_ あっという間に12日になって、新年の最初の月も半分を過ぎようかという素早さである。この間、X地点からA地点に移動して、旧友たちとの再会を楽しみつつ、用事を済ませたりしている。とくに、院生時代に長く下宿していた家族との再会は、やはり何物にも代えがたいものであった。ツーカーで話が通じるし、互いの家庭のことなど、それぞれに厳しい局面にめんしていることをあれこれ話し合って、どうしたらいい、ああしたらいい、というようなことを話し合った。わたしの秘密口座を託していた末の妹が、借金の返済に半分近いお金を勝手に使ってしまったというアクシデントもあったけど、事情を聞いたらそうするより他になかったことがよくわかったので、まあええわとさらっとながし、いつものように仕事を休んでもらって、ずっと一緒に付き合ってもらった。子どもは子どもでほんとに目を見張ることがあった。わたしは子どもと話すときは、絶対に日本語しか使わないことにしている。これはバイリンガル教育の基本だそうで、一人の親は一言語しか話さないようにすること徹底しなければならないのだそうだ。と、本で読んだり、実際にバイリンガルの子どもを育てているひとに聞いたので、そうしている。で、今回、子どもはいつものようにX地点で保育園に預けられて、サバイバルをしてきた。A地点への帰省についてきたら、今度はA地点訛りの某国語を話す環境に放り込まれた。すると、みんなで話しているときは、わたしとは日本語で会話、周りの人とは某国語で話していたのである。多少、訛っていても、某国語は某国語として理解しているということなのだろうか。子どもってすごいなあと思うと同時に、病院の精密検査で出ている、子どもの難聴というのは、やはり少し楽観的に考えてよいのかなと思ったり、いろいろな意味で、とてもうれしかった。
今日は、子どもを妹たちに預けて、一人で旧市街地に行き、古い友達に会ってきた。その後はいきつけの、これも古い食堂の新しい建物で昼食を取り、久し振りにゆっくりと日記を付けた。それから戻って、妹たちと夕ごはんを取り、ずっとずっと話し込んで、半分寝かかった子どもを慌てておそいお風呂に入れて、荷造りをしたところである。明日、X地点に帰るのだが、一緒に付き合ってくれた子どもへのご褒美を兼ねて、ちょっと立派なホテルへ泊まりに行くことにしている。恐らく、これから数年はもう訪ねることもないA地点には、わたしのすべてがある。心残りも未練も、夢も希望も、なにもかも。次に来るときはなにがどんなふうに変わっているだろうか。青い空を見上げながら、旧市街地を通り抜けたとき、絶対、絶対、またいつかここに来ようと思った。来たいと思った。
_ あけましておめでとうございます。
昨日、また投稿に失敗してしまい、ここを読んでくださっている方々への御礼が、へんなところへ行ってしまいました。
いつも読んでくださってありがとうございます。読みにくいレイアウトのまま、いくつもの年を重ね、それなのに訪れてくださる方々がいてくださることに感謝を申し上げます。
昨日は夫は普通に仕事でしたので、というか、あんまり新年はこちらの人には関係がないので(どちらかというと旧暦新年の方が楽しいし、盛り上がっています)、子どもとふたりでお出かけをしました。何も行事はないといいつつも、商業主義的な事情やその他の宗教的な事情等々もあって、グレゴリオ暦の新年も盛り上がっているところでは盛り上がっています。また日本をはじめ諸外国からの観光客を目当てにしたイベントもあるので、交通機関は軒並み渋滞麻痺。また会社勤めの人たちも、国際経済的には一律に休暇にしたほうが効率的だからでしょうから、お休みを楽しむ人もいます。そんな中、子どもとふたりで、歴史的な場所に行ったところ、信じられない大量の人がいました。チケットを買うために並ぶ列の最後尾が見えません。またうっかり結婚証明書を持って行くのを忘れてしまったので、高い外国人料金を払うのもばかばかしく(配偶者だと現地料金で入場できる)、もう中に入らないことにして、歴史的施設の周囲を馬車で回ることにしました。といっても馬車も安くはないのですが。田舎の道を「お馬のおやこ」を歌いながら子どもとのんびり楽しみました。
実は街中でも馬車には乗れます。でも、外国人料金をばっちり取られるので、馬車に乗りたがる子どもには「ごめんね、馬車はちょっと(値段が)高いから、また今度にしよう」と毎回、言い暮らしていました。すると子どもは「うん。お馬がちっちゃくなるようにお願いするね」と。むむむ。という感じで、あまりにも馬の背が高いので、乗れないと思っている子どもに、間違いを正すことをあえてせずに、非教育的な態度をとり続けていましたが、やっと大晦日になって、子どもの夢を叶えることができました。これでよい新年を迎えることができたというわけです。
さっきまでずっと花火や爆竹が炸裂していたのが、ようやく落ち着きました。わたしも寝ることにします。みなさんもどうぞよい新年を過ごされますように。また今年もときどきここでお会いできればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
_ もう今日一日で終わり。
日本にいるときは、子どもに対して声を荒げると言うことはまったくない。それなのに、やはり海外に来ているからなのか、子どもに対して安全第一を考える余り、大きな声で叱ってしまうことが多くなった。たとえば、雨の日に、大人用の傘を持ちたがる子ども。日本だと歩道を歩くとか、大人がしっかり周りに注意を払っていれば、車やバイクにはねられることはないだろう(最近はそうとも言い切れないけれど)。でもこちらは、歩道でも平気でバイクが走ってくる。道路の舗装が平らに仕上がっていなかったり、アスファルトがはげているのが普通だから、水たまりがたくさんある。クロックス履きのサンダル足で、水たまりを選んで歩く子ども。何かを踏み抜いたりして、破傷風になったらと思うと、手を強く引っ張って歩かせるようなことになる。歯磨きのうがいの水。こちらが用意したミネラルウォーターや沸騰させた水でない時に限って、水道水のうがい水をふざけて飲んでしまう。どんな大腸菌や名前をしらない細菌類がどれだけ潜んでいるかよく知っているから、また叱ってしまう。床に落ちたお菓子を拾って食べてしまったり。。
もっと寛容に構えてやらなければ、叱るほどではないのだからと、今改めて思っているのは、昨日、大雨の中を散歩に行きたがった子どもを連れて、ほとんど無意味な傘を差して歩いていたときに、子どもが言った一言が大きい。「ママ、○○ちゃん、悪いことしてないよ?」
誰かに迷惑をかけたりする場合ではないのだから、もっと優しく話してやらなければ。
海外にいるときは子どものこと100%でいないといけない。仕事のときと、プライベートのときと、ちゃんと分けて考えないといけない。子どもと一緒に来年からは、いや今日からは、もっと優しい時間を過ごそう。今年の反省と、来年の希望だ。
_ もう今日一日で終わり。
日本にいるときは、子どもに対して声を荒げると言うことはまったくない。それなのに、やはり海外に来ているからなのか、子どもに対して安全第一を考える余り、大きな声で叱ってしまうことが多くなった。たとえば、雨の日に、大人用の傘を持ちたがる子ども。日本だと歩道を歩くとか、大人がしっかり周りに注意を払っていれば、車やバイクにはねられることはないだろう(最近はそうとも言い切れないけれど)。でもこちらは、歩道でも平気でバイクが走ってくる。道路の舗装が平らに仕上がっていなかったり、アスファルトがはげているのが普通だから、水たまりがたくさんある。クロックス履きのサンダル足で、水たまりを選んで歩く子ども。何かを踏み抜いたりして、破傷風になったらと思うと、手を強く引っ張って歩かせるようなことになる。歯磨きのうがいの水。こちらが用意したミネラルウォーターや沸騰させた水でない時に限って、水道水のうがい水をふざけて飲んでしまう。どんな大腸菌や名前をしらない細菌類がどれだけ潜んでいるかよく知っているから、また叱ってしまう。床に落ちたお菓子を拾って食べてしまったり。。
もっと寛容に構えてやらなければ、叱るほどではないのだからと、今改めて思っているのは、昨日、大雨の中を散歩に行きたがった子どもを連れて、ほとんど無意味な傘を差して歩いていたときに、子どもが言った一言が大きい。「ママ、○○ちゃん、悪いことしてないよ?」
誰かに迷惑をかけたりする場合ではないのだから、もっと優しく話してやらなければ。
海外にいるときは子どものこと100%でいないといけない。仕事のときと、プライベートのときと、ちゃんと分けて考えないといけない。子どもと一緒に来年からは、いや今日からは、もっと優しい時間を過ごそう。今年の反省と、来年の希望だ。
_ 今年一年間、読んでくださってありがとうございました。資格試験の勉強をしていたことはここに全然書きませんでした。検定が合格したら書こう、そうでないと、わたしの性格的に有言不実行になると思っていたからですが、恐らく、人生で初めての初志貫徹ではないかと思います。ひとつがんばれたので、もうひとつ、さらにもうひとつと、こつこつとがんばって行けたらうれしいなあ。
そう思っています。
みなさまもどうぞよい年間年始をお迎えになりますように。そして素晴らしい2013年をお過ごしになりますようにと願っております。
ねぶくろ拝
_ 今の下宿には台所がないので、毎回、外食ということになる。朝食は、果物やパンなどだから、日本にいるときと変わらないといえば変わらない。わたしの昼食については、とにかく安く適当なものをぱぱっと食べるということにしているので、それほど高くも付かない。問題は子どもの晩ご飯。ベジタリアンのお店でいつもテイクアウトしているのだが、それも子どもの好きな味付けや材料とは限らなかったりする。昨日は大型モールに行ったので、日本風と韓国風の料理を出すお弁当やで食べた。わたしとしては、こういうお店はほとんどが揚げ物なので、あまり食べたくはなかったのだが、子どもは、重箱のお弁当に里心のようなものを覚えたみたいで、しきりに食べたがったのだった。果たしてやってきたものは、ほとんどこちらの料理が日本風の器に入っているだけというようなものであった。和風とか和食とかではなく、こちらの人が「これが日本」「これが韓国」と思うようなものが出てくるのである。ちなみに韓国はチヂミならばまだいいのだけど、焼き肉なのであった。
子どももちょっと戸惑ったみたいだったが、自分の責任で、全部食べたのがえらかった。
近所には巻き寿司専門の屋台もあるが、こちらも、「これが日本のスシだ」とこちらの人が思っているようなものが出てくる。なので、巻き寿司の中身はソーセージとかこちらのカマボコである。巻き寿司にパン粉をまぶして揚げたものもある。新しい食べ物だと思って食べると、悪くはないけれど、日本食が食べたくて行くような店ではない。
日本食が食べたいときは、逆説的であるが、中華に限る。ほぼ外れがないし、スチームボートがある店ならば、ほとんど鍋料理とおなじだからである。
食べ物には本当に苦労しています。でもかわいそうなのは子ども。
なので、ときどき白いご飯だけ買ってきて、寿司太郎みたいなのと合わせて、海苔で巻いておにぎりを作っている。子どももうれしいし、わたしもうれしい。
_ これまでにまったく経験したことがなかったわけではなかったのですが、これで晴れて、日本語を教える人を正式に名乗ることができるようになりました。この半年間、ほとんど勉強する時間もなくて、土曜日の保育園の時間と、平日の細切れ時間しか本を読むことも勉強することもできなかったけれど、合格できてよかった。勉強はできて1時間、模擬授業の準備とかもあったのですが、とにかく時間が取れなかったり疲れて疲れて、寝るのが優先という状況でもあったので、だめだと思っていました。でもわたしに幸いした点は、学科の内容の半分くらいは、今までの某国経験というか、研究生活もどきで得たものが役に立ったということかなと思っています。とはいえ、この資格が実はほとんど何の役にも立たないことはよく知られているところでもあります。なので、これからはこの資格と検定合格には、わたしの精神的なよりどころとしての存在意義のみが求められるということになります。でもそれはポジティブな意味で。
今日はそのお祝いをしてもらって、ちょっとうきうきとしています。でも明日っから、もっとがんばっていかないと。さっそく、知人が経営している語学学校の見学を申し込みました。どこで仕事をすることになるかわからないけれど、某国に限ることなく、どこでもできるように経験をどんどん積みたいなと思っています。
や〜、でもうれしいです。