_ 海と山と森のあるところを旅してしばらくしてから、コロナの時代が始まった。
コロナの時代の始まりの始まりの頃、続けて2回、日本とガリバーの馬の国を往復した。空港の売店の店員は、青い顔をして、目は真っ赤に充血し、ゴホゴホと不穏な咳が止まらない様子だった。機中で飲む飲み物を持ち込み用のビニールに入れてもらい、大量にマスクをつけた人々が次々と入国手続きへと進む中、不穏な空気をかけ分けて、搭乗口へ進んだ。途中、トランジットの空港では、わたし以外、だれも人がいなかった。深夜の乗り継ぎではあったけれど、白く輝く照明に照らされているのは、私一人である。ありえない。わたしには誰も見えないが、そこに人はいたのだろうか。ランゴリアーズを持ってくればよかった。不穏な時代なが始まる空気が流れ始めていたのだろう。それに影響されたのだろうか。その機中で読むために持参していた文庫本は多和田葉子の『献灯使』だった。
まだなんの予兆もない日本に到着し、わたし以外にほとんど人気のない特急電車に乗り込んだ。空気は明るく乾いて寒く、枯れわたる一面の田んぼが見えた。
そして国境封鎖の満潮に追いかけられるようにして、彼の地をあとにしたのは、桜の季節の始まりの頃だった。数年ぶりの日本である。子どももわたしも家にいたりいなかったり、学校へ行ったり、仕事に行ったり。いまだどこかしら宙に浮いている感じがどうにも拭いきれない每日である。