_ 朝方、どうなることかと思うくらいに雨が降っていたけど、お昼を過ぎるとぴたりと止んだ。とても涼しくていかにも秋な空気。
夕べは、梨木香歩の『からくり からくさ』を読む。久しぶりに読むと、また別の味わいがある。りかさんという市松人形と、その所有者である蓉子、そして彼女の友人たちをめぐる話。キーワードは「紡ぐ」「織る」。『春になったら莓を摘みに』をどこにしまったか捜索せねば。
エリザベス・ボウエン(あの薔薇を見てよ)の名前を目にしたとき、なにかが引っかかったまま、それが思い出せずに夕べまで、折に触れては記憶を巻き戻していたのだけど、漸くたどり着いた。梨木香歩がイギリスで師事していたというベティ・モーガン・ボーエンという児童文学作家である。この人の本は全然知らない。ベティって、エリザベスだよね…。。。ということはおなじ人なんだろうか。ちょっと調べたのだけど、どうも違うような感じ。ボウエンとボーエンって、スペリングが違ったりするんだろうか。
→全然、違うことがわかった。ボウエン女史は、1899年に生まれて、1973年に亡くなっている。ボーエン女史は、『春になったら…』のウェスト夫人のこと。
_ そんなわけで、夕べはちょっとだけ怖いような感じが部屋の中に漂っている気がしてしまい、電気付けっぱなし、ラジオ付けっぱなしで寝た。ジョアン・ジルベルト特集をやっていたので、すっと寝付く。
_ 調べてみたら、やっぱりOliveは、去年の夏から休刊になっていた。
_ ええーっとあの論文はどこにあったっけ…と書類箱をひっくり返していたら、ほぼまっさらのクウネルの創刊号(vol.4なんですね)を発見してしまった。。噂では、古本市場価格がとても高いらしいので、本を売らないといけない日が来たら売られてしまうかも知れない最右翼だろう。武田百合子特集があったから買ったらしい。…とかうれしげに書いていたら、創刊号かつ価値があるのは、やはりvol.1-3だけみたいだった。ぬかよろこび。
突如思い出したが、「MC Sister」は、廃刊になってしまったらしい。もうDo!Familyの服を着ることはないけれど、クリケット・パンツをはいている人をみたら、反射的に思い出してしまう。ある時、ふと思いついて、駅の売店でOliveを買ってみたら、シスターとは全然、違っていてびっくりした。シスターがプレッピーとかトラッドとしたら、オリーブはそれらの解釈の仕方が180°くらい違う雑誌。おすすめの本とかレコードなんかも、全然違っていたように思う。
私はシスターのコーディネートでさえ、なかなかむつかしいと思っていたから、実生活に役に立つとか立たないとかいうレベルを超えて、違う世界があるんだなということを知ったような気がした。オリーブも、たくさんもっていたのに、ある時、まとめて廃品回収に出してしまった。オリーブは今もあるのかな。隔週刊から月刊誌になったところまでは知っている。この頃、雑誌といえば週刊文春になってしまった。クウネルとともに発見したその他の雑誌は、「エスクアイヤ」と「考える人」。自分の中に、どんなブームが訪れていたのか、今となってはもうわからない。
_ やっと涼しくなってきた。
_ Bonjour tristesse.
_ 夕べはあまりよく眠れず、3時頃までサリー・ヴィッカーズを読んでいた。朝から電話が立て続けになっていた模様だが、眠り続ける。どちらかというとあまり好きではない人たちがなぜか夢に出てきて、朝起きたときからちょっと気分、重し。夢の中でパソコンを使っているなんて初めてのことだ。昨日、学内で多発している研究室の盗難に関して注意があったばかり。よほど、いつも部屋に置きっぱなしにしているThinkPadを持って帰ろうかと思ったのだが、雨が降ったり止んだりだったし、帆布トートーの日だったので、生協の紙袋に格納して、なんでもないような雰囲気を取り繕って置いてきた。机の上に出しっぱなしのvaioは、持って行っても仕方がないくらいの型だけど、メールの中身とか、やっぱりなくなるとまずいなあ。そんなことを気にしていたから、夢に出てきたのかもしれない。ということは、なにかあったかも…と悪い予感がするのを必死で抑える。
_ 暑いー。
_ Kirsty MacCollの事故って、やはり謎めいていたんだな。
_ あらっ!なんと今日は、金曜日だったのか〜。
今日、会議のとき、カレンダーの印刷が間違っていると思っていたんだよねー。しかし、水曜日と木曜日はどこへいったのだろう?まったく解せぬ。というか、曜日の感覚なしに会議に出ていたことに驚き。
フラワーアレンジメント、ほめられる。たまにはほめられないと、張り合いないもんなー。
庄野潤三、読了。悪口とか愚痴とか、一切、書かずに一週間を過ごしてみようかと考えてみる(こういうこと書いた瞬間に嘘くさくなる時点で、無理)。
_ 客員研究員の先生と定例会議で話。私の研究(とやら)が、ちょうど今、カンガルー国が国際研究?チームのメンバーを集めている某課題にぴったりなのでぜひあぷらいせよ、とのお話をいただく。私のだめなところは、(だめな研究をしている)という自覚があるにもかかわらず、どんな研究をしているのかと聞かれると、楽しそうに説明してしまうところだ。そしてまた、ほとんど誰も手をつけていない分野の研究なので、「そりゃあ、なんと!」という印象を与えてしまうわけである。誰だって、自分のやっていることはおもしろいと思っているに決まっているのだから、説明するときはちょっとうきうきしてしまうもん。研究は楽しいと思います。いや、厳密にいえば、私が関心をもっていることはたいへん興味深い事象である(はずである)。しかしながら、対外的な「宣伝技法」がへたくそなので、もうどうしようもないわけだ。論文、書くの、へたくそすぎる。
_ 書き物の合間にハノン。運指がむちゃくちゃいい加減になっていた。
_ ひさびさにFMをかけながら文献整理しているんですが、スネオヘアーって、すごいな。ハナレグミの時みたいにすぐにワン・クリック注文しそうな勢いで調べたら、真心ブラザースのトリビュート盤の中の一曲だった。買いたいが、自分内ピアノブームにより、『のだめカンタービレ』全巻購入したばかりで、若干、迷い中。お年玉で買おうかな♪
_ 早起きして「小僧の神様」再読。この話、好きだなあ。
_ 尾崎翠といえば、ずーっと前に、田中裕子が翠役をしていたNHKの『第七官界彷徨』がものすごく面白かった記憶があった。長じて、ある日、本屋で『定本尾崎翠全集』を発見してすぐに買った。熱心な読者ではない。ただなぜ尾崎翠のことが気になるのかというと、彼女の辞世のことばなのだと思う。作家としては(あるいは女流作家としてでもよい)、生前はかなりつらい年月を過ごした最後に、「このまま死ぬのならむごいものだと涙をながしました」と、翠の妹が話している。軽妙で、洒落た(おしゃれではなく)、しかしその分翳りが見え隠れする文章を書く人だったが、最後のことばはそれでもあまりにも似つかわしくなく思われ、同時にやりたいことをやり残して死ぬことはそれほどまでに辛いことなのだろうなと思ったのかもしれない。
私は森茉莉ふうに、自分の好きな仏蘭西とか西班牙とか葡萄牙とか独逸とか英吉利ふうのがらくたに囲まれて、ぽっくりと死にたいな。そろそろ、どんなふうに死ぬかということも考えながら生きていかないといけないかもしれない。