_ キャベツとお肉とタマネギを無水鍋でさっと炊き、少々水を足し、塩こしょうで味をつけて、バターを少し、最後に牛乳を少し。熱々のおいしいのを玄米ごはんとひじきと一緒に食べた。日本だと、どんな食材も無茶をしなければ、普通に安い値段で、しかもよい質のものが手に入る。すごいことです。
_ いろいろと準備とかしないといけないのだけど、雨が止むのを待つ間に買った推理小説が面白くて、家に帰ってきてからも読み続ける。雨を止むのを待ちながら昼寝。
_ 母とその姉妹たちとランチ・ブッフェへ。
_ 堀江敏幸。この人の散文がすばらしい。山田稔以来、夢中になって全出版物を集めそうな勢い。『バン・マリーへの手紙』が秀逸。絶品。こういう本とめぐり合うために、数多の一歩及ばず本の海を長距離遠泳してきたのかと思う。しかしこの人の本、結構読んでいるはずなのだけど、今更ながらにしてそんなこと思ったりしているわけである。
_ 図書館で借りた本を電車で読むのだが、しばしば笑いを堪えるのに、地獄の思いをすることがある。最初はのどのいがらっぽさを払うまねをしたりしてごまかそうとするのだが、そのようなことで追い払えるような笑いではないため、時には電車を降りてしまうこともある。各駅停車しか止まらないような駅で降りてしまった日には、待ち時間の間にすっかりと冷静に戻って、ようやくやってきた電車に乗り込んだとたん、条件反射的に、途中下車の元凶となった本を開いて、また笑いを堪えるのに地獄の思いをすることを繰り返したりして、自分であきれてしまう。だめですね。
_ 人が多いところへ出かけると、たちまち気分が悪くなるので、ことしは祇園祭はまったく見ていない。10日の午後、みなさんが八坂神社へ行列していくお迎えの行事だけ、偶然に居合わせたので見た。
暑いのでこのごろは朝5時半に起きて、新聞を読みながら朝ごはんをさっと食べて、軽くシャワーを浴び、身支度して出発。夜、帰宅したら即座にご飯を食べて、即座にお風呂に入って、即座に寝る。健康的なはずなのだが、あまり疲れが取れていないのは、扇風機をかけっぱなしで寝てしまうからか。
_ 先週読了したのは、『霧ふかき宇治の恋−新源氏物語』(田辺聖子、新潮文庫)。源氏物語の宇治十帖の現代語訳。光源氏と明石宮の娘である明石中宮の息子匂宮と、結果的には現存する光源氏の政治的には二番目の正室の位置についてしまった女三宮との間に生まれた源氏の次男薫が登場する話。薫は、実は源氏の実の息子ではない。女三宮と彼女に懸想していた柏木の間にできた子である。柏木は源氏の一番目の正室で亡き葵の上の実兄の息子。薫と匂宮の関係が面白い。このふたりは、宇治で隠遁めいた暮らしを送っている桐壺帝八宮(政治的に失脚、京の自邸が火事になったりで宇治へ越してきた)の長女大君と次女中君を我が物にせんとして、いろいろがんばる。そのいろいろがんばる姿が、昨今流行の草食系男子やら肉食系男子やらの対比そのままのように思われて、たいへん面白かった。
薫くんは、超生真面目な青年貴族である。あまりにも真面目すぎて、意中の大君とは結果的には超プラトニックな関係から先に進めなかった人である。がんばってある夜、大君の御簾の中に進入するも、自分よりは妹と薫を組み合わせたい姉のちょっとした策略にひっかかり、中君とひとつ寝床の中にいるという状況に陥った。ところが、薫くんは美女と一晩同衾していながら、その姉に貞操を誓い(心の中で)、なにも怪しいことをせずに朝を迎えて、ではこれにて失礼と帰っていってしまうような人である。
他方、匂宮くんは超強引。というか、薫くんとの対比でそう見えてしまう側面があってかわいそうなのだが、少々、強引な普通の男子である。欲望のあるがままに、自分の宮中での社会的政治的地位も忘れ、恋する人にまっしぐらなタイプ。薫くんは、歌を詠めばロマンティックというよりは自分の真剣さをわかってくださいよ、と懇願するような感じだし、しかし押し付けがましいのは相手に迷惑だろう、などと思ってしまうタイプ。いつもどこか憂いを帯びた人生観にとらわれており、いつかきっと仏門に入ろうと、まだ若いのに信心深く、護摩を焚いたりするのに勤しむことも多い。
だから草食系というわけでもないのだけど、そのように分類される人々は、いつの時代にもきっといたのだろうなと思ったりした。如月さんは、とてもよくシカに似ている。お肉よりも野菜とか魚が好きだし、甘いものに目がない(シカは塩気のほうが好きかな)。大きくなったバンビのような感じの人で、いつもふわふわと歩いている。わたしの話を否定することはほとんどなく、「なるほど、ふむふむ、だいじょうぶだよ、気にしないで」という単語を、ときどきわたしの一方的なおしゃべりにリズム感よく挟み込む。それ以外は、目をきらきらとさせながら、じっと話を聞いているタイプ。しかし、趣味の活動の話になると俄然活力が湧き出てきて、滔々と話し出す。趣味の活動の会合などでも、いつも書記長をしていたりする。その土地の風土に適合するような草食系の人々は、いつの時代のどこの場所にもきっといるのであろう。
_ 日本の産婦人科、とくに産科がなかなかたいへんなことになっているというのを聞いたのは、伯母からだった。2年前にいとこが、わたしなどよりもはるかに超高齢出産した経験から出たことばである。曰く、都心部でも産科の先生がたいへん少なくなっているため、予約を取るのがたいへんだということ。出産難民ということばもまた、昨今はしばしば耳にする。
家から歩いていける総合病院の産婦人科で検診を受けたいと思った。さまざまな種類の熱帯病の既往歴があるのと、高齢出産になるわけで、いざというというときにあちらこちらにたらい回しされない環境がよいと思ったからだ。てくてくと出かけたところ、昨今は総合病院ではいきなり診察してもらえないということがわかった。総合病院に患者が集中するのを防ぐため?なのか、まずは登録医診療所からの紹介状がないとだめらしい。一旦、指定された個人診療所ないしは病院で初診を受け、しかるべきのちに紹介状を書いてもらってから初めて総合病院へ来てくださいとのこと。ただし、抜け道がふたつある。ひとつは、毎回、決められた加算料金を支払うことを厭わないで、「ここで掛からせてください」とお願いすること。もうひとつは、救急車で運ばれてくること、あるいは急患で駆け込むこと。
実は、この総合病院に決める前に、いくつか近所の産婦人科を調べたのだが、なんと産科はもうやめました、というところがたくさんあった。ホームページなどを作っている有名産婦人科は、これはこれでまた予約が取りにくかったり、わたしのようにまだ日本で生むか外国で生むか考え中という人はあまり歓迎されないという話もきいた。
某国で食中毒にかかり七転八倒しながら、この地域では最大の病院に駆け込んだときのこと。「うちは交通事故以外は、ERの受付はしておりません」といわれ、38度の熱を出しながら、受付と大喧嘩した過去をもつわたしは、もう日本の病院のこういう対応に別に驚きもせず、加算料金払いますから、予約を入れてくださいとお願いした。すると、産婦人科は7月31日まで予約でいっぱいとな。
とりあえず、予約はいれた。妊娠は病気ではないとはいえ、これだけの先進国(としておきましょう)で、今、病院に掛かるのも一苦労というのはどいうことなのだろうかと考える。受付の人は、「調子が悪くなったら、いつでも『急患』で来てくださいね」と言う。急患であれば、なんとか押し込んで、診察を受けることができるということなのだろう。
産婦人科医はたいへん激務であり、医療過誤などがあれば訴訟問題となるリスクが高いため、なり手が減少しているとのこと。
お医者さんや看護師さんたちの労働環境の改善、妊娠中の女性とその家族をめぐるさまざまな環境の向上など、複合的に存在するいろいろな問題を吟味していくと、日本で生むより某国で生むほうが安全なのかなと考え始めている。一方で、「ひよこクラブ」とか「たまごクラブ」とかの雑誌を眺めてみると、出産ビジネス業界の躍進振りもまた顕著である模様。なんだかほんとにいろいろ、いろいろなんだなーと思うこの頃です。