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lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

30-03-2006 / Thursday [長年日記]

_ さらさ鴨川のことを書いた日のお昼、偶然、そちら方面に行く用事ができたので、お昼ごはんを食べてきた。おいしい。日替わりAランチは、稲庭うどんのフォー・ガー(トリのささみのフォー!隠し味は老酒なのかな)、蒸かしじゃがいもバター(おいしい!)、車麩の南蛮漬け(ちょっと微妙だったけど、こういう食べ方もおいしいね)、鯛とアスパラの炊き込みご飯(鯛がおいしかった。アスパラが春の味でおいしい)。これに中国茶を一品選べて、なんで780円なんだ。よいお店。健康的でおいしいものを食べると、とても幸せな気分になる。世も末なことが昨日あった。こういうことをするから、○×研究がだめになるのだと思う。でももうわたしには関係ない。そういう自由記念日の午餐としては、とてもさわやかな気持ちがするものだった。

ずっと○×研究者だと自分のことを思ってきたし、今もそう思っているけれど、他者の評価はそうではなかった。わたしに求められていたのは、雑用処理能力だけだったのだろう。なまじ仕事が早くて、なんでもこなせたから、こういうことになったのかな。そう思うのはまだしかし、比較的ハッピーな考え方で、そもそも、だれもわたしのことなど、研究者だとは思っていなかったということ。文学部に体育の学位を取った人を採用して、神学の必修クラスを指導させるような人事があった。そうするに、適材適所でない人事。一見、なんじゃそれは?人事なのだけど、きっとこれも、わたしにはわかっていないだけで、新しい社会科学の展望がみんなには見えているということなのだろうなと思う。見えなくてよかった。うちの専攻も、もうこれでほんとにおしまい。4月からは某書店員となる。一人で生きていくだけの、精神的な強さを得られたらいいなと思う。今回の人事では、おそらくわたしへの配慮がおこなわれたようで、もう2ヶ月以上前に決まっていたのに、わたしは昨日まで教えてもらえなかったというおまけつきである。事務の人はもちろん、非常勤職員の人、お掃除をしてくださるおばさんも知っていたことなのに、誰もわたしには教えてくれなかった。毎日、ご飯を一緒に食べていた某助手さんもだ。みんなにかわいそうがられているワタシ‥。それくらい、みんなわたしがどう思うかを気にしてくれていたのね、うれしい‥とか、そう考えることでわたしが救われるのであれば、もうそれでよい。大学院に来たことはよかった。ただ、大学という場所に、わたし自身が適材適所でなかったということに、ほかならぬわたし自身が、いつまでも気づかなかったことは、不幸だったかもしれない。気づかなかった故に、いろいろな人にご心労をかけてしまうことにもなった。申し訳ない。

でももう元気にしている。想定外人事があったことで、ショックは受けたけれども、それ以前から撤退することはきまっていたのだから。そんな感じで春を迎えます。でもふつうに元気にしています。もっといろいろなことがわかる冷静なおとなになりたい。ならなければ。


29-03-2006 / Wednesday [長年日記]

_ 午後からmofaより来客。わたしとかから一体、どんなに有意義な情報が聞き出せたのか、申し訳なくなる。夕方遅くなってから、大ボス等々が来てくださったので、お役御免。友だちと食事にでる。台湾料理屋で、鴨ダック?とかいうのを食べた。スモーキーで、おいしい。お茶でもしようかということになったが、シナモにはなんとなく入りづらかったので、サンシャイン・カフェまで歩く。ここはいつ来ても、いいお店だなー。やっぱり好きだ。三条界隈でよくいくお店というと、なんとかのひとつ覚えのごとく、さらさだったのだけど、最近はここと、オパールとキルフェボンがレパートリー。別格ははやしや。さらさは、荒神口を下がったところにもできている。ここもかなり、雰囲気よし。ただし、富小路のお店とはかなり雰囲気が違う。ここのおにいさん(店長)が、なんとなくわたしの好みなのです。話したことはない。話す予定もない。


27-03-2006 / Monday [長年日記]

_ ハノイが恋しくなっている。それまで、わたしが一番好きな街は、フライブルクだったのだが、今はハノイ。ドイツ人の旅人とたくさんあったのは偶然だと思うが。北の方にある西湖に向かって、緩やかに傾斜している旧市街は、歩いていてこれほど楽しい場所はなかった。目に映るものすべて新鮮で、懐かしい。通りごとにおなじ商売を営む店が並んでいる。その合間に古い寺院が挟まっている。古い商店の奥に燻る漢方の匂いは、フレンチ・コロニアルな建築のそこここにも、うっすらと漂っているように見えるのだが、それがとてもよい感じ。暗い一階の土間に差し込む黄色い明かり。朝の冷たい空気の中を道案内のように漂ってくる暖かい食べ物の匂い。光と匂いが混然としているのに、それがちっとも不快ではない。

コンデンスミルクの沈殿した熱い珈琲を、黄色い電球の下で飲んでから、朝が始まる。汗をかきながらブンやフォーなどの麺類を掻きこんだ。ある朝は、皆が白い息を吐きながら、舌をやけどしそうに熱い粥を食べているのに出くわした。すでに何度か通った牛肉のフォー屋で朝ご飯を食べたばかりであったが、ここへお座りと手招きされ、人民服のようなものを着たおじさんのとなりに腰を下ろす。すぐに差し出された粥に、五香粉を振りかけて食べた。おいしくて、なにもことばに出せないが、粥をよそってくれた人に笑いかけたら、それで十分だったようだ。何を食べようかと迷っていたある朝は、角を曲がると、そこに天秤棒をおろして、熱々のおこわをハスの葉に包んで、次々と売りさばく行商人と出会った。人垣ができている。わたしの入る余地はなさそうに見えたが、おばさんが<あなたはどれをたべたいの?>と聞いてくれたように思った。うっすらとオレンジ色に染められた糯米を指さした。ハスの葉の香が立ち上る。指で丸めたオレンジの塊は、ほんのりと甘く、おいしかった。ニンジン?おいしい、おいしいと声に出しながら、わたしもこちらの人と同じように、しばらくは道端にしゃがみこんでほおばった。

旧市街をぐっと南に下がってホアンキエム湖が見えてくると、交通量はさらに増える。しかし、水辺には不思議な静けさが漂う。いたるところに深く枝を垂れ、水面に濃い影を落とす柳が見える。まるで、緑の黒髪を垂らして水面を鏡のようにのぞき込む女の姿のようだ。カンフーシューズの足をゆっくりと持ち上げてはおろす太極拳の老女。非の打ち所のない帽子とスーツの老人が、ベンチに腰を掛け、フランス語の本を読んでいる。道端に点在する熱いお茶を売る露店に並べられた、風呂の椅子のように小さな椅子に腰掛けると、こちらがベトナム語を知らなくても、どんどんと話しかけてくれる。指さし会話で、食べたいものを食べ、ひたすら歩く。ハノイから海岸沿いに、ぐっとホーチミンまで歩いたが、ハノイの印象がわたしには強くて、気がつけば彼の地の思い出に浸るばかりだった。ホーチミンの安宿は、向かいの家との距離がほんの3メートルほどのごみごみとしたところにあった。裏通りの、ふつうの家が建ち並ぶ安宿街だったが、ときおり路地から聞こえてくるこどもたちのベトナム語が、タイル張りの部屋に飛び込んできて、小さな木霊のように天井をしばらく駆け回り、消えていった。暑い昼間には、水シャワーを浴びたあと、体に布を巻いただけで、しばらくベッドに横になる。いつの間にか眠ってしまい、夕方の熱気の中で目を覚ませば、また別の木霊がやってきていて、ここがハノイだかホーチミンだかわからなくなってしまう。ほんとうに自分は旅をしてここまで来たのか、最初からここにいたのか。

ぼんやりした頭で夕方の散歩に出る。排気ガスでしろく煙った交差点の露店で、珈琲を飲む。アイスコーヒーを飲み干して、残された氷越しに尋常ではない量の車とバイクの波をみていると、おばあさんがぬるいハス茶のポットを持ってきてくれる。これをグラスに注ぎ、コーヒーミルク味のお茶を飲むのだが、その組み合わせをごく自然に受け入れるわたしがいる。もう何年も、そうやってコーヒーを楽しんできたかのように。

そんな旅のことが懐かしく思い出され、旅の手帳を読み返してみた。また行きたいと思う旅ができたことの幸せ。


26-03-2006 / Sunday [長年日記]

_ なんか疲れが蓄積しているみたいで、どどーんと寝てしまいました。

なにか食べたい‥と思うので、今からトーストを焼いてきます。トースト、バター、イチゴジャムと紅茶。これで一息入れてから、今日の真夜中までに提出の翻訳に勤しんでみます。なんかむりっぽいのだが。。

_ 最近、おもしろい本を読んでいなくてストレスフルになっている。なぜ読んでいないかというという、明らかな理由としては、本屋不足があげられよう。丸善、ブックファーストにいかにお世話になっていたか。ひいきの本屋のもうひとつは、談という本屋だけど、ここも数年前におそらくなにかがあって、微妙にわたしのストライクゾーンから外れるようになった。そういうわけで、自動的に、ほとんど本を読まなくなった。手持ちの本の再読を重ねている。同じ本を読むのがどちらかというと好きなので、苦痛ではないのだけど、なんだか物足りない。こうなると、自分は本好きだとおもっていたのだけど、なじみの本屋がなくなったくらいで、本を読まなくなる程度の人間だったのかなー、という気もしてくる。しかし、映画をどこの映画館で観たのかを気にするのとおなじで、本もどこでどんなふうにして出会ったかをいついつまでも覚えているタイプとしては、やはり今の本屋環境では、なかなかよい本と出会えないのもさもありなむかな、と思ったりしています。多分に言い訳ですけども。まあそのうち、ジュンク堂もだめになるのではなかろうかと。BALに本屋は似合わないものな。もっとヴィレッジ・ヴァンガードとかそういう本屋のほうが似合うような気がするわけです。というよりも、河原町通、もう歩いていてもまったく心惹かれるものがなくなってしまった。なぜカラオケ屋ばかりが林立するのかさっぱりわかりません。


25-03-2006 / Saturday [長年日記]

_ ペンネ、おいしかった。

_ 夕べは夜中の三時ごろまで、帰省中の弟と話す。


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