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  1. ね (05-07)
  2. pyonpyon21 (05-07)
  3. Byncacceree (04-29)
lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

07-05-2010 / Friday [長年日記]

_ ハゴロモジャスミンのつぼみ。庭や散歩途中の家の軒先にあるのを眺めつつ、あれこれと思いを馳せる。人見知りをしはじめたカルガモさん、昨日は39度の熱を出し、慌てて大学から家にとんぼ返りをした。小さい子の熱はすぐに下がることもあるから大丈夫と言われたのだけど、38度台後半を行ったり来たりするので、夕方、かかりつけ病院へ向かった。病院の待合室で検温すると少しだけ下がっている。カルガモさんはどういうわけか、安心しきった顔つきで、寝たり起きたり。小一時間ほど待って診察室へ。看護師さんが、「まあ〜、なんとおおきなおめめ!外人さんなのかな〜」という。純和風の顔をしているカルガモさんなのだが、日頃、子どもをたくさん見ている職業の人の目には、そういうふうにみえるのだろうか。人見知りモードに入っていたはずだったのに、先生にも看護師さんにも愛嬌を振りまく。これだけ笑えるということは熱はあるけれど大丈夫だと思います、でもまだ4ヶ月だから本来は免疫があるため、病気には罹らないはず。罹りかけているのかわかりませんが、明日の朝もまだ熱があるようだったら、もう一度、来院してください、と言われた。夜中も高熱が続くかもしれません。が、お母さんがそれに耐えられるか。今はまだ発熱が始まってから数時間です。様子を見るという心構えがあるようならば、そのほうがいいでしょう。

そして今朝、氷枕やら熱冷まし剤の効果か、頭が冷えて気持ちよく眠れた様子。珍しく、夜中の授乳もなかった。機嫌は悪くなかったけれど、すっかりと甘えっ子モードが全開した様子で、わたしが朝ご飯を食べるのも待てない。抱っこしたまま、パンを齧った。朝食後、また一緒に添い寝をして、雨の朝を過ごした。お昼過ぎ、熱はすっかり下がり、いつもの元気なカルガモさんに戻った。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ pyonpyon21 [こんばんは。カルガモさんのお熱、引いてなによりでした。 はらはらしながら読ませていただきましたが、   >>朝食後、..]

_  [pyonpyon21さん、こんばんは、お見舞いありがとうございます。 はじめてのことで、わたしもちょっとびっくりして..]


05-05-2010 / Wednesday [長年日記]

_ 毎日の散歩で、近所の氏子神社でこどもの日の神事があることを知っていたはずだったのに、すっかりと忘れてしまっていた。氏子神社ではない、人気のない、無人の小さな神社に散歩のルートを取ってしまったのだ。カルガモさんにとっては初めてのこどもの日だというのに、大失敗。きっと来年は行こうねと、謝った。

連休の間、母方の親戚一同がカルガモさんのために集まってくれた。出産直後は、冬の一番寒い時期ということもあって、近所の親戚は病院や家に来てくれたのだけど、少し大きくなったカルガモさんの御披露目を兼ねた機会に、みなが集まってくれたのだった。カルガモさんは終始ご機嫌で、わたしの基準からすれば奇声といってもよいような妙ちきりんな大声を喉の奥から出して、きゃっきゃとはしゃいでいた。この数年間は、わたしは特に、某国に滞在していた期間がながかったから、イトコたちの近況なども実はあまり知らなかったのだが、キョウダイが多いと、結婚する人しない人、離婚する人再婚する人などもやはりいて、へええ〜と驚いたりして、親戚たちの話を聞いていた。

そういう流れで当然出てくる話題として、お墓をどうするかという話があった。母方の本家は三姉妹でわたしの祖母が長女である。が、別に遠縁から養子を迎えて家を継がせた。そちらが本家といわれているのだが、その孫の世代(わたしの世代)は女系かつ独身・おそらくこれからも結婚しなさそうで、もう子どもは生まないだろうという状況になっているのだそうだ。祖母と結婚した祖父の流れが分家と呼ばれているのだが、こちらもそういう事情で、母の兄弟は女系かつ未婚のイトコたちばかりとなってしまっている。だれがお墓の管理をするかという話題が出てきてもおかしくない状況で、どうするかな〜という話を数年前からしていたのだという。と、祖父の祥月命日におっさん(お坊さんののこと)が次のような話をしたとのこと。そのお寺さんでも檀家さんらから子どもが地元を離れてしまって帰る予定もなかったり、結婚しないとか、子どもを生まないとか、子どもがいてももう面倒なことはしたくないとかで、なんとかよい方法はないかという相談が増えてきた。なのでお寺では、お墓を解体してその墓石で塔を建て、そこにお参りするようなことを準備してある。おたくはどうされますかいな、という内容であったらしい。そういえば、最近、祖父のお墓参りにいったとき、なんとなくまわりの景色が風通しよくなっているような気がして、どうしたのかなあとは思っていた。それはすでにお墓をのかしたからであったのだろう。

先日集まった親戚の中ではすでに合意ができていて、お墓をのかす方向でまとまりそうだという。もとよりわたしは本家も分家も関係ない立場だし、うちの親も散骨派なので、親戚の話を傾聴しているだけだった。そうしながら考えていたのは、某国だったらどうなるのかなということ。一人が亡くなったら、その村の人が全員、文字通り、赤ん坊から老人までが葬儀に参列する土地がらである。別に出欠をとるわけではないのだが、わたしも街から呼び戻されて、末席に連なったことがあった。初七日にはまた村の男性だけが全員、亡き人の家に集まり、みなで読経する。墓所は先祖代々、すくなくとも四代前あたりまでは、その名前と配偶者とが当代の当主に記憶されており、ちょっとしたエピソードとともに語り継がれている。わたしもきっとその墓所に入るのだと思う。法要は、100回忌までは普通におこなわれる。少なくとも、現在までにおいては、そういう行事がずっとなんの疑問ももたれることなく、続けられてきている。生まれるときも死ぬときも、人間は決してひとりではなく、どこかに属しているんだなあ。そう思うと、死んだ後くらい、のんびり体を伸ばしてゆっくりしたいなどといった発言も、納得できるような気がする。そういったことを考えながら、一人、黙々とお寿司に箸を運び、きゃっきゃとはしゃぎながら、親戚たちの膝の上を次から次へと渡っているカルガモさんを遠目で見ていたりしていたのだった。


04-05-2010 / Tuesday [長年日記]

_ 少しずつ復帰しているつもりなのだけど、一進一退。相変わらず。研究も仕事も中途半端、子育ても中途半端、生きているのも中途半端、という事態に陥りそうで、何を今/一番最優先にすべきか、自明ともいえるべきことをかんがえにゃあいかん症候群に罹っている。末期症状である。ぎりぎり踏みとどまっているのは、子どものせいにはすまい、という点のみ。でも一度だけ、言い訳に使ってしまったことがあった。あとは雪崩式にとはならないよう、まだなんとか徳俵にかかとを乗せている状況だ。わたし、どうなるんでしょう。。

暑い季節になってきたからなのか、冬生まれのカルガモさんは、毎日、大声で泣く。そのたびに、体を拭いてあげたり着替えをさせたり。朝はまだ涼しいうちに、近くの公園、神社、高級住宅街などを散歩する。野バラが咲き乱れる小道を歩き、その芳香にうっとりとしている時間が幸せだ。赤ん坊の笑顔というのはほんとうにまったくなんの含みもなく、まっすぐなんだなあ。この子の顔を曇らせてはいかんと思うのがわたしの徳俵かもしれない。まだぎりぎり踏ん張っている。その視界から、わたしが消えてほんの一分もしないうちに、カルガモさんは大声で泣き叫ぶ。洗面所の、お風呂の、台所の扉の向こうから声をかけたって、姿が見えないと、抱き上げるまで泣き続けるのだ。踏みとどまらずにいられようか。まだ、そう思える。


29-04-2010 / Thursday [長年日記]

_ 昭和の日。カルガモさんの日本名を某さんにお知らせしたとき、「昭和時代の喫茶店の名前みたいやなあ〜」という反応をお示しになった。・・・。築地とかしあんくれーる、とかそういうノリに思われたようであった。って、どういうノリなのか。


28-04-2010 / Wednesday [長年日記]

_ ある日。衛星放送で、「ラブソングができるまで」を観る。昔、機内のオンデマンド放送でオープニングだけ観て、実はあとはついつい眠ってしまい、見逃していたのだった。わたしはヒュー・グラントが好きなのです。いろいろたいへんなことはたくさんあるんだけど、まああまり気にしないで、楽しく我が道を行きましょう、というような役柄が多い。と書くと、偏屈な役所が多いように思われるかもしれないが、そうではなく、明るくひょうひょうと適度に色気も出してというか、色気がありすぎる役が多いともいえる。「ラブ・アクチュアリー」と「アバウト・ア・ボーイ」とかもいいし、コスチューム劇ものも好きだ。

久々にじっくりとヒュー・グラントの顔をみれば、歳月は男前の俳優の顔にも影を落としていた。ロバート・レッドフォードほどには激しい変化ではないけれど、ああ、年月よ!という気分になる。ドリュー・バリモアはかわいかった。最初の方で来ていたローウェイストのワンピースがとてもかわいくて、彼女の雰囲気に似合っていたし、あんな服が着たいなあと思った。あの生地、遠目にはプリントのバティックのようにも見えたのだけど、一体、どこのテキスタイルだろうか。少し和風でもありアジアな感じの布にも見えた。ツボにはまったお洋服でした。デザインといい、テキスタイルといい、あれ欲しいなあ〜。カルガモさんが途中で泣き出したりしたものだから、映画は途切れ途切れにしか観られなかったので、またレンタルでもしてゆっくり鑑賞したいものです。

_ カルガモさんのお食い初めのときに、小さな鯛を焼いたのだが、そのおいしさにはまってしまい、このところ三日おきに鯛を食べております。小さい鯛なので、すぐに焼けるし、しっかりと塩をして、若干、強火で最初はからっと焼き、ひっくり返してからは遠火でじわじわと焼いています。身をほぐしてごはんにかけて食べたり、お茶漬け風にしたりして。ネコマタギ力を発揮して、きれいに食べたら、ああ今日も生きた、食った、がんばった、という気分になって幸せな眠りにつくのであった。


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