_ 耳がもげかけたクマと一緒に、祖母と岡崎の動物園に行ったのはなぜだったのだろうか。。昨日からずっと思い出そうとしていた。そういえば、両親も弟もいない。あれはもしかして弟が生まれるから一人で祖父母の家に預けられていたときのことだったのだろうか。次の日には病院へ行って、弟が生まれるのを待っていたはずだ。わたしは長いすに座っていて足をぶらぶらとさせていた。あまりにぶらぶらとさせていて、椅子から跳ね落ちてしまい、わたしは廊下で顔を打って唇を切った。真っ赤な血が廊下にぼたぼたと垂れ落ちたことを覚えている。もちろん病院なので、すぐに手当てを受けることができた。そのときのヨードチンキの赤黒い色と鼻先に迫ってくるピンセットに挟まれた脱脂綿をよく覚えている。
弟は生まれたときからびっくりするくらいに漆黒の髪が、ふさふさとしていた。祖母はまずそのことを喜んだはずである。わたしは2歳を過ぎる頃まで、ほとんど髪の毛が生えてこなかったからだ。弟が生まれた前後くらいから漸く、髪がそろい始めてきた。今度はあまりにも密集して生えてきたので、おかっぱの頭がヘルメットに見えるようだった。ヒラメちゃん、もしくはクンちゃんのごとき厚ぼったい髪は、まだつやつやと光っていた。ピンドメやらゴムなどの類を一切受け付けず、仕方がないので、いつも耳の下で切りそろえる髪型にしかできなかった。弟の髪は今もふさふさとしている。わたしの髪は分け目の辺りがすっかりと薄くなってきている。耳がもげてしまいそうなほどになっていても決して手放さなかったぬいぐるみは、弟の登場で静かに居場所を交代したのかもしれない。わたしとはまったく異なり、黒目がちな大きな目をして、真っ黒のふさふさの髪をした弟は、まるで人形のようだったから。ふと忘れていた記憶が数珠繋ぎにこぼれて落ちてきた。