_ 本当に久しぶり。おそらく、もうどなたもここを訪れてくれる方はいないだろうけれど。
とてもたいへんな一年だった。でもそれも3月までだ。予定よりも一年早く、帰国することになった。帰国?どこへ?それが目下の最大の問題である。わたしはどこへ向かおうとしているのだろうか。いつになれば、なにも心配しなくてすむようになるのだろう。2020年、だって?もう100年か200年、過ぎたような気もする。いや、5年か6年か。
今年はもう少しここに書くようにしたい。ずっとなにも書かないで来た。紙の日記でさえ、もう書かないできた。飛ぶには重たすぎ、落ちるには臆病すぎて、ふらふらしているしかないような気がしている。いつまで?永遠に?
_ 年末は海と山と森のあるところで過ごした。飛行機で3時間しか離れていない場所だった。でもとても懐かしく、居心地のよい場所だった。わたしの知っている人たちは、今はもう誰もそこには住んでいない。街の様子も、もちろん20年前とは比べられないほど変わっていた。それでもそこには海と山と森があった。
毎日、ホテルで朝食を取ったが、右を見ても左を見ても、日本人はいなかった。圧倒的大多数は東アジアからの旅行者であった。二番目に多いのは欧米からの旅行者である。あるいはわたしたちと同じように、首都から休暇で訪れていただけなのかもしれなかった。その次に多いのが東南アジアからの旅行者であった。クリスマスと新年の飾り付けを兼ねたブレックファストルームの意匠は、巨大なツリーに全精力が注ぎ込まれていた。ツリーを木だと考えると、間違いなのだろう。天井まで届くようなスリムな円錐形に、きらびやかな飾り物がぶら下げられている。星の形や月の形、天使やトナカイのようなわかりやすい形のものは一切なくて、大中小の球形の飾りだけがぶら下げられている。だから、クリスマスと関係があるのかというと、今はその季節だからそう見えてしまうけれど、別の季節に見れば違うものに見える、そう見てもまったく差し支えないといえるかもしれない。色だって、緑と赤、あるいは銀色と金色といったわかりやすいペアですらなかった。それは白一色だったのだ。球形の飾り物だけが、いろいろな色のラメの輝きを放っていた。
小さなものから巨大なものまで、海に面した街には多すぎるのではないかと心配になるほどたくさんのショッピングモールがあった。その中で、一番古くて小さいモールの中で、わたしたちは小さなクリスマスの焼き菓子を買った。部屋へ戻り、夜景を見ながら食後のデザートにお菓子を食べた。ひとつの場所を離れるときには、いつかまたここに来たいと思いながら、飛行機に乗るものだと思ってきた。だから運良く、また戻ってくることができてうれしいとしかいいようがないのである。しかし、窓から見える海も空も、まるで時間が全然流れなかったかのように平和な青と白のコンビネーションである。光の加減で真っ青に見えたり、流れる雲が輝くような白だったりする。ふと気がつけばもう20年が過ぎているのである。不思議な気持ちになった。
一週間後、わたしたちは日常へ戻ってきた。今、目の前に見える景色の向こうに、輝く海と空と山と森は見えない。でも見えるような気持ちになってみて、なんとかやっていくしかない。