_ もしもし?と電話してみたら、隣の部屋にいるとのこと。携帯電話とは、ほんとうに不思議なものなのだなあ。所有率の低い社会にいるので、こんな驚きが未だにある。糸電話で会話しようかというのが、冗談にならないのだよというと、やはりそれはある意味で異常な社会ということになるだろうか?でも、デートしているカップルの一方が携帯電話でしゃべり続けていて、片方がメールを打ち続けているという状況よりかは、健全だと思うのだけど。いや、これはどちらにも縁がないヒトの僻みともいうべきか。
久々に「家族」で食事。その後、「居間」でだらだら。疑似家族ごっこではあるけれど、なんとなくほっとした。前に住んでいた「家」には、私はまだ一度も足を踏み入れていない。多分、また引っ越すときに、記念にちょっと覗くことがあるかもしれないけど。センチメンタリズムな春の夜。
本屋で岡崎京子の『へルター・スケルター』を買って帰る。ビートルズを聴きながら読むべき本なのだろうか?
読んでみた感想:多くの人があちらこちらで書いているとおり、これほどに不在感が顕在化される人もいないだろうなということ。<to be continued>という最後の文字が待たれてならない。