_ ろくがつむいかに雨、ざーざー降ってきてないのが残念。
朝、8時半に散歩出発。図書館に絵本を返却するために、例のカメが甲羅干しをしていた池とその北側にある別の公園の池を回るルートを取った。今日もカメとゴイサギが、彫像のように動かずじっとしていた。北側の池では、なぜか水面に埋め尽くすほどたくさんの50センチを超える体長のコイがざくざくと泳いでいる。なんなんだこれは〜、という光景。思わず、ぞぞーっと背中が総毛立つ。等持院大学の裏山のずっとずっと山奥に、小高い山頂が少し平らになっているところに、池がある。まだ三回生だったか二回生だったかの頃、仲良しグループ8人くらいで真夜中にその池を訪れたことがあった(まだ若かったので、夜中ずっと起きてて次の日ふつうに講義に出たりしていたものでした)。と、月明かりもない夜なのに、なぜか突然、水面がぞわぞわと波打ち始め、あっと思った瞬間、水面すれすれに銀色に光るもので埋め尽くされた光景をみたことがある。全員、叫び声を上げる余裕もなく、全速力で車を停めた場所まで走って、西大路に出るまでほとんど一言も話さなかった。ただただ今見たものがなんだったのか考える余裕もなく、とにかく何か明るい光があるところを目指そうとしていたのだった。その時のことをふと思い出したけど、幸いなことに今日の場合はまだ午前9時。怖くない。と、北側の池にもゴイサギが二羽とカメの親子が三匹、池の小さな小山に並んでいた。まったく微動だにしない。と、よくみれば、こちらはどうも置物のようだ。。石を投げて確かめたかったのだが、子どもの手前、我慢して図書館。今日は休館日と知っていたので、そのまま返却ポストに投函して、今度は電車に乗って別の駅へ。児童館へ行くつもりだったのだが、子どもがすっかり寝込んでしまっており、このままでは起こしたところで機嫌が悪いだろうと思ったので、次の駅で下りて市場で買い物をして帰宅。帰宅した途端に目を覚ますお約束。何冊も何回も絵本を読んで、疲れ果ててしまい、いつか寝てしまっていた模様。思い切り子どもに髪を引っ張られて、目が覚めた。
_ 土曜日。朝から子どもを連れて大きな公園へ。とても朝早く行ったので他に誰もいなくて、空気もまだ冷たくてとても気持ちよかった。子どももずっと鼻歌。でもなんの歌なのかはわからない。お弁当を食べようと木陰のベンチに座ったら、すっかりと寝込んでいる。突いても何をしても一向に起きる気配無し。やむなく、一人で食べて、12時前には公園を辞した。とっても疲れたけれど、親子でリフレッシュできた。
日曜日。朝7時半から近所の児童公園へ。100円ショップで砂場遊びセットを買ったので、ふたりで砂場へ直行。QPさんは熊手で一心不乱に土を掘り起こす。わたしはスコップで、型抜きのカメさんと金魚に土を詰め込み、ひょうたん山みたいなのを二人の周りに作り、篩でふるった小石やら枯れ枝を突き刺して築山。が、子どもはわたしの作品にはまったく関心を寄せず、ずっと地面を掘り続けていた。わたしの小さい時と同じだ。小学校4年生くらいだったろうか。なぜかその日は一人で、とても退屈だと母に文句を言ったところ、庭でも掘ればと言われた。それでスコップを出してきて、植木や花壇以外の庭の地面を全部掘り返してしまったので、母に叱られたことがあったのを思い出した。一時間ほど遊んでから、また遠回りをして別の大きな公園まで。11時頃帰宅してお昼を食べて、並んで昼寝をした。一時間ほどしてから一人だけ起き出して、すだれのセッティング。梅雨空が灰色で、蒸し蒸しと暑くなってきたこの頃だ。
_ 恥ずかしながら、本日初めて、親子で児童館デビューをした。ママ友グループとかができているんだろうな、わたしと違って、知らない人にもずんずんと話しかけていくQPさんが、そういうグループに入っていったりしたら、どうしたもんやらなどとあれこれ無駄に悩みながら遊び部屋へ。もちろんお母さんたちはみんなとても若いのだけど、知らない人には適度に愛想よくしつつ一定に距離を置くという感じで、その間に保育士さんがいることが、なんとなくよい具合に緩衝帯となっていたんではないかという雰囲気だった。QPさんはその中でももちろんわがままし放題で、3人のお母さんと5人の子どもが頭を付き合わせて絵本を読んでいる輪の中に入っていって、自分の選んだ絵本を読めと、お母さんの一人に渡したり(完全に保育園の先生と混同している)、ちゃぶ台の上に這い上がって絵本を読んだり、上から下りてくる子どもがいるのに滑り台の下から二カニかとしながら這い上がったり。家にいたら母親とは1秒たりとも離れたくないという甘えっ子なのに、外に出れば、そこにわたしなど存在しないかのように次から次へとおもちゃを取り替えては、広い部屋を走り回る。難聴、発達障害ということばが目の前でじりじりと姿を現してきたような思いに囚われてその場に崩れそうになったけれど、QPさんはとにかく広い空間を存分に走り回ることができたようですっきりとした顔をしていた。その後、大型ショッピングモールに寄って、涼んでから帰宅。家に帰ってごはんを食べながら、疲れてしまったのだろう、QPさんはずるりと眠りに落ちてしまった。その眠りに落ちた子どもを抱っこして、今度は予防接種。熱もなく、突発性発疹からまだ日は浅いけれど、お医者さんの診察でもまったく問題なしだったので、無事に注射。素直に口も開けるし、注射針が刺さっても、注射器をじっと見つめる余裕があるくらいなので、もちろん泣かない。えらい。強い。
_ 扁桃腺炎だと言われていたので予想もしなかったのだが、熱が下がった次の日、子どもの全身に赤いぽつぽつが出た。これがうわさの突発性発疹かも、、と、もしふたつの病気が併発していたのなら、それはしんどいことだったろう。子どものわがままっぷりが全開中なのもむべなるかなと思い、「ちいさなうさこちゃん」「こぐまちゃん ありがとう」「わたしのワンピース」をそれぞれ6回ずつ読むことを命ぜられたのであった。通算でそれぞれ50回以上は読んでいるから暗唱したくなるのだけど、絵を見ることが眼目。挿絵付きの般若心経とかあるかな。この機会に暗唱できるようになればうれしいんだけど。。
_ 予約していた「苦海浄土」と「精霊たちの家」が届いたので、子どもと図書館。子どもは40度の熱を足かけ3日間経験したからなのか、足取りが覚束ず、ぼてぼてと転けている。赤ちゃんの時につかっていたスリングを出してきて、それで抱っこすると、昔を懐かしむのか気持ちがよいのか、すぐに寝てしまう。まだ病み上がり。そのくせ、日課にしている路上観察は休みたくないらしいので、図書館の帰り道は思い切り遠回りした。酒蔵から公園に抜けたところで池をふと見やると、中之島にものすごく精巧な亀の置物が大中小と並んでいた。その傍らには、これはほんもののゴイサギ(だと思うんだけど)がいる。亀さんがいるよ、などと言いながら池に近づき子どもに教えると、子どもはぐっすりと眠りこけていた。それにしてもものすごくよくできた亀だなあ、こんなのいつからあったっけか…と思ってしばらくぼんやりみていると、一番大きな亀の首がひゅうっと伸びたと思うと甲羅の中に縮むように吸い込まれていった。あら、ホンマモンやったんかいな!とひとりでびっくりしていると、わたしの左手45度のところにいた親子連れもまた「亀が動いた!」と騒いでいた。と、三匹の亀は、お父さん亀を先頭に順繰りに池の中に戻っていった。亀の甲羅干しだったのか。眠りこけた子どもを乗せて、乳母車で遠回りした道をあちらこちら見て回りながら、駅前のスーパーと薬局に寄って帰宅。
子どもの病気のため、面接をひとつキャンセル。相変わらず、いろいろと遠い道のり。ときどき、「もう死にたいな」と、思わず口に出してしまって、自分ではっとしてしまう。そのうち、慣れてしまって、無意識のうちに、洗濯物を畳んでいるときや絵本を片付けているとき、果ては子どもとげんこつ山の狸さんをしているときなどにも、ぽろりと口に出すようになった。何も知らない子どもは、その言葉が聞こえているのか聞こえていないのかわからないけれど(意味だってわからんだろうが)、一層ニコニコと笑ってじゃれついてくる。熱が出ている最中からのことだが、1分1秒でも離れるもんかという意気込みで、わたしにしがみついてくる。文字通り、トイレにもお風呂にも入れない状態だった。今までは自分の椅子に座ってごはんを食べたりおやつを食べたりしていたのに、今はわたしの膝に座ってでないと、お茶も飲まない。子どもがわたしを現世につなぎ留めようとしているかのようで、厚さ五センチはある「苦海浄土」を読むのにどれくらい時間がかかるだろうかと考えたりしている。時間は恐らく、限りなくあるのだが、無駄に使ってはいけないのだ。無駄にしてはいけない。