_ あまりはかどらず。
_ ずっとイラストレーター。プロッターの使い方がわからないのだけど、これは用紙を自分で差し込むのだろうか?どうすればよいのかわからないのだけど、こういうときに明快な方法を教えてくれる人が、行ってしまったので、困った。どうしよ?周囲の理系の人がぐんと減ってしまったので、正真正銘の文系は、こういうときにものすごく困る。
_ 気分転換に、忘れてきた本を取りに某カフェーへ。日曜日の午後は、なにやらアベックばっかりで、うんざりするほど生真面目な本を取りに店内に一歩入った途端、「みんな、楽しそうで、ええねえー」と思わないわけにゃ、いかんですたい。そのまま、お茶をするという手も考えておったのですが、踵を返してドーナツ屋でおやつを買って、河原で食べよう!と決めた。飲み物も用意して、さてさてと自転車で橋の上を通れば。。。河原はファミリー・タイム。世界のどこにも居場所がないような気がしてきて、ふう…と尻すぼみなため息をつきました。ま、しかし。そのうちよいこともあるかもしんないしね。あんまり、考えてもしゃーないことは、しゃーないのであることよ。
_ そういう訳で、電話せなあかんなー、と思っていた人物に電話をしてみた。ひさびさに調子よくおしゃべりする。肩の力が抜けていて、なおかつ頭のよい人と話していると、ほんとに楽しいです!会話能力が著しく低下していたから、ちょっとついていくのがワンテンポずれていたけど、面白かった。この人はバイリンガルなので、私としゃべるときは関西弁、ほかの人としゃべるときは東京弁を使う。ひさびさに関西弁&関西ノリを楽しんだとのことで、えらく元気よく話し続けてしまった。そんで、元気出す。
_ で、『ぼくは怖くない』。作者はもともとホラー文学作家ということもあるからなのだろうか。読者の想像にまかせるという結末なのだろうなあ。フィリッポがどうなったかが気になる読者としては、ちょっと収まりが悪い。
『大草原の小さな家』を夕方、テレビでみる。勧善懲悪ドラマのアメリカ版になってしまうのは、後半部、ローラが結婚してからの顕著な傾向。「家族」とか「友情」とか「愛」とかというキーワードが明確に出されているのだけど、こんなに他人に構っていると、自分がしんどくならないのだろうか?とときどき思ってしまう。今のアメリカ外交とおなじようなことが、日常生活レベルでもあるのだにゃ、ということがよくわかっていいのだけど。原作は、これほどに勧善懲悪ではなかったと思う。自分の存在を顕在化させるための術語として、「家族」等々が語られているようなドラマなのに、ついつい見てしまうのは、ひとえにアルバート役の男の子が好きだからではないかと思われます。
_ 天気が悪いから、このごろ、身体もしんどいのだろうか。ぼわんとしたどろどろのゼリーの空気を掻き分けて、進んでいるような気がする。なんかしんどい。
_ 帰りに本屋で、『ぼくは怖くない』ニコロ・アンマニーティ/ハヤカワepi文庫、を買う。子どもの視点で書かれたある猛暑の夏のイタリアの農村部の話。
この間までずっとヨーロッパの人と話していたからか、読み進めながら「家族」というメタレベルの文脈をついつい意識してしまう。ひとくちに家族といっても、それはあまりにも複雑で説明するのが難しい、という話を聞いた。また、そうなると、「父親」とか「母親」とかいう役割についても価値観や意味が説明しづらいものになり、それは同様に社会の中における「男性」「女性」という概念の変化にだけ気配りしていてもおっつかなくなるのだ、という。制度としての結婚がすでに形骸化していて、事実婚的な方法を選ぶ人たちについて、「そういう場合に子どもが生まれたときに、父親が誰であるかは実は問題ではない。次の父親を捜せばいいのだから」という説明を聞かされたのだけど、これは子どもがいつでも母親に引き取られた場合にはそうかもしれないなと思った。しかし、続いて聞かされたことばがいただけなかった。「これは一妻多夫制だから、■△社会と同じだよ」とのこと。言わんとしていることはわかるのだけど、そういう単純な理解でもないだろう。逆の場合には、一夫多妻の父系制になる。あんまりテクニカルタームで理解してしまおうとすると、いかんのだろうなあと思った。というか、そういう結婚のスタイルを■△社会的と命名するところが、旧宗主国的発想とちゃうか…とプロトタイプな反応を示してしまった自分もおかしかった。
_ 本の内容はといえば、まだ半分なので、保留。今日はなんかものすごく疲れて切っている。家で仕事の日としよう。
_ 明日から長期出張の元同僚と一緒に、食事。とても雰囲気のよいお店で、楽しく食べる。となりのバーでさらに話し続けたので、研究室泊まりとなる。引っ越してからはじめての寝袋泊であった。やはり今の環境の狭さを痛感した。寝袋に入っていても、前のところでは寝返りが打てたのだけど、今度のところはほんとに繭の中に入ってしまったみたいで、せいぜい首を動かすくらいしかできない。
いろんなことをきちんと正確に見てきたヒトが、いなくなってしまうのはやはり残念。
教訓:となりのテレビ部屋で寝た方がよい。目覚まし時計を買えば、誰かが来る前に起きて、続きは自分の部屋で寝られる。
_ 昨日、苔生した古株同期および先輩後輩が一同に結集して、「いかにして博士論文を早く提出するか」についての話し合いがおこなわれた。ワタシも同席。書いてないのとおなじくらいできの悪い論文を書いた自覚のある人は、参加資格があるのだ。というのがもちろん本当の理由のひとつだけど、この顔ぶれが結集するというのは、もう20世紀末以来のことだったとも思われて、古い映画を見るような気がした。個人的には、ものすごく懐かしかったからである。
_ 外は雨だ。季節感の感じられる雰囲気がものすごく新鮮。いままで、どんなところにいたのだ?と思う。