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lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

31-05-2006 / Wednesday [長年日記]

_ 紛争とか災害ということばが社会科学と自然科学を結ぶ領域で、注目されるようになってから久しい。情報ということばを足してもよいかもしれない。自分のもっとも苦手なことば群である。当然ながら、被害に遭っている人たちのことに関心を持てないとか、そんなのどうだってよいとか、そういう次元で感じているのではない。その周辺で蠢くもの全般に対して、違和感を覚えているのである。なぜそのような感覚を持つのか、うまく言語化できなくてもどかしい。某所の人から、地震関連のサイトを作ったからわたしの管理しているMLなどでも流して欲しいという連絡が来た。サイトに目を通してみて、その内容に対して、わたしにしてはめずらしく批判のコメントを書き送ってしまったところ。お金だけが人を救うと思っているのかとか、情報だけを収集して、一体どうするねん?という疑問を持たれかねないお粗末な内容だとか、ただの素人みたいな怒りを覚えてしまったのだった。なんでもかんでも情報という名の下に、かき集めて公開して、サイトを作って、それでいいのかいな。などと、違和感覚えまくりのサイトであった。こういう活動にどんな意味があるのか、さっぱりそれが見えなくて、いやだったのかなあ。紛争・災害・暴力・情報ということばを取り扱っている人ほど、これらについてなにも経験したことがないものだというのが、わたしの率直な感想(というか、包み隠さぬ偏見)。なんで、ボランティアを組織して引率します、くらいな発想が出てこないのか、不思議(いや、だからといって、ボランティア活動がすべてを救うとも思わないし。あー、なんというのか、もどかしい)。

_ おかげで昨日の夢は、カントさんと一緒に列車で旅する夢。といっても、「押し絵と旅する男」ふうに、カントさんは純粋理性批判を風呂敷に包んでいて、背中をまっすぐにして座っている。私は通路を挟んでこちら側に座っていて荷物もなく身軽なのだが、そんな本を持って旅する人の横に座らされたものだから、苦しくて仕方がないという内容。JRに乗りたくない理由のもうひとつは、複々線だからというのもある。追い越されるときとか、追い越していくときとか、ぶつからないかとものすごく不安になるのだ。そういうわけで、東京でも地下鉄に乗るのはたいへん怖いのだが、地上を走る電車に乗るのにも、いつも恐怖を覚えている。そんな状況で微動だにせず、本を読んでいたひとの存在が、畏怖すべきなにかのような気がしたのかなと、後付的に思っている。

そういうわけで、ものすごく調子が悪い。熱とかなにもないのに。


30-05-2006 / Tuesday [長年日記]

_ 『砂の器』。武田百合子の「日日雑記」に、リバイバル映画館でこの映画を観たときの記述がある。中座して手洗いに立った武田百合子は、映画館の売店のおじさんに、「おねえさん、早く席に戻りなさい。もう丹波哲郎のセリフが始まるところだよ、いいところだよ云々」と言われたとのこと。これを読んで以来、ずっとこの映画をいつか観ようと思ってきて、ようやく夕方、観た。加藤剛がギリシア彫刻みたいにみえる。加藤嘉と子役の少年の映画だなあ。

_ 早速、あちらこちらで募金活動が始まっている。今回、わたしはむしろ、自分の体を持って行きたいなと思った。すでに募金はしたけれど、もしもっと他にできることがあるならば、実際に現場に関わる仕事をしたいと思った。夏まで非常勤があるから実際にはでられないが、おそらく、その頃になっても、復興に向けての活動は、まだまだ緒に就いたばかりのことと思う。いつになく、人を救うのは人しかいないという気持ちになっているからなのかもしれない。募金については、いろいろ思うところがある。赤十字やユニセフに渡してしまうと、人件費やロジスティックな支出にかなりが流れてしまうことになるという意見を見ることがある。おそらく正しいのだとは思う。でもかならずしも、それが悪いこととも思えないようにも思う。ボランティアや救援活動は、ある程度はプロフェッショナルの仕事の部分が大きいと思うから。そしておなじように、地元なりもっと小さなNGOもまた残りのかなりの部分を負う。そういう体制で、役割分担がうまく機能すればよいなと思うのだが。

_ 早めに寝て、真夜中に起きて仕上げ。講義が終わったら、もう一歩も歩けないくらいに、疲労していて、落ち込む。あほではなかろうか。

_ 全体的に食欲なし。むくんでいる。何を食べても塩味がすることと、なにか関係あるのかしらん。

_ 国鉄に乗っていると、ものすごく酔う。揺れすぎる。Critique de la raison pure を読んでいる仏語圏風の男性は、どんなに揺れても何もつかまずにページを繰っていた。哲学の人はものに動じないのか。それを見ていて、ますます、酔ってしまった。


29-05-2006 / Monday [長年日記]

_ 米原万里さん、亡くなられたのか。。文春の書評で取り上げる本が、病気と戦っていることをきちんと告げているものばかりだったから、どこかで覚悟はしていたところがあったけど、あまりにも早すぎた。無念。すごく好きだった。テンポのある文章と、毒舌というのか、毒視線というのか、意地悪に見えるのだけど、いろいろなものごとの本質をかならず的確に射ながら、ありとあらゆる角度から分析しているところが好きだった。ご冥福をお祈りするなんて言いたくないのだけど、今頃、フルシチョフなんかに会ったりしている頃かな、チェホフとかドストエフスキとか、エカテリーナさんなんかにあったり、ほんとにニコライ2世一家はもうみんな亡くなっていたのかどうかとか、そんなことを調べていてくれたらいいなあと思う。

_ 例によって今日もしゃべりすぎた。いいたいことの3分の1程度をしゃべることを目指したほうがよさそう。


28-05-2006 / Sunday [長年日記]

_ 会議のあと、同級生たちと某おでん屋。久々に女一人だったが、下ねた系でもりあがる。が、女子大で教えている友達は、立場もあってか「そんなこといっちゃだめだよ」と常に他者を制す。壁に耳あり状況を回避していたのか。下ねた系といっても、わたしがいるからだと思うけれど、男だけの時にしているような話題にさしかかると誰かがかならず意図的に話題をそらしていたのがおもしろかった。もうそんなことでお互い、動揺するような年でもないのだが。むしろ学問状況的に、もっと知っておきたかった。あとはまた宗教談義。宗教研究をしている人ほど、煩悩が多いとかそういう話になる。そのとおり。

おでん、昔はおいしいと思っていたのだけど、塩味がすごいことになっているな。世の中の味付けが、だんだんと減塩傾向になっていたと思っていたのは間違いなのか。このごろ、何を食べても「塩辛い」と思うことが多くなった。これなんだろ?

非常勤の準備をする気に全然なれない。教養科目の範囲で話すべきことだけ話すようにという、へんなお達しがあるのだ。基本的に無視しているのだが(ネガマジメナノデ)、中途半端に縛られているからだと自己分析。完全自転車操業中で、こんなことでは許されないと思うのだけど、昨日の友達からの話を聞いたことが、なんとなく自分の中では言い訳になりつつある。わたしは他の非常勤の先生たちとほとんど接点がないので知らなかったけれど、某大学における学生による過酷な授業評価の是非とか意義とか、結構、問題にされているそうだ。アメリカではすでに、学生による講義評価はほとんどしていないらしい。なぜならば、学生にとって単位を取りやすく、出席等を厳しく取らない講義ほど、評価点が高く、対極に位置する講義ほど評価点が低いことがはっきりとしたからなのだとか。考えたらしごく当然に聞こえる。もっとも、わたしの場合、内容的に改善すべき点が高いから、学生の評価が低くても当然とは思うのだが、それでも何パーセントかの人は、ものすごく好意的なコメントを書いてくれたりする。これがよくわかないのだが、励まされることであり、ありがたいなと思う。でも準備はいつもぎりぎり。だめ。

インドネシアでの地震。神戸の時や、スマトラ沖の時とおなじく、一刻ごとに、亡くなった方の人数が増えていく。火山も活動しているし、二次災害とか対応できているのか心配。BBCで見る限り、被害者数や世帯数などはまだまだ大きくなりそう。被害状況の見極めが早くできればよいのだが(被害の程度がこれ以上大きくなければよいのだが)、バリ島に次ぐ観光都市だけに、「復興」ということばには、災害に遭われた方々の生活再生と観光資源、観光環境の再整備が含まれてくる。タイのプーケットなどでも未だに相当にダメージが大きいとも聞く。テロ事件後、バリ島への観光客の減少が食い止められないばかりか、日本からの直行便まで廃線になるとも聞いている。本当の「復興」が実現するためにも、諸外国の関心が失われないためにはどうすればよいのか、スマトラ沖地震でどんな教訓が得られたのか、とても知りたい。復興というのは、お金とインフラ再整備が完了しただけでは、ほとんど意味がないこともあるのだから。観光が文化なのか、現象なのか、最近考えることがおおい。このことはそのまま、他人に対する関心の持ちようにつながるような気がするからかもしれない。


27-05-2006 / Saturday [長年日記]

_ やっとこさほんとに問題解決された。青臭い正義感を出してよかった。社会的に抹殺され、学問的にも緋文字を刻みつけられて当然かもしれないと最悪を予想したのだけど、意外な方面から支持があって、優等生的おばかな主張がちゃんと認められた。ようやくほっとする。友情は失ったかもしれないけれど、それは私の方で失ったと思わなければよいことだ。

人をスポイルしてしまうのも人、人を救うのも人やなあと思った。妙な達成感で、朝まで眠れなかった。なので、今から寝ます。仕事熱心な検事が、悪徳弁護士を相手の勝負に勝ったときって、こんな感じなのかなとか。なぜか、弁護士に対してよいイメージが持てない。官僚好きなのだろうか。とか馬鹿なことを一晩中考えていた。

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_ ぜぶら [よくわからないけど、とにかく良かったです。 地球はちゃんと回っているんだね。 淘汰されていく友情もあるでしょう。 ..]


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