_ 文学部の庭に小さな池というか、大きな水盤というか、そういうのがある。そこに金魚みたいな魚が数十匹いる。子どもはこの魚に餌をやるのが好きで、しばしば、どこか行きたいところはとたずねると、サカナのいるところ!と答える。今日は自主的なお正月の最終日ということもあって、子どもを連れて大学へ。2時間ほど子どもはサカナと遊び、わたしはその間、ベンチで読書をした。今日はよい日取りなのか、学内の二カ所ほどで、大きな結婚式があった。その盛大なる音楽を聞きながらのんびり読書。その後、お昼ごはんを食べに、大学から一番近いモールへ移動。わたしひとりならば、もっとローカルな場所で簡単に済ませるのだが、子どもが一緒だとどうしても行く場所が限られてくる。毎回、子どもが食べられるものがあるファミリーレストランに入ることになる。子どもはエビフライの入っているお弁当がお気に入り。
もうじき子どもの誕生日なので、前から約束していたとおり、バービー人形みたいな人形を買いに行く。「みたいな」というのはホンモノではないからである。いろいろなバッタもんがあったが、わたしが気に入ったのはブライスみたいな人形。リカちゃんやバービーの顔に比べると大きさが2倍くらいあるし、顔のつくりも目が大きくて、かわいい。ホンモノみたいな憂いはない。子どもは最初、ふつうのアメリカンな顔のバービーを欲しがったのだが、そういうのはすぐ飽きるで・・・などと言いながら、子どもが自主的にブライスみたいな人形を選ぶようにいろいろ画策してしまったのであった。でも、結局、子どもはそのブライスもどきがとても気に入ったとかで、家に変える道すがら、自転車タクシーの上で人形を箱から出そうとするほど。なんとか気に入ってくれてよかったよかったと独り言ちたのだった。
本日の読書:伊坂幸太郎/バイバイ、ブラックバード(第一章のみ)。
_ あけましておめでとうございます。
当地は元日以外は、まったくの通常営業日で、31日も前期末試験がありましたので出勤でした。本当は今日も出勤日なのですが、子どもの学校は週末ということもあって今日も明日も連休。4日からなので、わたしも今日は休みにしました。ゆっくり目に起きて、朝ごはんを食べて身支度を整えて、近所のモールへ。でも別になにか催しものがあるわけでもなく、普通のいつもの週末でした。まだクリスマスの飾り付けが残っているくらいで、お正月の雰囲気はゼロです。セールですら始まっていません。来月の旧正月まではイベントはゼロ。
昨日はひじょうに簡単なおせち料理をつくりました。おもちを焼いて安倍川もちにし、ごまめ、大根なますの代わりに、ビーツ(サトウダイコン)とクズイモと切り昆布を使ってそれらしきものを甘酢仕立てで作りました。ごまめはバルサミコ酢で味付け。やわらかくなっておいしかったです。で、赤米、黒米、発芽玄米、モチゴメ、ウルチ米のミックスご飯を炊いて、お団子ふうにしてこれにもきなこをまぶして食べました。また卵をたくさん使って、秘蔵のみりんと日本酒を使っただし巻きも。お正月ごっこみたいではありますが、これが今の私にできる精一杯の贅沢です。
みなさまがたもよい新年をお迎えになったことと存じます。わたしも、なんだか相変わらずがちゃがちゃしていますが、今年は去年よりも一速、スピードを落として過ごせたらなと思っています。今年をもどうぞよろしく。
_ クリスマスの翌日、思い切ってバイクを買った。いやー、もうなにかとたいへんだったのである。世界の動向に逆行するように、ガソリン代が30%以上も値上げされた当地、毎日の通勤で乗るタクシー代の値上げがおそろしいことになったからである。首都でも第二の都市でも、タクシーといえば、バスよりも値段は高いけれど、比較的良心的な価格で利用できる準公共交通手段というような位置づけで、余程のことがなければぼられることもない(昔とは違うのである)。なのに、わたしの住む街では、毎朝、ほんとにムカーっとするような、利用者を完全に食い物にする条例が施行されているのである。タクシー利用に最低料金価格というのがあるのだ。普通は、電話で予約した場合にのみ適用されるようなものが、道で拾ったタクシーにも適用されるのである。わたしは街の中心部に住んでいるので、ほとんどの目的地に、そう、おおよその目安でいうと、100円で行けるのである。それを、250円払わされているのである。で、薄給なのに毎日の交通費が500円ということになるのである。それも、ガソリン代値上げのどさくさに乗じて、アルゴメーターに細工を施したタクシーが激増し、交通費が毎日700円とかになった日には、ついついタクシー会社に電話して、文句のひとつも言いたくなったりするわけである。それが毎日のことで、ついに「そんなにタクシーの運ちゃんとけんかばっかりしてたら、あんた、いつか刺されるで」と言われるようになったのを機に、出稼ぎのお金も少したまったこともあって、ついにバイクを買ったのであった。
バイクを買うのも、本当にたいへんで、こちらでは現金でパッと買い物する客は嫌われるため、わたしはヘルメットしかもらえなかった。同じバイクを3年とか5年の月賦で買う人は、賢い電話やら大型テレビやらキャッシュバックやらを貰える特典があるのにである。その分、利息を払うのではあるが、こういった点でも自分だけが損しているという気持ちがぬぐいきれず、買うときも本当に気が滅入った。でも、ストレスから解放されたことの意味は大きく、鏡で自分の顔をみたら、久しぶりに勢いの顔をしていて驚いた。
バイクにはまだ2回しか乗っていないのだが、年明けから本格的に乗り回そうと思っている。なによりも、鬱屈していた気分を爽快にさせるためには、欠かせない買い物だったと思うし、これからもがんばらなくては気持ちをあらたにするきっかけになった。
今年もばたばたしていて落ち着かなかったのだけど、来年は、もっとじっくりと自分の生活を潤すように、大切に毎日を過ごしたいと思っている。
今年もいろいろとお世話になりました。ありがとうございました。来年はもう少し、ここに書く時間が取れればと思っています。みなさまがたも、よき一年を過ごされますようにと願っています。
_ 先日の出張時、宿泊先のホテルが、最近流行りのちょっと感じの良いビジネスホテルで、とっても居心地がよかった。部屋の天井がとても高いのと、床が白っぽい木材のフローリングだったので、窓の小さなことも全然気にならない。バスルームは、ユニットではなく、今時珍しい、凝った小さなタイル貼りだった。それもとても清潔で、さらに好感度上昇。必要最低限のファシリティーが整っていて、とっても素敵なホテルで、これからも出張のときはここにと思う。ドライヤーも1200Wあったので、いらいらしながら髪の毛を乾かすこともかった。でも一点解せなかったのは、スタッフが全員、なにかのコスプレをしていること。女性は全員、プラチナブロンドのボブスタイルのカツラを被っている。男性も、カツラこそかぶっていないけれど何かの戦隊物みたいなユニフォーム。そして全員、カラーコンタクトを装着している。そのことだけが、最初はなにやら不安にさせる要素であったのだが、近くに日本人向けの古本屋があった。値段も、日本の古本屋と同じくらいに安く、100円とか200円程度。絵本もとても状態のよいものがあったので、ついついあれこれ買ってしまったのだった。駐在員や短期出張とかの人のものだった感じで、状態もとてもきれい。ビジネス関連の新書も多かった。
帰りに日系スーパーで子どもの好きなさつま揚げ(店内で揚げている!)を買ったりなんかして、せっかく稼いだお金を浪費してきました!
_ 帰国して最初の週末、子どものご機嫌取りのためホテルのプールへ泳ぎに行った。子どもはこのホテルのプールが好きなので、なかなかプールから出たがらない。たまたま宿泊費も安いプロモーション期間中だったので、部屋も予約していた。安いけれど、古きよきホテルなので、浴室にはバスタブが据えられている。子どもをなんとか宥めて、部屋に戻ってすぐ入浴。子どもは上機嫌で、また来週も泊まりに来ようという。日本恋しい、帰りたいという言葉も、もう忘れてしまったかのよう。お風呂から上がると疲れたのか、もうご飯も食べたくない、このまま寝るという。外に簡単な食事を買いに行くけど一緒に行かないのときくと、ずっと部屋で待っていたいという。よほどに疲れている模様。大急ぎで渡井だけ外出してフルーツサラダとフルーツスムージー、思いついてカップヌードルみたいなものを買って戻る。子ども、スムージーを飲んだら、疲れてしまったのかすぐに寝てしまった。
翌朝、朝からプールに泳ぎに行くと言っていたのに、疲れたのか、朝食を食べてからにするという。テラス席に座って、庭で遊ぶ野鳥やちょうちょうなどを眺めつつ、のんびりと朝食。それからやっとプールへ。小一時間ほど泳いだら、子どもも満足したようで、部屋に戻った。ところがいざチェックアウトという段になって、子どもがまた泣き始める。曰く、おうちに帰りたくないとのこと。必死に宥め賺してタクシーに乗り込むという騒ぎがあったため、わたしはジャケットをホテルに忘れてしまった。
それから3日後、恩師が外国人の博士論文の外部副査になっているため、わたしの職場の大学へ来た。昼間から贅沢なレストランで食事を取り、そのまま子どもを迎えに行き、来るまで近くの大型モールへ。子どもは懐かしい日本人が来たというので、大はしゃぎで、先生の膝に飛び乗ったり、首に抱きついたり、背中によじ登ったり、びっくりするくらい恩師になついてしまっている。先生も満更ではないご様子で、子どもにあれこれと買ってくれる。夕食を軽く食べて、アパートの前の道路までタクシーに同乗して帰宅。走り去るタクシーのテールランプが見えなくなるまで、子どもは手を振り、やっとわたしを見上げた顔が、また涙で汚れていて、子どもを抱き上げたままで、アパートの部屋まで戻った。辛い別れ、我慢しなければいけないこと、たくさんの出来事が子どもの身に起こった。ひとつひとつとても受け入れられないと、泣きに泣いた子ども。よくがんばっているなあと思う一方、これ以上、我慢させてばかりじゃいけないと思っていたのにだ。その二日後、わたしはまた出稼ぎで首都に出てきている。子どもをもっともっと、かわいがってあげたい。甘えさせてあげたい。夕方、子どもからの電話は、張り裂けそうな子どもらしい泣き方というよりも、もっともっと悲しい、寂しい気持が一杯の声だった。そのことが、一層、辛い気持にさせるものだった。明日の夕方、子どもに会ったら、すぐに抱っこしてあげよう、そしてもう二度と手を離さないぞ。そう思ってわたしも必死に涙を堪えたのだった。でも絶対、子どものほうが辛い思いをしている。申し訳ない。