_ 極めつけに多忙な日だったけど、とても楽しかった。
おみやげたくさんいただいたり。たくさんコメントしたり。
懇親会は某ジャスコの近くのお店。この通り、最近いろいろと新しいお店ができているらしく、全体的においしそうなにおいが漂っていた。われわれの懇親会会場は、穴場中の穴場。もうとにかくたかだか3,500円でこんなにお料理が出てくるかー、と唸るほどに出てくるのである。最初のお皿ってなんていうのでしたっけ。八寸とかいうのだっけ。それだけでも結構な量。ついでお刺身が出てくる。半端な量ではない。ヨコワ、甘エビ、もどりカツオ、ハマチ、トリガイ、イカ、ハモ!ついで焼きなす。ただの焼きなすではなく、ショウガの代わりにミョウガ。おいしい。ついで焼き物。サワラのみそ漬け。おいしい。天ぷら、おいしい。松茸の土瓶蒸し!おいしい。栗ご飯。おいしい。ほぼ一人でオーガナイズだったけど、みんな気持ちのよい人ばかりで全然、しんどくなかった。日本酒、久々にぐいっと。おいしい。3次会まで強引に引き回されそうなのを、帰宅。あのお店、ほんとうに儲かっているのだろうか。魚介類派の人には、ほんとうにお得なお店。こんなに安くていいのかというくらい安かった。某先生の話、おもしろすぎて、久しぶりにけたけたと笑ってしまった。そですね、そろそろ独自理論をぱあーんと出す時機だな。なんてことを説かれた。そだな。そろそろ。。ぱあーんと行ってみたいところだ。
来週から、ロード。いい感じで国内編が終わったので、次は大きく出てみようかと思う。
_ ものすごくよく寝た。
_ 人の名前を書き間違えるって、誰にでもある間違いかもしれない。けれど、これが教務とか総務、そして会計の人だと、ちょっと問題だなと思う。書き間違えられない名前の人は、そんなことどうでもよいじゃないか、たかが名前なのだから、というかもしれない。私も基本的にはそう思っている。でも、人によってはものすごく重要な意味があったりするのも事実だろう。現実に、某国やその近隣国では、本名は家族以外には知らせたりしないこともある。むやみやたらと他者に教えることは、その人にとってよくないことを招くことがあると考えられていたりするのである。ちょっとずれたけど。
人に知られるのが普通の国であれば、Anne Shirleyと、Ann Shirleyは区別可能な名前なのだ。終わりにEがついたアンにこだわるところは、私にはとてもよくわかる。名前を間違われるというところから、さまざまなことが読み取れたりもする。
間違いを訂正しても、思いこみはおそろしいくらいに、強力だったりする。本人が書いている表記をなぜかわざわざ旧字表記する人もいる。外国人の名前のスペルミスには敏感なのにふしぎ。これからずっとローマ字で名前を書こうかと思ったりする。幸いなことに、「し」とか「ち」「つ」とか濁音とかもない平板な名前だから、間違えようがない。大体、母音だって「あ」と「お」しかないんだから。そういうことを考えていると、某大先生(誰だっけ)がおっしゃるように、もう漢字をつかうのはやめよう論は、なんとすばらしいのだと思ってしまうことがある。個人的には、漢字が好きなので、断固反対なのですが。
_ かぜの引きはじめらしく、頭がぐらぐら。がんばっていけばいけたかもしれないのだけど、あまりにもめまいがひどかったので、今日は休んでしまった。一日中、タオルケットにくるまって寝たり起きたりする。
今日はとてもよいお天気だと母がいうのだが、とにかく寒くてしかたがなかった。今年初めてのセーターを着た。
意味もなくかぜを引いてしまうなんて、なんて軟弱なんだ!
_ そういえば、昨日、某人がテニスをしているのをちょっと見学していたのだけど、体が大きい人は、フォームが適当でもちゃんとボールが飛ぶのだなあと感心した。体は完全に正面を向いているし、腰も落としてなくても、腕力があれば大丈夫なのだな。私は実は体育会だったのだけど、腕力が全然なかったので、ストローク戦になると、すぐに自滅した。今はもうサーブも入らないだろう。とか思って、えらそうにフォームに口出ししたりしたのが、祟ったのかもしれない。
_ 美術館、よかった。午前中、仕事して、お昼ご飯を長めに取って、出かけてきた。休日出勤もしているから許されるのだと決めて。ガイドブックにも載っている有名な洋食グリルでオムライス。おいしかった。他の人たちは、数名でばらばらのメニューを注文して、みんなで分け合って食べていた。おいしそうだった。でもオムライスを一人で食べきるのは、さすがの私でもしんどかった。それでもおじさんやおばさんたちは、ぺろりと食べていた。
堂本印象美術館というのが某大学のバス停前にある。私はてっきり、印象派の絵画を収集していた裕福な人の私設美術館だと思っていたら、ある時凸凹市立に移管されていたようだ。また「堂本」は名字で、「印象」が筆名だという。画家の人であった。しらなんだ!今日は印象さんの甥御さんの展示。日本画出身の人だからなのか、とても静かな印象を受ける絵がたくさんあった。とても気に入った。館蔵品展示もよかった。時分時で、ほとんど誰もいなくて、ゆっくりと堪能した。ついでに帆布鞄屋へ行って新しいのを買おうと思ったのだけど、迷って買えず。黒と葡萄色で悩む。戻って会議に出て、誘われたのでご飯食べて帰ってきた。今日は外国の人にたくさん声をかけられた。日本人のガールフレンドを連れて歩いていた人が、振り返って微笑みかけてくる。ガールフレンドは気づいていない。なぜか得意になる。なぜだったのだろう。楽しそうに自転車にのっていたからなのかな。
疲れたので、寝よう。
_ 涼しくて、気持ちがよい。
_ ちょっと自分をよく見せようと思って、別になかよしでもなんでもない人に「善行」をしたわけである(もちろん、私が勝手に「善行」だと思っているにすぎない)。それで、いまごろになって偽善だなと思って、気持ち悪くなっている。よく見せようとほんとに思ったのか、もっと素直な気持ちが働いたのかを吟味すると、自分の中では後者だと思いたいのだけど、日頃のその人とのつきあい方を振り返れば、功徳を積んだとも言い換えられる。いや、そんなことを考えた時点で、やっぱり偽善になっているんだろうな。私はもう少し、他人との接し方を考えたほうがよいのかもしれない。親切過ぎると遠回しに指摘されて、はっとしているところ。それもほんとうに親切だったのか、そうでなかったのかを考え始めると、また堂々巡りに入ってしまう。自分も大人なんだし、周りもみんな大人なんだからと思って、適切な距離を取ればよいだけの話かもしれない。しかし、普段から冷ややかすぎるくらい距離を取りすぎているという思いこみがある。本来、そんなに考えることではないのかもしれないのかもしれないけど。ハナとルースの関係って、いいなあと思った(未亡人の一年)。
_ 週末はひさしぶりに友だちと山歩きに行く。今度の出張の足慣らし。実はこないだ某国にいる間、毎晩、竹刀みたいな長い棒をみつけてきて素振りをしていた。すこぶる、快調だったので、帰国してからも、ときどき振っている。素振りしているときは余計なことを考えないのでよい。スポーツクラブに行ったりするのは、まったく似合わないので、家でこそこそと竹刀を振って、暗く過ごす。
_ 駅で待ち合わせ。久しぶりに会う人と楽しくおしゃべりできたのが、うれしかった。
_ 『未亡人の一年』、読了。原書を読んだときは、ルースのイメージが、どういうわけか小型のキャシー・ベイツだったのだけど、日本語で読むと、相当な美人だということがわかった。ところがふしぎなことに、自分で作り出したイメージがなかなか修正できず、記述されているルーシーのイメージとのギャップに苦しんでしまった。そういう楽しみかただと思えばよいのか。おもしろい物語だと思う。
明日は美術館へ。ここのカフェテリアでは、豆腐カレーがおいしい。
_ 巻き尺とすぐにパソコンに差し込めるGPSが欲しいな。
_ アテンドで一日中つぶれた。人を待たせるのが平気な人とそうでない人がいる。待たせる人になりたいななと思うけど、自分には似合っていないような気がする。小間使いをながくやりすぎているので、そう思うのかもしれない。あと、携帯電話にかけて呼び出し音はなるのに、出てくれないのって、どういうことなのかなー、と思っていたら、「非通知の電話をかけてくる失礼な人がいた」という記述を読んだ。。そっか、もう携帯電話とか番号通知電話でかけない人は、礼儀を知らぬ人、となるのか。。うちは未だに黒電話だしなあ。大学の電話番号は、どうも毎回、異なる番号が表示されるらしい。だからいつも文句を軽く言われる。携帯電話で、年配者ようのかける機能とかかってくる機能だけのシンプルなのがあるけれど、それでいいかもな、と思っていたら、なんと今時はいろいろ問い合わせとかするのに携帯電話のメール機能でないと受け付けてくれなかったりするのだな。
なお、私が携帯電話を持ちたくない理由の一番は、私的な内容の電話を他人に聴かれたくない、ということにつきるような気がする。電話を話す場所というのがあるような気がするのだ。。とか書いているわけですが、こじつけ感、否めず。ただ単に、きらいなんだー、とまとめておこう。便利さは認める。
_ 友だちとちっちゃなギグへ。氷の宮殿並に寒かった雪のベルリンを一緒に徘徊した友だちからのお知らせがあった。
大きな月を見上げながら、バスに揺られた。最初のバンドはアイリッシュ・バンドとのことだったけど、オリジナルの曲の方が多かったか。ギターの人がむちゃくちゃ、上手だった。スナフキンに似ているなと思っていたら、同行の友人もおなじように思ったとか。このバンドはゲストのバイオリン(とは呼んでいなかったのだけど、なんとかという楽器)の人がむちゃくちゃに上手だった。ウッドベースの人と笛の人は、音楽が大好きなんだなーという感じが伝わってくるような雰囲気でいっぱいの人たちだった。少しぎこちないMCがよい感じであった。
もうひとつのバンドは、初めて見る楽器がたくさん。狭い空間にたくさんの楽器があって、それでもひとつひとつの音がきちんと聞こえてきて、ボーカルの人がしっかりとした妖精のような感じで、こちらもよかった。女スナフキン、といった感じだと思ったら、友だちも同じように思ったらしい。
余韻に少し浸りながら、帰宅。
生で聴く音楽って、やっぱりよいなあと思った。ときどきは、こういうふうな時間を見つけなくてはいかんね。