_ お雛祭りだ。
お雛さんはたいてい、その所有者となる女の子の顔立ちに似たものが選ばれることが多いと思う。私のお雛さんは祖母が買ってくれたもの。しかしうちのお雛さんに限っていえば、所用者よりもはるかにきれいだ。「このようになって欲しい…」という祖母の願望が込められていたということに受け止めている。
おばあちゃんの家の匂いが懐かしいなあと思う。
_ やっぱり理系の人って、てきぱきしてるんだな〜、研究室もきれいだし…、と見習いたいんだけど無理。きれいに片づいた机ではどうも落ち着かない。いや、これは理系とか文系の違いとは関係ないのだろうけど。私ががさつなだけである。
_ うう〜ん、うん。わからんことが発生。何年かぶりかで工学部の友だちに電話して教えを乞うたのだが、(なんかえらいおっさんくさい声になってしもてまあ…)という余計な感想が頭の中を渦巻いてしまい、肝要なことがようわからんかったわけです。わかったのは、「postscriptにして、うんちゃらかんちゃら…」ということ。しかし、私はそのポストスクリプトということばの意味がわかっていないのである。あとがき?のことではなさそうだということはわかった。。。
_ 出欠の回答を送り、これで完了。修士のときの学位記は研究科が用意してくれた筒に仕舞ったのだけど、今度はどうするのだろう。自分で生協で買ってくるのだろうか。ま、それよりも先にしておかねばならぬことがあるぞ。
薄手の七分袖セーター、麻のシャツ、黒のパンツ。
お昼ご飯食べすぎで、胸が痛む。ずっと一人。研究室を独り占めできるのはうれしいが、たまには独り言を言わないと、私も置物になってしまいそうだ。本になってしまうことができるのなら、アラビアン・ナイトがいい。
_ 電車で一時間という距離が長いのか短いのか、それを長いと思うのか短いと思うかという動機付けが問題じゃないのかという結論に達して。凹んだ方がいいのか、たいしたことないと思った方がいいのか、それもやはり根拠のない確信のようなものに決定される。
ひとつ坂道を転がれば、止まるまで落ちるしかない。転がりつつ、平衡感覚を保つしかない。着地を決めようと思うのであれば。
_ Leap year; therefore, "I love you."
_ 夕べは友だちと外国語レストランで食事。雰囲気も食事もとてもよかった。お客さんにも外国語人の人がたくさんいて、外国にいるみたいだった。よくしゃべったので一皿サービスしてもらって、食後のコーヒーもおまけしてもらう。マネージャーのこなれた日本語が素晴らしかったので尋ねてみると、やはり日本人の奥方がいらっしゃるとのこと。また行きたいなと思うのだが、お店の中に負けないくらい、お店の外の雰囲気が(怖い)外国の雰囲気である。絶対に一人では行けない。用心棒と一緒ないしは団体客として、今度は行ってみたいなと思った。
_ おととい、私が本部でみた「おかあちゃん、もしくはおとうちゃんと学生さん」の組み合わせは合格発表を見に来た人びとではなくて、二次試験の下見に来ていた人びとだった模様。。。試験て、普通はひとりで行くものだと思いこんでいたので、今さらながらに驚いた。観光も兼ねてのことなのだろうか。
(上記のことがわかったのは、新聞の二次試験問題を見てのこと。わたしも、「なんかへんやなあ」とは思っていた。うきうき感が足りなかったので。自分がうきうきしていただけのことだった模様。なぜ自分がうきうきしていたのかは、わからない)。