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  1. ね (05-12)
  2. ニゲラ嬢 (05-11)
  3. ね (05-09)
lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

15-05-2011 / Sunday [長年日記]

_ 朝早い時間から、乳母車でまた長い散歩に出た。川縁の道を進んで、二股にわかれるところで右側へ。初めての道ばかりを選んだ。やがて小さな公園へ。高い樹木の木陰にほのかに甘い花の香りがする。今日もQPさんに摘んだ野花をもたせてたら、終始ご機嫌で鼻歌を歌っていた。木陰のベンチで水筒のお茶を飲み、ふたりで話など。一方通行の話だけど、ときどき同時にふたりとも笑ったりして、仲良しごっこみたいだった。それからたっぷりと時間をかけて遠回りしながら知らない道を歩いた。運動公園みたいなところでは、四隅をそれぞれホームベースにして、キックベースが四試合、同時進行していた。乳母車からQPさんを下ろして抱きかかえて、一緒にしばらく観戦。今時のキックベースのユニフォームのおしゃれさにちょっとどっきり。小さな無人店舗で少し育ちすぎた感じのシソ。たっぷりと入って100円だった。3時間ほど歩いて家に帰って、素麺を茹でた。たっぷりのシソを刻んで、残っていたネギも合わせて、QPさんには薄焼き卵を加えて、納豆をふたりで半分こ。おつゆはあたたかく作って、一旦、麺をそこに浸してから、お皿に取り出して丸くまとめ、子どもに食べさせた。トマトも切って、ふたりで向かい合って食べた。相変わらず、豪快な食べっぷりのQPさん。食後は風呂場へ直行して、湯浴み。子どもは喜んで、いつまでも桶からお湯を掬っては、アヒルのおもちゃにかけていた。

_ tDiaryのメンテナンスがあって、しばらくアクセスできなかったのだけど、接続できるようになったら、ちょっとフォントが変わっていた。どうしちゃったんでしょう。まあ、いいんだけども。


13-05-2011 / Friday [長年日記]

_ 午前中、今日は乳母車に子どもを乗せて、旧街道を歩いた。古い板壁の家の周りに張り巡らされた用水路の水が、先週とは違って、薄茶色に濁っていて、水量が増えている。古い日本家屋のゴミ箱の蓋の上にまた黄色いねこが座っていた。公園の背の高い林の中は、とても気持ちのよい風が吹いていた。なんちゃって森林浴をして、またお寺のそばを通ってから一旦帰宅。引き出しやら鞄の底に沈んでいる小銭をかき集めてから買い物へ。ごはんを食べてから、最近のパターンでは、子どもをお風呂場の桶で水遊びさせることになっている。お湯を張って、QPさんの体を洗いながら、ふたりで話す。互いに、相手が何を話しているのかさっぱり理解していないことがポイント。QPさんは今朝、乳母車で移動中は、ずっと鼻歌を歌っていた。もちろん聞いたことのない歌である。道端の白いタンポポを摘んで持たせていたので、すれ違う人のうち年配の方々が、目を細めるのをうれしく思った。あるおじいさんは、まだ10メートル以上も離れているところから、わー、こりゃこりゃと言った。で、すれ違いそうになったときに立ち止まって、「これくらいの時がいちばんよろしいなあ−」と。ハローワークの人や、名前も知らない街中の人びととの会話が、胸の涸れ井戸を潤すような甘露に思われる。

_ 先輩と元同僚からの返事はまだ開封できず、まったくなにやってんだかと、さすがに頭がいたくなってきた。で、明け方変な夢をみた。別の先輩(女子)が赤ん坊を抱いている。その赤ん坊は実は恩師の子どもであるというもの。。その意味するところは、なにかとてもよいことがその先輩の身に起きたということらしい。恩師が登場していることは、その先輩のこととは関係なく、むしろわたしが不義理していることを潜在的にやはり後ろめたく思っていることと関係するらしい。わたし以外の人の身にはいつも素晴らしいことがあり、わたしはいつも悪運にだけ見舞われているような気がするのだが、それは取りも直さず、努力の量の差なのだと思う。それに尽きる。


11-05-2011 / Wednesday [長年日記]

_ 子どもの前髪を切りすぎて、えらいことになったと思っていたのだけど、予想外に評判がよく、申し訳ないと思っていた気持ちも晴れた。一時預かりの先生曰く、昨今は小さい頃から長髪にする子どもも多く、毛先が目に入って角膜が傷ついたり、感染症にもかかりやすくなりがちなのだとか。QPさん(今日から、子どもはQPさんと呼ぶことにしました;とても似ている)の切りすぎた前髪と、ワカメちゃんカットの襟足は昭和風で、よいらしい。もともと顔が小さいので、顔の面積を大きくしたところで弊害もないようである。本人も、鏡を見てもなんとも文句を言わないので、気に入っているのだと思う(のか?)。

人生相談の手紙が一通、某国語に訳した詩の校正が一通、珍しく私的な郵便が届いた。わたしからは、先日煮詰まったあまり助けてメールを出した先輩にまたしてもあほ丸出しのトンデモメールを書いてしまって、すぐに届いた返信を読む勇気がない状態。もう一通、あまり親しくない人にも煮詰まりすぎておばかメールを書いてしまって、これも今朝届いた返信を読む勇気がないのである。SOSに反応してくれた人からのメールを読む勇気がないって、つまりは自意識過剰なのか短絡的な行動を恥じているのかどちらかかあるいはその両方で、まったくもういくつになっても塗る薬は見つからない。そんなわけで、昨日は誕生日だった。あほは死ぬまで治らない。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ ニゲラ嬢 [メールがもとで友人を失ったこともある私…お返事があるなんて、それだけでもうエブリシンオーライです。お誕生日おめでとう..]

_  [ニゲラ嬢さん、ありがとうございます。 メールボックスに入ったままの未開封のメールが二通、不気味なオーラを放っています..]


09-05-2011 / Monday [長年日記]

_ 子どもが夜中に咳をするようになった。咳き込むというよりは、二回くらい咳をしたあとに、ひっくひっくと息を飲み込むような感じで、痰は絡まない。30分くらいそんな感じで、ミルクを飲ませたりお茶を飲ませたりすると、寝付いてしまった。中耳炎もあるので、翌朝、すぐにかかりつけの病院へ。先生に説明すると、今、この地域の保育園児の間で流行の兆候を示しつつある仮性クループに罹っている可能性があるという。ケンケンと、犬が吠えるような咳をしますかと聞かれた。犬が吠えるような咳??犬を飼っていないし、犬がケンケンと吠えるという表現がさっぱりとわからなくて、犬はどんなときにケンケンと吠えるのですかととんちんかんに尋ねたりしてしまった。先生は苦笑して、たぶん、大丈夫と思うが、抗生物質を4日ほど飲んでみて、来週また来てくださいと言うことになった。続いて耳鼻科で中耳炎のチェック。帰宅してインターネットで調べてみると、ケンケンとした咳のことは、犬吠様咳(けんばいようせき)というのだと書いてある。犬を飼っていて、犬はワンワンと吠えるだけでなく、ケンケンとも吠えることを知っている人は、きっとただちに合点がいくのだろうが、わたしにはさっぱりと理解ができず、「犬みたいには咳をしませんが、喉のつかえを絞り出すように咳をします」と答えたら、咳は普通そんな感じですといわれた。日本以外の外国だったら、なんてよばれているんでしょうか。バウワウ・コフとでもいうのだろうか。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ pyonpyon21 [先日のお怪我のことといい、今回の咳のことといい、さぞやご心配でしょう。どうぞお大事になさってください。   ところで..]

_  [pyonpyon21さん、子どものこと、ご心配くださってありがとうございます。おかげさまで、病院でもらった薬と咳止め..]


08-05-2011 / Sunday [長年日記]

_ どうにも煮詰まってしまって、でも日本語で話したかったので、先輩に電話をかけてしまった。こんな中学生みたいなことで、こどもがふたりいる人に電話なんてしてはいけないと思っていたのだけど、「そういうふうにいってもらいたかった」ことばずばりで、慰めてもらった。そのことばがおとなの付き合いから出されたものであることは重々承知…なんて、かわいくないことは思ったりすまい。なにをあほなことをゆうてんねん、などと弾き飛ばさずに、きちんと話を聞いてくれた度量の大きさに、感謝した。もう煮詰まって煮詰まって、頭が高野豆腐みたいになっていた。今もまだ決して落ち着いてはいないけれど、ほんとうにどうしようもなくなったら、まだ少なくとも一人は、話を聞いてくれる人がいるのだから。そう思って、がんばることにしよう。一度、どこかで思いっきり、泣いてみたい。そしたらすっきり晴れるんじゃないかと、そのことだけを考えて乗り切るしかない。


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