_ 新しく取った資格を試すために、こちらの大学に履歴書を送ってみたのが出発の三日前のこと。翌日には学科長から返信があった。ちょうど今、来年2月に契約が切れる人の後任を探すために動き出そうとしていたところで、願ったり叶ったり。こちらに来ることがあったら、ぜひ知らせて欲しいという内容だった。で、こちらに来てから一週間目に面接に行ってきた。基本的には人材不足なので、ぜひ採用したいとのこと。しかし問題は給与を含めた待遇のことで、もしかしたら納得はしてもらえないとはわかっている、しかし一度、検討してみてくれはしないかという話になった。ここにこういうことを書くのは、もう断った話だからなのであるが、こちらのブルーカラー労働者の最低賃金以下の月給を提示されたのだった。ただし、大学の正規の職員だし、保険は家族全員かけてあげる、住宅についても職員住宅ないしは外国人研究者用の寮に入れるようにするとのことだった。しかし、ブルーカラーの最低賃金の7割くらいの給料である。ということは、普通のホワイトカラーの人々(大学の先生も含めて!)の5分の1くらいの給与ということである。納得いかないとかそういう問題ではなくて、ただただ笑いそうになった。学科長は、自分の給料だってそれくらいだという(嘘であることは百も承知)し、学位もあって資格もあって凸凹大学なんだから、そのうちすぐに待遇もよくなりますよと言うのだが、それを鵜呑みにできるはずもない。もちろん、わたしは日本に帰ったら、ただちにパート職に復帰するような、考え方によってはこちらのブルーカラーの方々よりもさらに薄給の貧乏人ではある。これは間違いない。でも、さすがに提示された給与では、ガソリン代や携帯電話代だって払えないくらいの金額なのだった。とても無理。夫がいるとかいないとかそういう問題ではなくて、いざというときに、日本に帰国するための貯金がまったくできないことや、国民年金を払うための余裕もないくらいの金額に甘んじてはいけないのではないかと思ったのだった。がんばれるうちは、もう少し、日本でがんばるしかない。今回、そういうことを思ったのだった。すごく期待して資格を取ったわけではなかったけれど、こういう事態も想定していたから、あまりショックはない。絶望しすぎているから、もう期待もなにもできないというほうが正解なのかもしれないが。
_ 毎朝5時過ぎに起床するのは日本と変わりない習慣。子どもが起きるまでお茶を飲んだり日誌を書いたりインターネットをざざっとチェックしたりしている。もうずっとGoogleのリーダーで他のみなさんの日記やブログを拝読させていただいているので30分くらいで終わると、あとはまた少しずつストレッチとヨガを再開している。6時頃、子どもが起きてきたら一緒に朝ご飯を食べて、食後にシャワーを被って着替えて、7時半には保育園へ送っていく。保育園から戻ったら、子どもの服や小さいものだけを手洗いする。柔軟剤に浸している間に食器を洗って、床を掃いて雑巾がけ。それが終わって洗濯物を干して、今度はコーヒーを入れてからインターネットで新聞を読む。用事があるときは午前中に出かけ、ないときはちょっとのんびりして本を読んだり紙の新聞を買ってきて気になる記事をクリッピングしたりしている。紙の新聞で、わたしが好きなのは(と書くと実は語弊があるのだが)、死亡広告である。追悼文ではなくて、市井の方々が亡くなったときに、家族が出す新聞広告だ。これがとても興味深い。例えば、60歳の女性が亡くなったとする。するとこの女性の両親の名前とその生存状況と名前、その女性が結婚していればその義理の両親の生存状況と名前、それから夫があればその生存状況と名前が書かれる。それから子どもの名前が全員分。夭逝した子どもがいたとすればその子も含めて生存状況と名前、子どもに配偶者がいれば生存状況と名前。結婚した子どもが外国に住んでいればその国名。修士以上の学位をもっているようであれば、持っている学位のすべてが子どもの名前には表記される。さらに孫がいればその名前と学位。ひ孫がいれば…と、情報はすべて画一的だけどずんずんと明らかにされる。このいわば即席家系図がおもしろいのである。名前の付け方にも流行廃りがあるのは日本と同じで、そのときどきで、おそらくは家業との関連やら親しい人々との関連で、思いがけない名前を見ることも多い。日本人の配偶者がいることもある。先日は、恐らく三姉妹であろう女性の名前が、Fuji Yama, Yuki Yama, Yuri Yama というものを見た。亡くなられた御母堂の死亡広告である。亡くなられた方の名前はAngericaさん、享年43歳。まだお若い。明らかに事前に撮影された遺影を載せることが多いのだが、このように若い方は、全然そんなことを想定していないような、行楽に行ったときのスナップ写真が出される。あるいは免許証などの証明写真を引き伸ばしたもの。わたしは全然知らない人々の死亡広告を読みながら、いろいろなことを考える時間をとても大切にしている。病院でなくなったのか自宅で亡くなったのか、お葬式はどこでするのか、埋葬されるのはどこの墓地なのか、などなどなどなど、自分の知らない某国の人の生活の一部を新聞から知ることができるのが興味深い。VIPな人も、独身で亡くなった人も、普通の人々も、出す人は死亡広告を出す。なぜなのか。自分のアンテナは、できるだけ広い範囲を受信しているつもりでも、やはりどうしたって、関心のある事柄以外のことは見落としてしまうことが多い。そういう情報の一部で、家族のあり方の一部が見える死亡広告は、案外、楽しみ(というとまた語弊があるのだが)にしている人も多いと聞く。いつ頃からこんな記事がでるようになったのかは知りたいような気もしている。
_ 今後のこともあって、また別の用事も少しあって、先週末から某国へ来ている。久方ぶりである。到着した翌日、某国人の配偶者を持つ日本人の親睦会があったので、子どもの友達を探すついでにこれに出席。妻が某国人の人もいるし、夫が某国人の人もいる。そういう組み合わせが多いことに改めて驚く。数日間は安宿に滞在してから、下宿に引っ越し。子どもは月曜日から保育園に通っている。朝は泣いて泣いてたいへんだったのだが、夕方迎えに行くと、けろっとした顔をしている。旧友のうち一番仲がよかったふたりが転校や引っ越しでいなかったことが、まだよく理解できないらしく、明日は来るかなと、晴れやかな顔をしていたのが少し切なかった。
下宿に戻った夜は、ホテルの大きなベッドが懐かしかったらしく、あれこれぶうぶうと文句を言っていたけれど、下宿屋の孫娘ちゃんがとてもよく遊んでくれるのがうれしかった様子。翌日もけろっとして学校へ行った。それが昨日のことだが、いきなり遠足に行くとのこと。行き先は、これが魂消たのだけど、かつてのわたしの調査地のひとつであるという。確かに観光復興の可能性と意義についてずっと調べてきたし、いろいろ話したり書き物したりということもあったけれど、まさか自分の子どもが遠足であそこに行くとは。。感無量…というのはちょっと違うかもしれないけれど、巡り合わせっておもしろいなあと思った。かーちゃんがやっていたことは、君の遠足により証明されましたよ。。びっくり。でもありがとう。というのが一番正直な感想かもしれない。
泊まっていたホテルは、今流行のブティックホテル。ちょっとした絵画と造形のギャラリーを兼ねている。しかし千五百円くらいととても安い。朝ご飯もついている。しかもこの国の安宿としては珍しいくらい、潤沢で暑いお湯のシャワーが使える。空調も完璧だし、自動蚊取り器(定期的にラベンダーの香りの薬剤が室内芳香剤を兼ねて噴霧されるのだが、ほんとに適量で完璧)もある。そしてなによりも、部屋には大きな窓(床上50センチくらいから天井までの大型窓)が全面についている。つまり部屋が昼間も明るいのである!この宿はわりとよく利用していて、前回のときもホテルから下宿屋まで送ってくれた。今回は車が出払っていたとかで、タクシー代を現金でくれた。。なんかすごいでしょ(笑)。
先日、死にかけながら取得した某資格がここで生かせるかどうかという実験もある。滞在そのものは短いのだけど、毎日かなりハードスケジュールになりそうでもある。そんななか、今日はわたしとしては珍しく食あたりで調子が悪いので、下宿で休んでいます。
今時の下宿屋は完全WiFiで、ほんまにすごい。で、タブレットを使っている人がほんとに多い。ごく普通のスーパーでも、iPadをもって買い物に来て、野菜や肉の前でレシピを参照しながら、食材を選んでいる若い夫婦とかもたくさん目にした。す、すごいなー。わたしは今や、こちらの人でさえ使っていないような、インターネットの使えない普通の携帯電話(ガラケー)しか持っていないし買えないのだけど、世の中の人はもう普通に素晴らしい最新機種を使っておられます。。もちろん、そんな余裕のある人なんてごくわずかな層ではあると思いますが、確実に豊かになっているなあとは実感します。そういうのを豊かだというのか否やという議論も可能だろうけれど、物質的にもさまざまな可処分所得の使い方的にも、某国某所の状況と日本の状況はもう違いがほとんどないような気がする。未だに大きく違っていて、なおかつこれから少なくとも何十年という単位でも変わりそうにないのは、社会福祉と教育なのではないかなと思う。機会均等とか都市部と村落部の差が小さくなってきたとかそういうレベルの問題は比較的解決されつつあるとは思う。しかしその内容については、まだまだ到底、世界標準(というのか知らないけれど)には至っていない。
ざざーっと、子どもの送り迎えのついでや買い物のついで、人々との話からの情報、などなどから見える某国の様子は、物質的な豊かさがややピークを過ぎたような段階であり、そのピークをまだまだ麓から目指している人々と、もう到達してしまった人々が混在しているような感じがしている。これからどうなるのかなあ。。とりあえず、今日はおしまい。
_ 保育園の前の通りの銀杏の黄色が美しい。朝は青い空に映えて、夕べは真っ暗な空を背景にまるで灯りのようにきらきらと光っている。銀杏の美しさは、その立ち姿の凛々しさと関係があるようだ。桜や紅葉が一期一会的な美しい絵画のようなドラマ性のある姿でわれわれにさあこれでもか、これでもかと攻めてくるのに比べると、あっけらかんとした風情がある。桜も紅葉も好きなのだけど、銀杏のこの凛々しさについては、なんともいえない清々しい気持を感じるほどである。桜や紅葉とは違って、街中の景観の一部として存在する銀杏並木。何十年も生きてきて、今さらのようにこの美しさに感じ入っているのは、たぶん、自分もそうありたいとか自分の姿と重なるところがあるとか、その手の陳腐な感想が基底にあるのである。所用で大阪の南の方に出かけた帰り、ふと思い付いて御堂筋を歩いた。ああここにも、林立するビル群に映える凛々しい銀杏があるのだ。ひとり空を見上げながら、寂しいような楽しいような、そんな気持がしたのだった。
_ そういうわけで、この数日、近所の友達にちょっと相談したりすることもあって思ったこと。わたし以外のひとは、みんな大人なのだ。今、ほとんど人とのつきあいもなくて、資格を取るための勉強をしていたときに知り合った人とも、もう音信不通になっている。どんなふうに人と連絡を取り合えばよいのかもうわからないし、誰とも関わり合いにならなくても、生きていこうと思えば生きて行けたりもする。いわば、外出もする引きこもりというところだろうか。保育園でママ友を作ればよいという考え方もあるけれど、これもなかなかむずかしい。一人だけ、当たり障りのない立ち話をするママさんもいるけれど、連絡先だって知らない。もう人と関わるのが面倒という段階を通り過ぎ、ひとりでも大丈夫という次元の問題となっている。。
わたしの周りの友達、昔からの友人/知人は、こういったことなんかで煩わしい思いをするよりは、前へ前へと進んでいる人たちばかりである(そうでない人もいるかもしれないけど)。だから余計に、ひとりで抱えて発酵させて飲み込んでまあええかと流してしまっているのかもしれない。本当に成長しない、成長しようとしないんだよなあ。いつ大人になるのだろうか。もうならないかもしれないのだけども。人生をやり直したいとは思わない。昨日も書いたように、未来の自分が幸せそうにしている図があるならば、それを見たい。そう思って、1年後の自分が今よりも元気であることを切に願っている。そのために、今はとにかく資格試験の合否を待っている。結局、そこに行き着くのが現実なんだなあ。とにかく落ち着いて待とう。