_ 実は故あって久々に大学。しかも誰にも会わないようにと、休日に来ちゃったりなんかしているわけです(笑)。苗字は違うのだけれど名前が同じ人がいて、その人宛ての化粧品やらがなぜかわたしのメールボックスに入っていたりして困った。
_ 書き物とか提出物とかを一挙に整理。電車の中では山田詠美と河野多恵子の対談集を読んだ。わたしはある年齢に達するまでは、同世代の友人たちよりも比較的多くの本を読んでいたかもしれない。しかしある年齢以降は、一挙にペースが落ちた。最新の出版事情はとんと疎く、国内の小説や出版物はもとより、海外の小説になると映画化されたようなものであればやっと本屋などで、ああ、これはなんか聞いたことがあるにゃあ、と思う程度である。あとは前から知っているような作家、ジョン・アーヴィングとかエイミイ・タンとかカズオ・イシグロとか、やはり小説が映画化されたような作家くらいしかわからず、海外で書店を訪れても、なにがなんだかわからなくて、ジャケット買いよろしく表紙の絵や写真や装丁なんかで衝動買いする程度である。昔はたくさん読んでいたといっても、あるひとつの小説について、延々と語られるほど読み込んだ本はそれほど多くない。山田詠美と河野多恵子の対談を読んでいても、感心するのは、「よくもこれだけ深く読み込んでいることよなあ」ということばかりであった。しかし深く読み込むことができるが故に、小説家になられたということなのかもしれない。そんなふうに読みながら、秋も深まった研究室の扉をこっそりと開けて、こそこそと作業をしているのである。
_ 図書館を歩いていて、面白い本を発見。「フランス語・イタリア語・スペイン語が同時に学べる単語集」伊藤太吾、ナツメ社。ものすご〜くマニアックな作りで、一目見てすぐに借りることに決めた。ロマンス語系の言語は同時に比較しながら勉強するのがいいだろうなあということはよくわかっていたのだけど、こんな本があるとは知らなかった。2009年4月に出版されたようだ。高校の音楽の時間に、割と時間を割いてラテン語を勉強したのと、イギリスの児童文学を斜め読みしていると、ラテン語の前置詞の覚え方などがしばしば登場するということもあって(あ、あぶ、あぶすく、、とかいうやつ)、実際にフランス語を勉強し始めた頃は、ああ〜、そういうことだったのか〜、と思うことが時々あった。長じてフランス語から遠ざかってしまったけれど、機会あらばぜひスペイン語は勉強したいと思っていたので、今、坊主めくり的にページを繰っている。来年はスペイン語と中国語をがんばるぞ〜と、有言実行モードでいます(でもたぶん、絶対に、どちらもあかんと思うんですが:笑)。しかしこの本、某熱帯雨林書店の評価はけちょんけちょんである。確かにまったくの初心者が同時に三カ国語を習得しようということはほぼないだろうし、そもそもこの一冊で完璧であるはずもない。雑学辞典的に楽しめばそれでええんとちゃうかな、、と思って読んでいます。
_ 黄砂が舞い散る一日ということで、家で縫い物。フリースの切り落としの布で、子どものマントを手縫い。クリーム色地に落葉樹が二種類とその間を駆け回るリスの図。白ずきんちゃんができた。
_ 生まれたときは3500グラム超という大きさで、みんなそれぞれにどんなに大きくなることかと想像したのだけれど、10ヶ月を迎えた時点での体重は約8500グラム、身長は70センチメートル。標準的な大きさで、それはそれでよいのです。上下合わせて8本の歯で、毎日、なにかをがりがりと囓っては、おとなに叱られ、にやーっと笑う子どもになった。乳児用のおもちゃよりもおとなが使っている日用品が大好きで、日夜、触手を阻む大人の監視と知恵比べを展開している。おとなは悉く、現場を確認したらすぐに瞬発力を発揮させて、それ以上の探索を最小限に抑える日々を過ごしてきたが、息切れ回復が追いつかず、もはや見て見ぬふりをしてしまおうかと思案中。
_ 某国某所に行けば、かならず訪れることにしているいくつかのレストランを巡回。いや、厳密にはレストランと言うよりも、食堂とかそういう感じの場所ばかり。ガイドブックなんどには間違っても載らないような食堂、いや屋台とかそんな感じのお店。その間、子どもは旧友に預けて、細切れの時間の合間を縫って、古い友人に会ったり、楽しい時間もなんとか確保してきた。子どもはそのおかげで、いろいろなひとたちにかわりばんこに抱っこされ、本心ではどう思っていたかはわからないけれど、よその人とも仲良く過ごす子どもになった。ちょっと親に気を遣っているのかなと思われる節もないではないのだけれど。
_ とりあえず、無事に帰国。帰国便への乗り継ぎの国内便が3時間あまり遅延。シティチェックインをしていたので、待ち時間は1時間弱で済んだが、査証有効期限最終日だったこともあり、乗り継ぎ空港へ到着したら日付を超えてしまっていた。もちろんオーバーステイの罰金など払うつもりはないし、それは空港会社が責任を持つものだという姿勢を最初からきちんと示したので、余分な料金など払わなかったが、他の人たちはおとなしく払っていたようだった。おとなしく払わなかったわたしと子どもは、若干、他の人よりも長い時間、出国審査の別室に拘束されたのだけれど、イミグレの係員はちゃんと航空会社の係員を呼んで事情を説明してくれたし、比較的あっさりと手続きを進めてもらえた。しかしすべてが終わったときにはもうとっくの昔にボーディングは開始されており、余裕でラストパッセンジャーになっていた。子どもはその間、ずっと寝ていてくれた。迎えにきてくれた母と一緒に、一息つくため二度目の朝食をゆっくり食べてから帰宅。2ヶ月という時間は長いようでもあり短いようでもあり、いろいろと出来事があった。もうちょっと深く突っ込めたかもしれないこと、もう一歩前に進めたかもしれなかったこと、もう少し我慢してみれば違う展開になったかもしれなかったこと。。いろいろなことがあったけれど、今はもうそれでよかったんじゃないかなと思う。過去を振り返っても仕方がないわけで。前を向いてとりあえず進んでいくしかない。
_ 9月初旬に出国して、某国にて秘密活動に従事しています。今回はとにかく天候不順に悩まされ思うようなスケジュールで行動が取れず、思い切った予定の切り替えを断行したり。全体の予定の真ん中で予定していた大きな予定ふたつのうちのひとつを切り捨てて、もうひとつの予定をこなして今ベースキャンプに戻ってきたところです。4日ほど休憩してまた明日からがんばる予定。かわいそうに一休さんもずっとわたしと一緒に行動してきましたが、とにかく元気でいてくれて助かっています。あせもがたくさんできてしまって、そこを爪で掻いたりしたものだから、少し傷ができてしまいました。日本に帰ったら保育園の先生に虐待だと思われるんじゃないかとひやひやしています。
子どもというか小さいあかちゃんの順応性の高さについて、それが順応性なのかやむなくなのかはわからないけれど、あれほど人見知りが激しかったのに、小さいながらにもわたしが手一杯であることやほかに仕事があることがわかるのか、機嫌よくよその人に面倒をみてもらったすることに慣れたように見えていた。まだ授乳中なので、夫に預けることもできず、ずっと出先に連れていったり、お手伝いさんに預かってもらっていた。ある日、某先生と朝食しながらミーティングをすることがあった。一休さんも連れて行き、遊ばせたり食べさせたりしているのをみて、その先生が、「君に置いていかれる不安をいつも感じているみたいだね」とおっしゃる。わたしの目にはそんなふうに見えることがなかったので、少しばかりショックを受けた。この月齢くらいの子どもならば、母親が一番好きなのは当たり前で、機嫌よくよその人に抱っこされながらも目は母親を追っているのが、そういうふうに見えたらしい。その先生にはお子さんが3人いる。どういうことなのかははっきりわからないけれど、小さいながらにストレスを感じたり、親に気兼ねしたりすることもあるのかもしれない。それ以来、今まで以上に子どもをしっかりと抱き、一緒に遊ぶ時間をたくさんとるように心がけている。
子ども連れだからか、いろいろな場所で子どもに関する話題から話が始まる。日本並みの一時保育が整備されるようになったこと、ちょっとした公共の場所にはまがりなりにも授乳スペースが設けられていることなどを教えられた。この国の基本はきっと変わっていないのだけれど、基礎の上に重ねられてきた層が、最近は日本や欧米のものとおなじような内容のものになりつつあるようにもみえた。今まで以上に多角的な視点から某国にかかわることができるようになればよいのだけれど。
_ pyonpyon21 [おかえりなさいまし!まずは旅の疲れをとってください。]
_ ね [pyonpyon21さん、ただいま。ありがとうございます。 日本はお天気もよく、のんびりとゆっくりと過ごしています。..]