_ 終戦記念日。
児童文学と戦争あるいは終戦というと、「だれも知らない小さな国」だ。佐藤さとるのコロボックル物語のシリーズは、小学生だったわたしにとっては、文字通りのバイブルで、なにもかもここから学んだといってもよいくらいだった。戦争が終わって日本は復興期を経て、高度経済成長時代に向かう。コロボックル山もその計画に巻き込まれ、高速道路建設のため、山の中腹を削ってトンネルが掘られようとする。そこでコロボックルたちは「せいたか童子」であるせいたかさんに協力を求める。せいたかさんは、コロボックルたちの力を使うアイディアを出す。山の所有者や村の偉い人たちの夢の中に登場して、夢をコントロールして、計画を変更しなければと思わせるのである。ご先祖さまやいろいろな「山のカミ」の口吻で、脅しをかけるのである。
流行り?の公開中の映画のあらすじを目にするたびに、コロボックルたちの作戦のことを思い出す。この作戦のことを思い出すたびに、終戦後の日本の急成長や開発のことも思い出し、今、あのコロボックル山はどうなっているのかなと思うのである。こびとさんが大好きで大好きで、一人でいるときに、今、さっと後ろを振り返ったら、逃げ遅れたふとっちょのエノキノヒコが見えるかなと思って大きくなった。床下の小人さんも世の中に出てきた今、佐藤さとるのコロボックル物語も再度、脚光を浴びて欲しいと思ったり思わなかったりする。
_ 父方のお墓参りへ。わりと大きなお寺なので、人が山ほど。小さな子どももたくさん来ていた。帰り、人気のないビジネス街でお昼ごはん。わりとおいしい懐かしい味のオムライスを食べた。タイガース百貨店の食料品売り場にも立ち寄る。安いな〜。天然もののハマチのおおきなおおきなサクが600円。その他いろいろついつい買ってしまって帰宅。ハマチは半分をお造りにして、半分を昆布締めにした。キュウリの簡単甘酢サラダも作って、おいしい一日を過ごしました。
_ 名前を呼べども呼べども、まったく聞こえていないような様子のときがあるので、耳鼻科の診察の際に相談したら、中耳炎ごときで耳にそんな障害が出るはずはないけれど、心配だったら大学病院を紹介すると、怒ったように言われる。ちょっと相談しただけだったのに、思いがけず、悪い評判の方の大学病院への紹介状渡され、有無を言わさず曜日も指定されてしまった。こちらの聞き方がわるかったのか、虫の居所が悪かったのかわからないけれど、少々、困惑してしまった。でもそれで不安が取り除けるのであれば、それでよいか。。
_ 韓流ドラマ大会、順調に進行中。いや〜、おもしろいです。龍馬伝みたいに凝った映像美ではないし、登場人物のほとんどがひじょうに類型的な人物造形で、期待を裏切られるようなところはほとんど皆無なのですが、お話がひじょうによく出来ています。そしてなによりも主人公の役の俳優さんが、たいへん好人物。魅力的というのとは少し違うのだけど、とにかく好感度抜群で、なんとしてでも内医院(李氏朝鮮の宮廷医局)のお医者さんにしてあげたいとおもってしまうわけです。この主人公も、そして一方的にかれをライバル視する民間医院の御曹司の若林豪に似た容貌のお坊ちゃんも、たいへんなお母さん思い(マザコンというのが正しいか)である。母とのやり取りなども合わせて、興味深いドラマ。
_ 某申請の推薦文をお願いしていた御大からのコメントが、ほんとにほんとにごもっともなことばかりで、落ち込んでしまったけれど、がんばって書き直して元気を出した。
_ 「Lock, Stock and Two Smoking Barrels」、ガイ・リッチー。「Snatch!」がとても好きなので、これも観た。おもしろい!DVDを買いたいくらい。こういういろいろな伏線が同時に張り巡らされながら進行していく形式は、フロスト警部シリーズにも共通する。イギリス人はこういうややこしいのが好きなのかな。わたしも好きだ。
_ 某原稿、やっと提出。別の某原稿に取りかかる。
_ ところで全然知らなかったんだけど、凸凹大会館が閉館したそうな。辺鄙なところにあるし、施設そのものが老朽化していたけれど、わたしは結構好きだった。ここで缶詰になって原稿を書かされたこともあったし、いろいろな研究会もよく開催された。懐かしい場所のひとつ。とくにレストラン、いつ行っても満席ということはなく、おいてあるメニューもびっくりするくらいにオールド・ファッションだったが、好きだった。個人的にたいへんお世話になった前の総長先生が「好きだ」と新聞紙上でおっしゃったエビフライ、遂に永遠に食べる機会を逸してしまいました。残念。
_ 今朝の朝日新聞のウェブ版の記事で、「初恋についての探索的研究」(山口芸術短大)というのを読む。な〜んかかわいいなあ。夢があるというか、楽しそうな研究だね。紀要に掲載されているというので、ぜひ読んでみたい。小さい子は大きくなったらお菓子屋さんになるとか花屋さんになるとかかわいらしいものになりたがる。わたしは小説家になりたいと思っていたかわいくない子どもで、長じて好きなだけ何でも調べたことを書いていい職業についたが、さっぱりうまく書けなくなってしまっています。人生ってそんなものか。
_ 図書館で借りた『活きる』(原題:活着、余華、角川書店、2002年)。張芸謀が映画化したほうを先に見ていて、とても好きな映画だと思った。それで小説を読んでみようと思ったら、映画はかなり脚色してあることがわかった。しかし大筋の部分、家を破産させた裕福な家の放蕩息子が、中国が大きく変わっていく時代―国共内戦、大躍進、文化大革命―に農民として社会に放り出され、時代の波に流されつつも強くしなやかに生きていくという話。博打で大敗し、広大な土地家屋を賭博屋に借金のかたに取られてしまうが、数年後、土地解放の時代に、この賭博屋が捕えられてしまう。土地を手放したくなかったため、農民を恫喝したのである。その罪により、賭博屋は公開処刑されてしまう。刑場に運ばれる際、賭博屋は主人公を集まった見物人の中に見いだし、「お前の身代りに俺が死ぬんだ」と叫ぶ。主人公は、かわいそうに思いながらも安堵のため息を漏らす。裕福に育ったのに、文句も言わずしっかりとなすべきことをなし、子どもを育てていく妻がいる。家の状況をしっかりと理解し、働き者の孝行な子どもがいる。映画はいかにも映画的に小説のエッセンスを抽出していることがわかったけれど、映画も小説もどちらも好き。
_ いろいろ書類書いたり。
_ 夏祭りの太鼓を遠くに聞きながら、我が家で今、ひそかに進行中の韓流ドラマ大会に参加。「ホ・ジュン」という15世紀くらいの宮廷医のお話。シナリオもとてもよくできていて、毎回、飽きさせない。ちゃんとコミック・リリーフが登場するところも、シリアスなドラマが過度に辛気臭くならなくて、たいへんよろしい。そしてこの主役のホ・ジュンをしている俳優が、たいへん好ましいのである。有名な人ではないと思うんだけど、実にさわやかな好感度の高い人で、せっせとDVDを借りてきては、母とふたりではまっている。彼が医術を修業している医院の大先生には、息子がいる。この息子役の俳優がまた実にバタ臭い顔をしている。若林豪にそっくりなのだ。上背もあり、そのいつも何かに悩んでいるような暗い表情や、どうしても父親を追い越せないでいる現況(優秀な成績だったのに、過去の因縁のせいで、科挙に失敗したばかり)、ただひたむきに人の命を助けるために必死に医術を学ぼうとする主人公とのあまりの鮮やかな対比など、日本のドラマでも観たことのあるような既視感さえ漂うが、面白い。このハンサムなのに、いつも暗い表情の大先生の長男の役名が、ユ・ドジという。ドジでのろまなカメというフレーズがいつも頭の片隅に横断幕を掲げて登場するたびに、いやいやこれは役名なんだといいきかせながら、休日ライフを楽しみました。韓国のドラマの現代ものは、まーったくなにひとつ観たことがないのだが、時代劇は結構、面白いと思います。といっても、チャングムと女人天下くらいしか知らないのだけれど。
_ 保育園の着替え等々に名前の刺繍やらアップリケをしていたら、一日が終わった。着替えの短パンに、はらぺこあおむしの刺繍をして、丸い胴体に名前を刺繍して、自己満足に浸る。青い縁取りの白い鳩のアップリケとか、4本取りフレンチノットをたくさん付けたリンゴの木とか、細部に凝った刺繍をしてひとり悦に入る午後。ところが、ロンパースの左ひざなんて、はいはいによる摩擦を一番受けるところだし、そもそもはいはいのポーズだとまったく見えない部位。襟元の白い鳩なんて、よだれかけ(今日的にはスタイとかビブというそうです)の下に隠れてしまう。夏物の簡単ワンピースを早く作ってあげたい。
_ ナガサキの日だ。