_ ひさびさにヨガなど。ヨガのことをすっかり忘れてしまうほどに煮詰まっていたのか。短い時間だけ、基本のポーズと、自分が一番好きなポーズだけを、軽くならす。そばでみていたカルガモさんが手足をそれふうにばたばたと動かしていたのがおかしかった。ちょっとすっきり。香水を付けることはできないけれど、母乳にも赤ん坊にもよいアロマをちょっと試してみよう。なんかいろいろと忘れていたことを思い出す。というか忘れてしまっていたとはびっくりだったり。
_ いろいろがんばってみた。昨日よりは生産的か。
_ 来月の出張のチケット、子ども料金が往復で1万円弱というチケットを見つけてもらった。安すぎる。。もちろん席無しだけど、多分、一番前か真ん中のトイレの前の席あたりに、バシネットの席を取れると思う。もちろん事前に電話して確認しないといけないんだけど。安いチケットだにゃあ〜。
_ 某日。何につけ、人と比べないでいることはなかなかにむずかしいものです(笑)。毎日、暗く落ち込んでいくほうが気楽な気さえしてきている。でも少しずつ、努力。昨日の自分と比べてどうだったかと考えるようにして、がんばって生きていこう。昨日より今日、今日よりも明日。ちっちゃな世界でかまわない。
_ 某国の客間の風景と言えば、国家元首の肖像写真と並んで、家族写真である。わたしの下宿の大家さんの居間と客間は、ぐるりと四方を5人の子どもの大学卒業写真と結婚写真、そしてそのたび毎に撮影される家族写真で囲まれている。そのたび毎にみな伝統衣装を着衣の上、決められた順序で兄弟姉妹が母親を囲んで立ったり椅子に着席していたりする。この家の父親あるいは夫は、不在である。あるとき、家を出て行ったのだという。末妹が生まれたすぐに、首都に出て行ったきり、帰ってこなくなったのだという。とはいえ、所在は確認されており、それどころか、妻である大家さん以外のすべての子どもは、夜汽車に乗って、それぞれの人生のある時点において、単独で父親の元に家出めいた形で駆け込んだ経験があるのだという。そのことを母親である大家さんは大人になるために必要なステップと考え、子どもを叱るとか泣き暮らすとか、そういうことは一切しなかった。父親である大家さんの夫は、船乗りであり、著名な建築家であり、国家プロジェクトに対するアドバイザーであるという。80歳を越えた今日においてもなお現役として活躍している。大家さんがその妻であるということは、ほとんどの人がもう忘れてしまっているともいう。なぜならば夫が家を出て行ってからすでに40年余り。知己の人びとですら離婚していると思い込んでいるくらいなのだが、実はかれらはずっと別居しているだけなのである。
客間と居間の壁にぐるりと掛けられた数十枚の家族写真には、決して写されていない大家さんの夫は、そこにいないことで一層、顕在化された存在となっている。美貌の妻と聡明な5人の子どもを残し、別の女性と結婚するでもなく所在を隠すでもなく、ある日、ふと出て行ってしまった大家さんの夫である。一体なにがあったのか、尋ねたところで、凡人であるわたしにはわからないかもしれない。ある午後に、大家さんの客間のピアノを弾かせてもらいながら、迫り来る家族写真の威力に、見えない家族の歴史を見たような気がした。
大家さんは、どうやって生きてきたのか。きっとまとまった財産もあったのだと思うのだが、無理をせず、身の回りにあるものを売ったり買ったりまた売ったりした資本を少しずつ増やしていき、自分のお金で土地を買い、子どもを全員大学に入れたという。子どもは全員、地元の国立大学を卒業し、全員がそれなりのポジションについている。そこに父親の見えない力があったかもしれないし、なかったかもしれないけれど、そういう経験を持つ大家さんなので、これまでにこの家に住んできた多くの店子からは絶大なる信頼と讃辞を勝ち得ており、その末席を汚すわたしもまた尊敬してやまない。淡々と強く生きて、恨み言を一切言わないこと。すごいことである。80歳になった今、某国の教育制度や社会福祉について明確な意見を持ち、顔ブックやつぶやき帳の功罪について議論をするのが好きである。わたしにはいろいろなところに母がいるのだが、この一番年長の母ほどいつも新鮮で若い考え方の人もいないように思う。
_ 蹴上まで革製製本展を見に行く。偶然、製本の歴史に関する説明が始まったところで、思いがけず興味深い話を聞くことができた。ヨーロッパの市民革命あたりまでは、本といえば製本前の印刷した紙の状態で売られており、それを各「家」(メディチ家とかナポレオン家とかそういう単位)の決まった色や背表紙の文字の色などを入れて完成させたものを、本屋が届けること、それが本を買うということであったそうだ。だからどんな分野の本でも、色や装丁の素材は統一されており、本の内容が装丁に反映されることはなかったという。よく天小口などに金箔などを貼っている本があるが、あれは金持ちの現れとかそういうことではなく、本を丈夫に長持ちさせるための処置なのだそうだ。虫が入りにくい上に小口のところが全体に非常になめらかに処理されているため、ほこりもたまりにくいという。元は、迫害されていたような宗教の啓典など、地下やら洞窟やらそういうところで読むにあたっての措置だったらしい。モロッコ皮はいまではインドで生産されるようになっているとも聞いた。
本の内容に即したような装丁がなされるようになったのは、印刷された本が書店に並ぶような時代になってからのことだとか。それまでは何々家蔵書とわかるような装丁が中心だったため、個性的な装丁というのはあまりなかったらしい。そういう細かい、そしてなにかあらゆる想像力を駆使することを刺激されるような話を聞いた。
欧州では革装丁の本の修復職人がいて、そのギルドで訓練を受けた人が、昔、図書館にいた。ギルドということばの響き。手に職があるというのは素晴らしいことよなあと思いつつ、帰宅。よいお天気だった。緑の葉や花の芳香とともに、新しい本の扉を開いたときの匂いがどこからともなく漂ってくるような気がした。