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  1. ね (01-11)
  2. ラギ (01-10)
lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

10-01-2012 / Tuesday [長年日記]

_ もう十日戎になってしまいましたが、あけましておめでとうございます。年々、更新頻度も低くなってきて、何か書いておきたいというモチベーションはあるものの、時間がなかったり、眠たかったり、他にすることがたくさんあったりで、昔は何を置いても優先順位の上にあったことが、どんどんと低下してきたということなのだろうか。それなのに、ときどきここを覗いてくださる方々がいてくださることに感謝しています。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

_ 年末、久しく国際線に乗っていなかったために、びっくりするくらい初歩的なミスをしてしまって、飛行機に乗り遅れてしまった。すでにチェックイン、スーツケースも預けていたため、結局、no show feeを支払う羽目になったのだが、皮肉なことに、この飛行機会社を頻繁に利用していた頃から、マイレージカードのわたしの名前は、旅行代理店が変に気を利かせてくれたおかげで、Dr.という敬称が、Ms.の代わりに使われている。カウンターで、一応、ダメ元で罰金をまけてもらえませんか〜という交渉をしようと思っていたら、係のの人が、チョットマッテと言う。どこか偉い人に電話をした模様で、行儀悪く、会話に耳を欹てていると、「この人は、ドクターだし(医者と間違われた可能性が高いっす)、小さい子どもがいるから、罰金はちょっとまけたってー」という内容であった。で、目出度く、本当はン十万円なんだけど、1万5千円でええわー、ということにしてもらえたのだった。多分、年末ということもあっただろうし、なんといっても、深夜0時30分という出発時刻を、勘違いしてしまう人は多いからね〜という同情をしてもらえたのが大きかったのかも。つまり、たとえば、30日の深夜零時30分という時刻を、まったくなんの疑いもなく、30日の夜の12時30と読み違えてしまうと、これは31日の深夜零時30分に空港にきてしまう人がたくさんいる、、ということなのでしょうね。。なんかややこしい書き方をしてしまいましたが、そういうわけで、わたしは丸一日、時間を間違えて空港に現れたのでした。でもなんとか無事に帰国できて、お正月を迎えられたので、河童航空のみなさんに深謝深謝です。

こどもは2歳になりました。某国では、あっちこっちの保育園に預けられたり、何度も飛行機に乗って初めての場所にたくさん出かけて、たいへんだったと思うのですが、病気もせずに、元気にそだってくれました。最近は某国語と英語が先行してしまっていて、日本語がなかなか口から出なくなっているようですが、日本に帰ってきてから、少しずつ、またことばを思い出してきたようです。Milkという単語の発音がとてもきれいで、英語が苦手なお母さんは、それだけで尊敬してしまっています。帰国してから、妙な習慣が付いてしまっています。自宅で、部屋から部屋へ移動するだけだというのに、お店の紙袋や自分の幼稚園バッグに、ありったけの自分の持ち物を詰め込んで持ち運ぶのです。「家出」と呼んでいますが、なんなんでしょうね。。ごはんやおやつの残り物をわたしが食べようとすると、烈火のごとく怒り、泣き叫びます。ブツヨクがすごいんだな〜なんて思ったりしましたが、自分のモノという考え方が芽生え始めているということらしいです。それにしても、ほんとにすごい勢いで怒って泣くので、それを宥めるのにぜいぜいしています。

そんな新年を迎え、まあ深刻な問題は何一つ解決していませんが、楽しく元気に過ごせる一年になればなあと思っています。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ ラギ [御帰りなさいませ&あけましておめでとうございます。 娘さん、2歳おめでとうございます。2歳って、後では絶対得られない..]

_  [ラギさん、あけましておめでとうございます〜。2歳児はかわいいですね−、確かに!しかしとっても憎らしいこともあります(..]


11-01-2012 / Wednesday [長年日記]

_ 髪をカットするときに、これくらい切ってくださーい、などといって、親指を人差し指でチョキあるいはピースサインを出すことが、あったりしませんか?某国で髪をカットするとき、5センチとか10センチなどと言っても絶対にそのとおりにならないということがわかっていたので、ボディランゲージで示したつもりだったのです。そしたら、髪の長さが「これくらい」になるまで切られてしまいました。肩胛骨あたりまであった長さの髪が、一気に、逆モヒカン風にシャカシャカと切られ、ええー!あ゛〜!とかいう間もなく、鮮やかな手つきでばっさりと切られたのが12月1日のこと。うっそー、という絶句すらできないくらい、呆然として、カット料金およそ100円を払い、こんな安いところで切るからや〜という後悔とか反省もできないほどのショックを受けて、ロボットのようにぎくしゃくしながら、とにかくよろよろと家に帰った。そして合わせ鏡で全体をチェックしたときの衝撃は、忘れることができません。まるでマレット(ベティ・サイズモアで、アーロン・エッカートがしていた髪型、この子のお父さんお母さんは昔ちょっとヤンキーやったんかなあ、、なんて思ってしまうようなちょっといちびりな子どもの髪型、そう、全体は短いのに、襟足だけビミョーに長いというあの髪型)になっていました。

一度タンスの奥にしまい込んだ手鏡をもう一度勇気を出して取り出して、入念にチェックしてみれば、つむじの部分が一番短く刈り込まれています。絶句どころか、もうわらうしかありません!わたしは財布を掴んで、ちょっと大きなスーパーに行き、まずはジェルとかムースとかを買わねばと思ったのですが、なんとこの国には女性用の整髪剤というのが、存在しないのでした。男物のチックみたいな、MG5みたいな、なんかへんな臭そうなものしかありません。どうしよう、、いっそ剃髪してしまうかムスリムの被り物を被るかどうするかというたいへんな二者択一を迫られました。で、友だちにSMSを送って相談。「カット失敗、どうしよう〜」「子ども用ピン留めをたくさんつけてごまかせ!」。親子でピン留めたくさん付けたらごまかせるかな、なんてわらにすがる思いで、なんかいろいろ購入。で、微妙な感じの頭に落ち着いたところで、子どもを保育園に迎えに行く時間が来ました。いつもは挨拶する警備員さん、受付の女性、用務員さん、、だれもがわたしの頭のことについては絶対にコメントしてはいかん!という暗黙の了解事項を事前打ち合わせもなしに共有したのでしょうか、だれも挨拶もしてくれませんでした。子どもの先生も!子どもだけが、実に純真に無邪気に、あれー、なんかへん?という顔つきでかけよってきましたが、子どもなので、そんな細かい違いは気にせず、二カニカと笑っています。。まあそんな頭で、年末まで過ごし、のんきに河童国で友だちと会ったりしたのですが、この友だちが開口一番「あなたはその髪型をしていると、とっても日本人に見えるわね!」というなんと解釈してよいのかわからんコメントをくれました。アメリカ人って髪型の変化とか洋服の着こなしとかに絶対なにかコメントしないといけないと思ってるのかも知れませんが、もうその頃にはわたしも自分の変な髪型を受け入れていたので、へへ、そう?などといって、ふたりで大繁華街のユニクロへ行き(子どもも一緒でした)、冬服を持ってくるのを忘れたわたしはヒートテックのパッチを買い、これからハノイに行く友だちはフリースジャケットを買いました。そして、日本に帰国したわけですが、母は「あんた、なんやの、その髪型、、、」と、開口一番。「ひどいわね−、もうちょっとなんとかならんかったのん?」。夫でさえ、「お、新しい髪型か」としか言わないでくれたのに。とにかく。翌日、まだ開店前のジャスコに自転車で乗り付け、目に付いたニット帽を一万円札で購入して、すぐにその場で装着。ああー、これで新年が迎えられる−、と思ったわたしでした。なのですが、ここに来て、17年ぶりに出頭してきた御仁が被っておられるニット帽が、わたしのとはもちろん違うのですが、どうも自分はいかにも変装しているように見えるかも知れない、、という恐怖を呼び起こしたのでした。ああー、どうしよう、、ベレー帽を被ってかわいこぶりっこしないといけないなー。。育毛剤でも振りかけようか、、というマンガにもならないような煩悩を抱えて新年が始まりました。嗚呼。


31-01-2012 / Tuesday [長年日記]

_ ちょうど一週間前。納戸で荷物の整理をしていたら、DVDの箱を見つけた。しばしタイトルを眺めて、時間ができたらまたゆっくり映画鑑賞しようと思って箱を閉じ直した。その翌々日、テオ・アンゲロプロス監督の訃報を知る。虫が知らせたということなのかどうなのか、監督の映画の極東の一ファンとしてなにか通じるところがあったのかなかったのかそういうことが言いたいわけではない。ただ、2012年現在のギリシアの巨匠映画監督が、映画撮影中に、交通事故で亡くなったということの、何とも言えない喪失感にただ浸ることすらなぜかためらわれるような、あっけなさを前にして、言葉を失ってしまっている。無念。


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