_ 某日。夜中に起きて原稿を書いていて、ふとテレビをつけたら、「永遠と一日」をやっていた。大好きな映画だ。こどもを売り買いする秘密の場所から少年を救い出した主人公が、国境地帯へ向かうバスの乗り場へ向かう。途中、大きな幹線道路沿いで車を側道に入れて、サンドイッチを買う。サンドイッチは、荷台部分を売り場に改造した真っ白なトラックで売られている。わたしがこどもの頃、家族でよく出かけた大きな公園があった。この公園の駐車場の入り口近くに、ワゴン車の荷台部分を改造したホットドッグを売る店がいくつもあった。ホットドッグという食べ物を見た初めての経験がこの屋台だった。コッペパンを真上から割ったところにカレー味のするキャベツの千切りの炒め物が敷き詰められ、パンとおなじ長さのソーセージが挟み込まれる。からしとケチャップをかけて、はふはふと言いながら食べた。特別、おいしかったわけでもなかったのだが、この映画を初めて観たときも、そのホットドッグのことを思い出した。初めて食べたマクドナルドのハンバーガーとともに、わたしの小さかったときの食べ物の思い出である。マクドナルドのほうは、当時、面白い映画のロードショーがかかると、しばしばわたしと弟を父の妹の家に預けて出かけた両親が、ある時、わたしたち兄弟とイトコたちのために買ってきたものだった。ピクルスの味が初めての経験で、強い印象を残した。めったなことではマクドナルドのハンバーガーを食べることもなくなったが、遠い外国でふとしたときに食べるようなことがあったとき、遠い日の留守番の寂しさとともに、夜遅くにわたしたちを迎えにきた母の紅潮した顔を思い出す。
久しぶりに観た「永遠と一日」は、途中でこどもが目覚めたので中断。夜中の原稿書きもそこで終わった。
_ 某日。査証を受領するため某国在外公館へ。申請の時は、長旅でわたしも疲れていたし、もしかすると過度に反応しすぎてしまったかもしれないと少し反省しつつ向かう。九時半開館のドアに手をかけようとすると内側からドアが開いた。九時三十一分。人が多いのかもと窓口に向かうと、日本人窓口はすでに二人が並んでいる。自然に三人目の位置に並んでぼんやりと待っていた。。直立のまま待つこと20分。。わたしの後にはさらに3人が並んでいる。どういう経緯があったのかはわからないのだが、列の先頭に並んで申請書類を提出していた男性に、不備があった模様。それを例の怒号女史が対処している。男性は50代に見える。ときおり黒板を爪でひっかくような女史の声が聞こえる。過度に反応しすぎたということではなく、自然な反応だったのだと思い直して、持参の文庫本を立ち読みしながらさらに20分待ち、あっさりスムーズに手続きを終えた二番目の男性のあと、必要最小限の会話だけで旅券引換券を提出し、無事に査証が印字された旅券を受け取った。緊張がいっぺんに解ける。しかしもう大学に戻る元気がなくなっていたので、駅前の大型家電屋に向かい、先日届いた新しいデジタルカメラのストラップを物色。二点吊りだよな〜と深く考えず、一眼レフ用のちょっと洒落ているけれど、実際使ったら使いにくいかもねというようなストラップを買ってしまった。これはなんだか知らぬがたまっていたポイントがあったとかで、300円くらいで買えた。ほかにもいろいろと買うべきものはあったのだけど、もうとにかく疲れてしまっていたので、すぐに帰宅。帰宅すると、子どもが熱を出している。39度になっている。機嫌はよいし、ミルクは飲むし、朝、別れたところなのに、わたしの顔を見ると子犬のように猛スピードのはいはいで迫ってきた。小児科の夕診へ連れて行くと、突発性発疹の可能性があるとのこと。今日から3日ほど高熱が続くのに機嫌はよく基本的に元気という様子であれば、おそらく突発性発疹に罹ったのであり、4日目から赤い発疹が出るが、たいしたことはないといわれる。病院の外に出るともう夜。静かな寺内町の裏道を抜けていくと、ふたつの町内会で今夜は地蔵盆をしている。わたしが子どもだったころに、毎夏、地蔵盆をしていたほうの精米所を兼ねた古い集会所は、もう子どもの数が少ないので、参加者はみな大人だった。近所のお地蔵さんが勢ぞろいしているところで、子どもの病気がたいしたことなくて早く治りますようにとお願いして帰路を急いだ。狭い路地の両側に灯篭が並べられていて、一休さんはいつものように目を大きく見開いて、抱っこ紐の高さからその明かりを見やっていた。空には金色の月がかかっていた。
_ 某日。宝塚観劇。花組公演「麗しのサブリナ」が目当てだったのだが、予想外にスパークリングショー「Exciter!!」がたいへん素晴らしかった。たいへん感激。これが宝塚のすごいところで、はまっちゃうんだろうな〜と実感する。とにかくものすごく煌びやかな上、楽曲がしっとりとしつつ、メインテーマは一度聞いたらその日一日中歌ってしまうほど耳に強いインパクトを残すもの。もう一回、観に行きたいくらい。「Exciter!!」は一年前も花組のベルばら外伝公演の際に初演されたものだとかで、そのときも評判がよく、一年も経たないうちに同じ組が再演するという異例ずくめの上演だったそう。いや、これは観てよかったです。ほんとにかっこよかったというか、ステキでした。でもB席だったから当然、乙女のみなさんの個体識別はできませんでした。
_ 某日。査証申請。この某国在外公館には、たいへん有名な個性の強すぎるご婦人が長らく日本人窓口に君臨されていた。数年前、めでたく定年退官され、比較的若い女性が後任となった。この女性は、今にして思えば、そのご婦人の後任だったから素晴らしい人材に思えた節もあったのかもしれない。しかし、気分で八つ当たりをすることもないし、プロフェッショナルな仕事ぶりでもあったから、まったく問題はなかった。子どもが生まれたときも、懇切丁寧に、某国国籍留保書類についてご教示をいただいたりもした。本日、某国在外公館へ行き、書類を提出したところ、いきなり怒号を浴びせかけられた。まさに怒号。なんと窓口の女性が新しい人になっている。「わたしがそろえなおさなければならないような書類の提出の仕方はしないでください」(では窓口にそう書きなはれ!彼女の思うような揃え方について書いといて欲しい)「招聘状・推薦状は人数分提出してください。お子さんの名前が言及されていません」(ちゃんと読んでください、わたしの名前のと並記してありまっせ。家族の人数分書類がいるなんて、どこにも書いてないし!)、「ほんとうにあなたのお子さんかはこちらでは確かめようがありません」(戸籍抄本・謄本を提出せよという文言の記載された書類を持ってこられたけれど、それは一般には配布していない書類だ)。。というやりとりがあり、わたしは久方ぶりに、売られたけんかを買うような感じで、いちいちきちんと反論してしまった。もう少し、言い方というものがあろうに。某国語もできないような人がどういう縁で窓口に立つようになったのかは知らないけれど、こういうひどい人は、最近の某国でももうあまり見かけなくなっている。
むしゃくしゃの気分のまま、保育所関係の書類を出しに役場へ。
_ 夕方、一休さんを保育園に迎えに行くと、先生がその日の出来事を話してくれた。
もうすっかりお座りができるようになった一休さんは、プレイマットの上で他の赤ちゃんたちと一緒に座っていたそうな。と、先生が気がついたときには、一休さんは周りの赤ちゃんたちの髪の毛を、次々と手で引っ張り始めていたという。先生はそのことで、一休さんを叱るようになどとは言わなかったのだけど、わたしは少しショックを受けてしまった。今の一休さんはなんでも自分の手で確認したい時期のようで、わたしの顔のパーツはもとより、一緒に横になっていると髪の毛が気になるし、耳にも触りたいし、今までは母乳を飲むのに一心不乱で注意してみることもなかった胸のあたりなども手で押したり引っ張ったり齧ってみたりと、好奇心を抑えられないようになっている。その調子でよその赤ちゃんたちにも接しているということ。昨日は二回も便が出たことも含めて、先生はそのことを保育園で過ごすことの緊張が次第に解けてきているからだと説明された。でも人のいやがることはしてはいけないわけで、これからはきちんと一休さんに説明していかないといけない。話を大きくするつもりはないけれど、自分の子がいじめられっ子になる可能性はこれから先あるだろうとは思っていたけれど(肌の色を含めた外見の問題や文化や宗教の点で)、いじめっ子になる可能性はトンと考えたこともなかったのである。まだ一休さんがいじめっ子になったわけではないから心配しすぎなのだけど、自分がされていやなことは絶対に人にもしてはいけないよと、小さなときからきちんと教え含めていかないといけない現実に直面したように思っている。昨日までは、予想外の子どもが生まれてうれしいことよ、という平和な空気にとっぷりと浸かっていただけで、子育ての現実的でもっと日常的な側面について、あまり考えていなかったのかもしれなかった。わたしの忙しさにかまけて、一休さんを大人たちの間だけで過ごさせることが多かったけれど、もっと同年代の子どもたちと触れ合うような機会を作ってあげないといけないなと思った。
_ 朝から大学病院へ。紹介状があったので、ほとんど待ち時間なしの予約時間びったしに診察室へ呼ばれる。事前に書いていた問診票と紹介状の内容についての確認があり、両耳の内診。聴力に関しては検査の予約を取ってからとのこと。予約を取る部屋へ向かう。と、予約できる日は来週で、検査結果に関する担当医からの説明は9月末日なのだとか。一旦、検査予約表を持って診察室へ向かい、今度は看護師さんから説明を受ける。曰く、乳児なので脳波を測定して聴力があるかどうかを検査するため、睡眠剤を飲ませるという。人によっては、乳児にそのような薬品を飲ませることを躊躇することもあるとかで、この検査を受けないことにする人もいること、睡眠剤は乳児に投薬しても副作用が少ないことは確認できているが、まったくないわけではないことを聞く。
一休さんは、確かに、中耳炎になってから、もしかして耳がよく聞こえないのかなと思われるようになったのだけど、それ以前にはなんの兆候もなかった。昨日の大学病院での診察でも、両耳の状態はまだよくないということがわかっている。まずは中耳炎が完全に治癒するのを待ってから、難聴かなと思われる兆候がまだあれば、そのときに睡眠剤を飲まなければならない検査を受ければよいかと考えた。もう少し情報収集してからその検査を本当に受けるかどうかを決めようと思っている。
_ 病院の後、近所の高校時代の友人とお昼を一緒に。小さい娘さんも一緒。3歳のお嬢さんはおしゃまさんで、とてもかわいかった。一休さんのことをあかちゃん、あかちゃんと呼びかけてくれて、一休さんもまんざらではないような顔つきで、愛嬌を振りまく。が、ひとたび友人が一休さんを抱き上げようとすると、雷鳴のような声で鳴き叫ぶので困った。食後、間違って、ゲーム機械がある場所を通過。おしゃまさんはどうしても人形をつかむゲームをしたいというので、一回だけという約束で挑戦したところ、あっけなくゲームは終了。今度はおしゃまさんが泣く。「もう一回だけ、もう一回だけ〜」「あかん、あかん、ここは人を破産させるところやで」「もう一回だけ、もう一回だけ〜」「おかあちゃんはもう帰るよ、一人でここに残りなさいね」「え〜なんで〜、親子やんか〜」。最後のセリフを聞いて、大爆笑してしまった。3歳くらいになれば、一休さんもこんなふうに直立二足歩行ができて、「親子やんか〜」などというのだね。。
帰宅後、一休さんはどういうわけかたいへんご機嫌さんで、なかなか昼寝をしてくれなかった。わたしのほうが疲れて、先に寝てしまい、起きたら一休さんがひとりでもくもくと新聞の広告を破いて食べていました。そんなところに広告を放置していたわたしが悪いのですが、一休さんはたいへん満足そうに(きっとおなかいっぱいにたべたんだろうな〜)きゃっきゃとしていました。