_ 御大を表敬訪問のため、某所へ。とにかく今日はお天気がよくて暑かったです。途中でぐったりとしてしまった。2時間ほど会談。途中で同僚とも合流。で、帰ってきた。
誰それさんが就職したとかそういう話を延々と聞いていると、最初は別になにも同様しないけれど、明らかに妙な操作があったという話が出てき始めると、さすがにむっとする。そういうことがあったということは、生涯、口にしてはいけないような気がする。学位取っても何をしても、就職できない人はできないのだということはもう重々承知しているんだから、あえて口にしてくれるなということ。というわけで、お天気はよいですが、久々にいやーな気持ちで一杯になってしまった一日だった。
_ 日曜日。タイツとか冬用小物を買いに地元の繁華街へ。途中、冷たい雨が降ってきたりする。疲れたので、私が高校生だった頃からずっとあるカフェ・レストランへ。奥の席はパティオ風になっており、お天気がよければとても気持ちのよい空間。今日は、店の中ほどの二人掛けテーブルで、久しぶりに日本のケーキを食べた。
月曜日。午前中、病院へ。さっそく、どちらで出産するかの答えを迫られるが、まだあと2週間猶予が出た。ミジンコさんは1.2キログラムに成長しています、などといわれるが、帰国直前に某国の病院で検診を受けたときは、1.34キログラムです、といわれていた。やせちゃったのかな?午後からは出張終了の捺印と書類を提出するために大学へ。ところが間違って、裏帳簿のほうを提出してしまう。ボケている。別に不正をしているわけではなくて、使ったお金の合計には変わりなく、表帳簿の元となるはずの計算式を書いた方を提出してしまったという話。それでも別にかわらんのです。大きな大きな虹が午後の間ずっと、東北の方角に見えていた。大きかったなあ。帰りに少し寄り道をして寺町のエスニック屋でワンピース。マタニティ服は、ズボン一着と短いワンピースというのかチュニックを二枚、今回の出張前に買っていただけ。あとは全部、手持ちの服を着ている。さすがに産後も着られるようなワンピースくらい買っておこうかと思い、かわいい(と思われるも)のを買った。
火曜日。そのワンピースを着て、散歩。気が付いたら5キロくらい歩いていた。疲れはしなかった。近所の神社で七五三の家族をみたり、途中の手作りドーナツの喫茶店で休憩したり。のんびりいろいろめぐりめぐって、帰ってきた。
水曜日。ほんとうは、近所のプールのマタニティクラスにいくつもりだったのだけど、水泳帽とゴーグルがなかったので、パスして大学へ。ところが実は病院の母親学級の日であったことを、今朝になって気がついた。むう。。。
木曜日。朝4時半にミジンコさんに起こされる。なので、新聞読みながら、早目の朝ごはんを食べたりしていたら、突然、とても眠くなった。まだ敷きっぱなしだったお布団でほんの5分と思って横になったら、もう午前11時。その間、先生からも電話があったりした模様。あわてて身支度調えて、大学。先生はもういなかったのでありました。
とくにぼんやりしているわけではないのだけど、妊娠してから一番、変わったなと自分で思う点は、あせらなくなったことかもしれない。もちろん以前からマイペース人間ではあるが、それなりに焦ったり、あわてたりすることも多かった。それが今は、多少、なにかを忘れたり、なにかに焦ったりしても、まあべつにかめへんわー、と思うようになった。よいこと、なのかな。
夫からの電話、一人で置いてきた夫はやはりさびしいようで、ちょっとかわいそう。このような自分の状況から推察することでもあるのだが、母親と子どもの関係というのは、父親のそれに比べて、あらかじめ10カ月分プラス先行なのですね。そのことをこの頃よく考える。ウサギとカメというのか、なんというのか。電話越しに、夫がミジンコさんに話しかけるも、いつものようにおなかに口をつけて何事かを話しかけるのとは違い、ミジンコさんもとくに父親の声に応えるということもなかった。少し、かわいそうなおとっちゃんであった。
_ 某国最後の日、朝4時に起きて身支度調えて、冷蔵庫の残りを片づけるように朝ごはん。今回は無事に遅れることなく空港へ。チェックインも順調。予定通り、新著の受け取りのために、某旧友とも待ち合わせることができた。ボーディングのアナウンスを聞いてから、出国手続きをして搭乗。まったくスケジュールドで、ほとんど2分程度の遅れで離陸、河童国到着もまったく問題なし。荷物クレームも階段を下りた途端、自分のスーツケースが回ってくるのが見えて、すぐにピックアップ。なにもかもすべて順調のままに、関空到着。が、この日、実家はお風呂の工事をしていたのであった。トイレも使えないかもしれないということで、わたしは午後5時ごろまで関空で時間を潰すことになっていた。いやー、これが長かったこと、長かったこと。。とにかく、ひたすらベンチに座ったり歩きまわったり。途中、お昼を食べたりおやつを食べたり、新しく国内線出発階にできていた蔦屋で本をほとんど全部手にとっては棚に戻すとかそういう作業を続けて、時間を潰した。で、ようやっとバスに乗って、帰宅。顔を洗って歯を磨いて、すぐに寝ました。疲れた。
ミジンコさんは、今回の道中、とにかく飛行機の中で、よく運動をしていた。乗り物が好きなのか、怖いのか、飛行機の中ではわたしがほとんど眠れないくらいによく動きまわっていた。元気なことはよいことなので、おっかさんもどんなに蹴られてもじっとがまんしていました。
_ 昨日の夕方、プールから戻ってから最後の挨拶のため山のふもとの村へ。夕方ということもあって、子供や大人たちものんびりとしていた。屋台で紅茶を飲みながら、ずっと話をしていると、会いたかった人がやってきた。最後の挨拶をして5時半ごろ辞す。そのまま夫の実家へ。小一時間かけてゆっくりと帰ったものだから、すっかりと体が強張ってしまって、途中で夕食を食べたものの、もう家にたどり着いたら、自分で着替えもできないくらいに疲れてしまっていた。すぐに寝る。12時間くらい寝て、朝、起きたら、なんと明日、安産祈願の儀礼をするといわゆる義理の母がいう。え。そんなの聞いてないし、そもそも最初から月末には帰国すると話してあったのに。牛小屋で歯磨きしながらどうしてこんなことになるのか、どう説明すべきかと思案していたところ(夫はなにやら役場に呼び出されていなくなっていた)、いわゆる義理の父がやってきて、明日の飛行機は何時だと聞く。朝7時の国際線だから5時にはもう空港にいる、などと話す。憮然とした表情で立ち去るのを眺めつつ。昨日生まれた子牛を眺めつつ、歯磨き終えて家に戻ると、近所の人がもうぞろぞろと手伝いに来ている。お菓子を作ったりご飯を作ったりするのである。。みな口々に安産だといいねー、などという。
安産祈願の儀礼は、実はわたしもとても楽しみにしていた。ところが先日、本来の本拠地に出張した際、もう10年以上も親しくしている家族がそこの土地の安産儀礼をしてくれた。その話を夫にしたところ、義理の両親にも伝わり、これがなんとかれらの逆鱗に触れてしまったのである。曰く、まるでうちの家族が安産を祈願しないみたいではないか、こちらの家族だって嫁の安産を祈願しているのである云々と。。わたしが戻ってからも、義理の両親はひじょうに冷たい他人行儀の態度で、わたしは実はとても困っていたのである。なんといっても昨日今日の付き合いではない気の置けない人々がわたしのためにと算段してくれた儀礼は、別に夫の両親をばかにするとかそういうことはまったくなく、土地ごとにことなる慣習があるのだから、何度おこなってもよいではないかいう考えのもとにおこなってくれたのである。
冷ややかな関係をどうしたものかと夫に聞けば、放っておけばよい、そんなこと気にすることないという返事がきたので、楽しみにはしていたものの、夫の実家のある地域での安産祈願の儀礼はあきらめていたのである。それが今朝の義理の母は、この服を着なさいと、ビニルから新しい服を取り出して、とてもうれしそうにしていたのである。。
結果的には夫のサポートもあり、最初から帰国日はもう決まっていたし、突然、儀礼をするといわれても、もうどうしようもないくらい日程が詰まっている、すみません、もうちょっと早く聞いていたらなんとかなったのですが。。という話をひじょうに丁寧に伝えた。もともとは悪気があるわけでもない義理の両親である。どちらかというと純朴な人々である(義理の母は意地悪ばあさんですけれど。。)。それでなんとかわかってもらえたのだけど朝からひどく気を使う局面が続いたため、とても体調が悪くなり、午前中はずっと寝ていた。プールどころではなかった。下宿に戻ってから、仕事の連絡のためメール屋にきたら、わたしの帰国日はもう大分前から伝えていたにもかかわらず、いくつか重要な用件の依頼メールがきていた。荷物もまだ詰めていないのに、今日は午後10時ごろまで忙しくしないといけないことになった。凹む。
_ プールが気持ちよい。夕べはミジンコさんが、前代未聞なくらいに激しく動いていた。プールでの有酸素呼吸運動が効いたのか。今朝は役場へ行く夫を送り出してから、わたしも即、プールへ。朝9時半だったけれど、先客が幾足りかすでに泳いでいる。わたしもそろそろとプールに降りて、まずは100メートルを平泳ぎで。続いて50メートルを背泳ぎで。それからプールの縁につかまりながら、バタ足。うつ伏せになったり仰向けになったりして、ばたばたと足を動かした。一旦、水から上がって、パラソルの下で呼吸を整える。すると初老の欧米人男性がやってきて、いきなり水に飛び込んだ。かなり年季の入った長距離遠泳のクロールのフォームで泳ぎだしたのだが、約30分連続して泳いでいた。ゆっくりとしたペースだが、最後までスピードが落ちることもなく、とても優雅である。今日はクロールでも泳いでみようかと思い、わたしもまた水に飛び込んだ。もう一度平泳ぎと背泳ぎで200メートルほど泳いでから、思い切って、クロール。クロールで泳ぐのは本当に久しぶり。息継ぎの仕方を忘れていて、10メートル過ぎまで呼吸なしで泳いだからか、25メートル泳いだ時点で、あぷあぷとおぼれそうになった。なんとか縁につかまって呼吸を整えて、もう一度クロール。今度はちゃんと以前のペースで呼吸ができた。しかしゴーグルをつけずに泳いでいるので、目が開けられず、泳ぐのが少々怖い。目を開けて泳がないと、方向が定まらないし、なんだか水の中って、プールであっても怖いですから。とにかく2時間たっぷりと泳いだ。着替えてから体重を量ったら2キロ減っていた。よい傾向です。