真だけがぱっと出る。金メダルとかを取る瞬間をみたいという気持ちがないわけでないのだが、2年前の冬のオリンピックのときに、その失望感みたいなものの洗礼を受けたので、今は諦観しているのである。オリンピックの特別番組編成のため、ニュースの時間もバラバラ。そのかわり、まだ海外では放送されていなかったドラマなどがまとめてみられるようになった。最初は「京都鴨川食堂」。あさが来たのあとでは、ちょっと難ありの関西弁が耳について、もうひとつ楽しめず。でも子どもはなぜか気に入ったようであった。そして今、親子して毎晩、テレビの前に座ってみているのが、「奇跡の人」である。これはほんとうにおもしろい。すごいテレビ番組だ。なんといっても主役の人がすごくいい。名前が全然覚えられないんだけど、ダメダメっぷりとか、なにもかもすごい。ビデオがほしい。おそらく、いつかきっと街角の海賊版DVD屋に入荷するのだろうけれど、本当にいいなあ~と思ってみている。なにがよいのか。もう全体になにもかもだ。先日、雨が降って、カフェから帰れなくなったときに一度見逃してしまったのが、返す返すも悔やまれる。とにかくなんとしてでももう一度みたいなあと思った。宮本信子の淡々とした語りもいい。いつかまたじっくりと見たい。子どもはこのお正月に「富士ファミリー」を見て以来、片桐はいりさんの大ファンである。先日も、武道家の甲野さんと片桐さんの対談番組があった。眠い目をおしてがんばってみていた子ども。NHKって、やっぱりコンスタントにいい番組を作り続けているものだなあと、海外にいると改めて思う。コウケンテツの料理旅行番組もよい。とてもよい。コウケンテツの一見、さわやかふうの暑苦しさとふつうのお兄ちゃん風の雰囲気も、とてもよい。と、受信料は払っていませんが、わりとよくNHKを見ているわたしです。もっともNHKの契約料金は、パッケージ料金に含まれていないため、エクストラに余計に払っているんですよね。それを合わせたら、日本の受信料とほぼ同額を払っているわけですから・・・。でもそれもこれも含めて、バナナゼロが見られるだけでも、幸せです。おしまい。


20-08-2016 / Saturday [長年日記]

_ 子どもとパレードを見に行く。王宮へまっすぐに続く道でパレードがあった。毎年、この時期の土曜日に行われる。しかしわたしたちは去年、初めてそのパレードを偶然見たのだった。そのパレードの楽しかったことがずっと親子の間で語り草となっていた。この一年間で、あちらこちらで偶然にパレードと遭遇したことが何度もあった。そのたびに、親子して、去年の夏のパレードとは違う云々、と語り合ったものだった。去年のパレードの面白さは、とにかく参加している人がとても楽しそうであったことに尽きる。自分たちだけ身内で盛り上がっているというのとはまた別の種類の盛り上がり方だった。職場の大学のマーチングバンド部も登場していたり、動物園からは参加できる動物はほとんど全員!連れてこられていたくらいだった。動物たちに関しては、かれらが楽しかったのかどうか、確かめようがないのだけど、全員、ちょっと緊張していた様子で、かわいそうだなと思ったのだが、パレードに長いニシキヘビを巻いて参加している飼育員とか、エリマキトカゲを肩に載せている飼育員、サルの着包みを着つつ、サルを肩車している飼育員らの牧歌的にイノセントな笑顔(飼育員の)を見ていると、無意識にあははと笑ってしまうほどの脱力加減であった。動物愛護団体からクレームが入ったからなのか、今年は生きている動物で参加していたのは馬車のウマと牛車のウシだけだった。

王様の楽隊の人々のマーチングバンドは、もう年季も入っているし風格が全然違っていた。太鼓の一打がすでにぱしっと、剣道でいえば、メンを打ったときにちゃんと手首を絞って残身が取れているといった風情の音。そういうのが見ていて気持ちよく、子どもにもそれがわかったようであった。そういうのを期待して今日は朝からずっとウキウキと過ごしたのだった。しかし、パレードは今年はもうひとつだった。その理由は、一般の参加者が少なくて、ほとんどが警察・陸海空三軍の何かの部隊の人々ばっかりだったからだったと思う。それでも3つほど、こういうのが見たかったんだな~というグループがあって、子どもと堪能した。踊りもピシっと決まっているし、踊っていない時のフォーメーションもキリッとしていて、みていて爽快な気持ちになる。そういうのをずっと沿道で見て、5時前に辞す。というのも残りは全部、軍と警察のグループだったからだった。大急ぎで戻って「奇跡の人」を見ようとしたら、もう30分も過ぎていて、うう~とうなってしまった。それにしてもこのドラマは本当にすごい。何がすごいのか、いろいろ書くことは、このドラマに限っては野暮中の野暮な感じがするので、「すごい」としか書けない。テレビを見てから夕食を作り、子どもと塗り絵をして、今日は楽しい一日だったなあとしみじみしているところです。時々でいいから、こういうゆったりとした一日があればなあと思う。昨日、終業前に来週の授業の準備もできたし、火曜日の授業の準備も半分終わっている。明日の日曜日は今日よりももっとゆったりと充実した日になればいいのだけど。そうしたいものだ。


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