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  1. ね (12-25)
  2. ラギ (12-25)
lost luggages ねぶくろ 書簡
--sleeping bag・g-ism/ist--

03-12-2012 / Monday [長年日記]

_ 保育園の前の通りの銀杏の黄色が美しい。朝は青い空に映えて、夕べは真っ暗な空を背景にまるで灯りのようにきらきらと光っている。銀杏の美しさは、その立ち姿の凛々しさと関係があるようだ。桜や紅葉が一期一会的な美しい絵画のようなドラマ性のある姿でわれわれにさあこれでもか、これでもかと攻めてくるのに比べると、あっけらかんとした風情がある。桜も紅葉も好きなのだけど、銀杏のこの凛々しさについては、なんともいえない清々しい気持を感じるほどである。桜や紅葉とは違って、街中の景観の一部として存在する銀杏並木。何十年も生きてきて、今さらのようにこの美しさに感じ入っているのは、たぶん、自分もそうありたいとか自分の姿と重なるところがあるとか、その手の陳腐な感想が基底にあるのである。所用で大阪の南の方に出かけた帰り、ふと思い付いて御堂筋を歩いた。ああここにも、林立するビル群に映える凛々しい銀杏があるのだ。ひとり空を見上げながら、寂しいような楽しいような、そんな気持がしたのだった。


12-12-2012 / Wednesday [長年日記]

_ 今後のこともあって、また別の用事も少しあって、先週末から某国へ来ている。久方ぶりである。到着した翌日、某国人の配偶者を持つ日本人の親睦会があったので、子どもの友達を探すついでにこれに出席。妻が某国人の人もいるし、夫が某国人の人もいる。そういう組み合わせが多いことに改めて驚く。数日間は安宿に滞在してから、下宿に引っ越し。子どもは月曜日から保育園に通っている。朝は泣いて泣いてたいへんだったのだが、夕方迎えに行くと、けろっとした顔をしている。旧友のうち一番仲がよかったふたりが転校や引っ越しでいなかったことが、まだよく理解できないらしく、明日は来るかなと、晴れやかな顔をしていたのが少し切なかった。

下宿に戻った夜は、ホテルの大きなベッドが懐かしかったらしく、あれこれぶうぶうと文句を言っていたけれど、下宿屋の孫娘ちゃんがとてもよく遊んでくれるのがうれしかった様子。翌日もけろっとして学校へ行った。それが昨日のことだが、いきなり遠足に行くとのこと。行き先は、これが魂消たのだけど、かつてのわたしの調査地のひとつであるという。確かに観光復興の可能性と意義についてずっと調べてきたし、いろいろ話したり書き物したりということもあったけれど、まさか自分の子どもが遠足であそこに行くとは。。感無量…というのはちょっと違うかもしれないけれど、巡り合わせっておもしろいなあと思った。かーちゃんがやっていたことは、君の遠足により証明されましたよ。。びっくり。でもありがとう。というのが一番正直な感想かもしれない。

泊まっていたホテルは、今流行のブティックホテル。ちょっとした絵画と造形のギャラリーを兼ねている。しかし千五百円くらいととても安い。朝ご飯もついている。しかもこの国の安宿としては珍しいくらい、潤沢で暑いお湯のシャワーが使える。空調も完璧だし、自動蚊取り器(定期的にラベンダーの香りの薬剤が室内芳香剤を兼ねて噴霧されるのだが、ほんとに適量で完璧)もある。そしてなによりも、部屋には大きな窓(床上50センチくらいから天井までの大型窓)が全面についている。つまり部屋が昼間も明るいのである!この宿はわりとよく利用していて、前回のときもホテルから下宿屋まで送ってくれた。今回は車が出払っていたとかで、タクシー代を現金でくれた。。なんかすごいでしょ(笑)。

先日、死にかけながら取得した某資格がここで生かせるかどうかという実験もある。滞在そのものは短いのだけど、毎日かなりハードスケジュールになりそうでもある。そんななか、今日はわたしとしては珍しく食あたりで調子が悪いので、下宿で休んでいます。

今時の下宿屋は完全WiFiで、ほんまにすごい。で、タブレットを使っている人がほんとに多い。ごく普通のスーパーでも、iPadをもって買い物に来て、野菜や肉の前でレシピを参照しながら、食材を選んでいる若い夫婦とかもたくさん目にした。す、すごいなー。わたしは今や、こちらの人でさえ使っていないような、インターネットの使えない普通の携帯電話(ガラケー)しか持っていないし買えないのだけど、世の中の人はもう普通に素晴らしい最新機種を使っておられます。。もちろん、そんな余裕のある人なんてごくわずかな層ではあると思いますが、確実に豊かになっているなあとは実感します。そういうのを豊かだというのか否やという議論も可能だろうけれど、物質的にもさまざまな可処分所得の使い方的にも、某国某所の状況と日本の状況はもう違いがほとんどないような気がする。未だに大きく違っていて、なおかつこれから少なくとも何十年という単位でも変わりそうにないのは、社会福祉と教育なのではないかなと思う。機会均等とか都市部と村落部の差が小さくなってきたとかそういうレベルの問題は比較的解決されつつあるとは思う。しかしその内容については、まだまだ到底、世界標準(というのか知らないけれど)には至っていない。

ざざーっと、子どもの送り迎えのついでや買い物のついで、人々との話からの情報、などなどから見える某国の様子は、物質的な豊かさがややピークを過ぎたような段階であり、そのピークをまだまだ麓から目指している人々と、もう到達してしまった人々が混在しているような感じがしている。これからどうなるのかなあ。。とりあえず、今日はおしまい。


13-12-2012 / Thursday [長年日記]

_ 毎朝5時過ぎに起床するのは日本と変わりない習慣。子どもが起きるまでお茶を飲んだり日誌を書いたりインターネットをざざっとチェックしたりしている。もうずっとGoogleのリーダーで他のみなさんの日記やブログを拝読させていただいているので30分くらいで終わると、あとはまた少しずつストレッチとヨガを再開している。6時頃、子どもが起きてきたら一緒に朝ご飯を食べて、食後にシャワーを被って着替えて、7時半には保育園へ送っていく。保育園から戻ったら、子どもの服や小さいものだけを手洗いする。柔軟剤に浸している間に食器を洗って、床を掃いて雑巾がけ。それが終わって洗濯物を干して、今度はコーヒーを入れてからインターネットで新聞を読む。用事があるときは午前中に出かけ、ないときはちょっとのんびりして本を読んだり紙の新聞を買ってきて気になる記事をクリッピングしたりしている。紙の新聞で、わたしが好きなのは(と書くと実は語弊があるのだが)、死亡広告である。追悼文ではなくて、市井の方々が亡くなったときに、家族が出す新聞広告だ。これがとても興味深い。例えば、60歳の女性が亡くなったとする。するとこの女性の両親の名前とその生存状況と名前、その女性が結婚していればその義理の両親の生存状況と名前、それから夫があればその生存状況と名前が書かれる。それから子どもの名前が全員分。夭逝した子どもがいたとすればその子も含めて生存状況と名前、子どもに配偶者がいれば生存状況と名前。結婚した子どもが外国に住んでいればその国名。修士以上の学位をもっているようであれば、持っている学位のすべてが子どもの名前には表記される。さらに孫がいればその名前と学位。ひ孫がいれば…と、情報はすべて画一的だけどずんずんと明らかにされる。このいわば即席家系図がおもしろいのである。名前の付け方にも流行廃りがあるのは日本と同じで、そのときどきで、おそらくは家業との関連やら親しい人々との関連で、思いがけない名前を見ることも多い。日本人の配偶者がいることもある。先日は、恐らく三姉妹であろう女性の名前が、Fuji Yama, Yuki Yama, Yuri Yama というものを見た。亡くなられた御母堂の死亡広告である。亡くなられた方の名前はAngericaさん、享年43歳。まだお若い。明らかに事前に撮影された遺影を載せることが多いのだが、このように若い方は、全然そんなことを想定していないような、行楽に行ったときのスナップ写真が出される。あるいは免許証などの証明写真を引き伸ばしたもの。わたしは全然知らない人々の死亡広告を読みながら、いろいろなことを考える時間をとても大切にしている。病院でなくなったのか自宅で亡くなったのか、お葬式はどこでするのか、埋葬されるのはどこの墓地なのか、などなどなどなど、自分の知らない某国の人の生活の一部を新聞から知ることができるのが興味深い。VIPな人も、独身で亡くなった人も、普通の人々も、出す人は死亡広告を出す。なぜなのか。自分のアンテナは、できるだけ広い範囲を受信しているつもりでも、やはりどうしたって、関心のある事柄以外のことは見落としてしまうことが多い。そういう情報の一部で、家族のあり方の一部が見える死亡広告は、案外、楽しみ(というとまた語弊があるのだが)にしている人も多いと聞く。いつ頃からこんな記事がでるようになったのかは知りたいような気もしている。


17-12-2012 / Monday [長年日記]

_ 新しく取った資格を試すために、こちらの大学に履歴書を送ってみたのが出発の三日前のこと。翌日には学科長から返信があった。ちょうど今、来年2月に契約が切れる人の後任を探すために動き出そうとしていたところで、願ったり叶ったり。こちらに来ることがあったら、ぜひ知らせて欲しいという内容だった。で、こちらに来てから一週間目に面接に行ってきた。基本的には人材不足なので、ぜひ採用したいとのこと。しかし問題は給与を含めた待遇のことで、もしかしたら納得はしてもらえないとはわかっている、しかし一度、検討してみてくれはしないかという話になった。ここにこういうことを書くのは、もう断った話だからなのであるが、こちらのブルーカラー労働者の最低賃金以下の月給を提示されたのだった。ただし、大学の正規の職員だし、保険は家族全員かけてあげる、住宅についても職員住宅ないしは外国人研究者用の寮に入れるようにするとのことだった。しかし、ブルーカラーの最低賃金の7割くらいの給料である。ということは、普通のホワイトカラーの人々(大学の先生も含めて!)の5分の1くらいの給与ということである。納得いかないとかそういう問題ではなくて、ただただ笑いそうになった。学科長は、自分の給料だってそれくらいだという(嘘であることは百も承知)し、学位もあって資格もあって凸凹大学なんだから、そのうちすぐに待遇もよくなりますよと言うのだが、それを鵜呑みにできるはずもない。もちろん、わたしは日本に帰ったら、ただちにパート職に復帰するような、考え方によってはこちらのブルーカラーの方々よりもさらに薄給の貧乏人ではある。これは間違いない。でも、さすがに提示された給与では、ガソリン代や携帯電話代だって払えないくらいの金額なのだった。とても無理。夫がいるとかいないとかそういう問題ではなくて、いざというときに、日本に帰国するための貯金がまったくできないことや、国民年金を払うための余裕もないくらいの金額に甘んじてはいけないのではないかと思ったのだった。がんばれるうちは、もう少し、日本でがんばるしかない。今回、そういうことを思ったのだった。すごく期待して資格を取ったわけではなかったけれど、こういう事態も想定していたから、あまりショックはない。絶望しすぎているから、もう期待もなにもできないというほうが正解なのかもしれないが。


19-12-2012 / Wednesday [長年日記]

_ 仮に今までずっと行き来していた場所をAとしよう。そして今いる場所をXとしてみよう。

Aはとにかく明るい場所で、みんな話し声も大きいし、黙っていると怖く見える人は、話すとさらに怖くなるほど声が大きく身振り手振りも大きかったり、逆にとことん無表情で無口でさらに怖い場合もあったりで、もうざっくりひとくくりで言ってしまえば、見た目が期待を裏切らない。だからといって悪いヒトというのではもちろんない。一旦、仲良くなってしまえば、ずっとずっと、仲良くいてくれる。ずっとずっと忘れないでいてくれる。

で、Xの人々。見た目はとことん穏やかであるし、当たりも柔らかい。親しくなればきわどい冗談を言うのも好きなことがわかるし、とにかく話が通じやすかったりもする。つまり、回りくどいことを言わなくても、はいはい了解、という感じでわかってもらえるのである。表面的な穏やかさと親しみやすさや感じの良さが、ただの見せかけであることも少なくない。親しくなってみたり、こちらがどんな人間なのか値踏みされて低い評価が出れば、豹変する人もまた多いのだ。だから朝礼改暮や朝三暮四的な対応をされることが、実に多い。そういうわけで、何度こちらの人と気まずい状態になったことか。はっきり言って、みなさんのことがようわからんのである。え−、さっきまで(あるいは、昨日まで)○△×××って言ってたやんかー、ということがあまりにも多くて、ああ、そっか、やっぱり気が変わったんだな、やっぱりほんとはいやだったんだな、でもなんでそう話してくれなかったんだろう…と、とにかくややこしいことになりがちである。ほんとにやりにくい。

街で借りていた下宿の荷物をある人に預かってもらっていた。そこには荷物置き場に相応しい(つまり人間がとても住むとは思えない様な状態の)部屋があった。一年間という契約で、日本円で言えば約2万円で借りていた。ちなみに、そんな部屋なので、本当だったら2万円も取るというのは、先方にとっては、あるいは先方の属する社会通念的には本来は気まずいくらいのものである。それは誰に聞いてもそのような返答があるのだから、間違いないと思う。要するに、雨露はしのげるけれど、人間が寝起きするような場所として整備されていないという場所。今回、荷物を取りに行ったら、その値段は実は半年分の値段である、ついては不足分を支払えという説明があった。君子豹変的に、そこの大家さんがそのように話してきた背景にはなにがあったのだろうか。

大家さんは、わたしがこの物置を借りたあとに、たくさんの人が続々と来て、この部屋を借りたいと行ってきた。もっと高い料金でである。なのに、わたしの荷物があったから、部屋を貸せなかった、その損した分を払えということのようだった。このごたごたは、わたしにはとても納得のいく説明ではない。そもそも契約書だってあるじゃないか。それをなぜ今さらにそんなことをいうのか…としか言いようがなかった。少しは余分に払ってもいいけれど、全然理由が納得いかない。そもそもその契約をした相手とは別の人が出てきてそんな話をするのである。いや、わたしはあの人と契約したんですよというと、あいつは自分の子どもだけど、頭が弱いからそんな契約をしたんだ…などという。子どもの時から計算ができないんだ、なんて言われてもなあ。

こういうときどうやって解決するか。わたしがこちらに来てから学んだストラテジーとしては、まず絶対に納得できないと思ったら、まず一旦判断保留を表明する。しかる後に、わたしにはとても解決できないい納得できないので、地域の長の人に調停してもらいましょう、と切り出す。すると、たいていの場合、そんなややこしい段取りを取りたくないのだから(しかも、そんな部屋に二万円どころか四万円も要求していることがわかれば、こちらの人は逆に恥ずかしいことになるのだ)、ああわかったわかった、今の話はなかったことにしよう、という展開になってしまうのである。今回もその手段で解決できたのだけど、気持の問題として、少し余分の賃料は渡した。もちろん後味は悪い。ひじょうに悪い。ばたばたとしてこちらに慣れてきたかなと思うと、大概、こういうごたごたが発生する。いつもの展開と言えばそのとおりである。でも気持の悪さにはまったく慣れることはない。


21-12-2012 / Friday [長年日記]

_ 日本にいるときは、あまり牛乳が好きではなかったのに、こちらに来てからは、毎日ぐんぐんと牛乳を飲む子ども。多いときは、一日に500mlほども飲んでいる。こちらではフレッシュな牛乳がなくて(あるのだけど、かなりの確率で腐敗している)、紙パック入りのロングライフ牛乳を飲んでいる。それもローファットを飲ませているのだが、これがおいしいらしい。わたしも時々飲むのだけど、ちょっと甘い味がついているのではなかろうかと思うほど、牛乳くささがない。子どもは保育園のおやつとして125mlの小さめパックを3つ持って行き、帰宅してからも食後、眠れないときなどは普通に2パックほどをごくごくと飲む。健康でよろしいのだけど、他の食べ物もものすごい勢いで食べているので、こちらに来て2週間で、ものすごくぷくぷくと太ってきたのであった。おかっぱの髪の毛の両側からほっぺたがぽこっと飛び出している。健康でよろしいなあと思う。小さい子なりにストレスもあろうに、毎日たくさん寝て、たくさん食べて、たくさん泣いて笑って、元気に過ごしてくれているのがうれしい。こちらのことばもすぐに思い出したのか覚えたのか、相変わらず日本語先行ではあるけれど、わたしが話す某国語をオウム返しで話したり、耳の方もよく聞こえているような感じなのがうれしい。日本語がもともとおかしいように聞こえていたので、これだけ某国語の聞き取りができるならば、案外、どこでも大丈夫なのかなという気にもなってくる。子どもが元気でいてくれることが一番うれしい。


22-12-2012 / Saturday [長年日記]

_ ずっと山の方へ、山の方へとバイクで走った。雨雲が追いかけてくるよりも早く、風が通り抜けるのを横切る。頂上近くでバイクを降りて、歩いてアタック。ずっとずっと下の方に見える街並みがジグソーパズルのように見えた。峠の茶屋でジンジャーミルクを飲み温まってから山を下りた。バイクに乗っているときが一番楽しい。日本でもバイクに乗ればいいのかな。よし、宝くじに当たったら考えてみよう!


23-12-2012 / Sunday [長年日記]

_ バイクに乗っているときに、何かの大型甲虫類と衝突した。そのときに、右目の目蓋が小指の爪の半分ほどの大きさで、薄側が剝がれた模様。そのときは気付かず、昼食を取るときに何気なしに髪をかき上げたときに手で触ってしまい、飛び上がるほどに痛んだので気がついた。それでも放っておけば傷も乾いて、すぐ治るやろうと思っていたのだった。ところが帰宅すると、すでに傷の部分は化膿が始まっていて、黄色いウミが溢れそうになっている。結果的にそのウミが原因なのだろうけれど、夜半にはめばちこの症状が出ていて、不快感で目が覚めた次第。夜中に鏡を見てみて、そこにお岩さんを発見する羽目となった。すぐに抗菌剤入りの目薬を出して点眼。しかし翌朝は、傷からはまだウミがどくどくと出ていて、しかも目が開かない。世の中はクリスマス休暇なので、まずは24時間営業の薬局で薬を出してもらった。それが効いたのか、目の傷はぐっとよくなって、次の日、つまり今朝はめばちこもおおかた治まっていた。いつまでだっても怪我とか病気と縁が切れない。でもまだまだ治りが早いらしいことは、うれしいことでもある。抗菌剤入りの目薬は、バファリンと大正漢方胃腸薬に並んで、わたしにとっての海外旅行の三種の神薬である。バファリンはほとんどの体調不良の初期症状に対応してくれるし(本当はそんな使い方はだめなのだろうけど)、漢方胃腸薬は整腸剤も兼ねるから、ちょっと具合が悪いときはすぐに飲んでいる。外出から帰ってきたら、手洗いうがいをしたあとで、目薬もさしておくのが習慣。そういう習慣って、ずっと忘れないものなのだなあ。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ ラギ [某国で目の不調はほこりのせいか、暑さのせいか、あっという間にひどくなってつらいですよね。そういえば私もまったく同じ3..]

_  [ラギちゃんもでしたか!しかも空港で、買い足してしまうのですよね 笑。同じです。 バファリンは、アスピリンがあることを..]


24-12-2012 / Monday [長年日記]

_ 気にしないふりをして過ごしてきたこの2ヶ月間だったけど、検定試験に無事に合格していた。とりあえず、ほっとしている。カレンダー的にはクリスマス・イブということで、いわゆるプレゼント…ということになりましょうか。調子に乗っていますので、出国前にちょっとだけ買った宝くじも当たっているような気がしてます(笑)。わ〜い♪

みなさまもどうぞ楽しいクリスマスと年末年始を過ごされますように。

神のご加護がみなさまにもありますように(あるはずです!)。


25-12-2012 / Tuesday [長年日記]

_ これまでにまったく経験したことがなかったわけではなかったのですが、これで晴れて、日本語を教える人を正式に名乗ることができるようになりました。この半年間、ほとんど勉強する時間もなくて、土曜日の保育園の時間と、平日の細切れ時間しか本を読むことも勉強することもできなかったけれど、合格できてよかった。勉強はできて1時間、模擬授業の準備とかもあったのですが、とにかく時間が取れなかったり疲れて疲れて、寝るのが優先という状況でもあったので、だめだと思っていました。でもわたしに幸いした点は、学科の内容の半分くらいは、今までの某国経験というか、研究生活もどきで得たものが役に立ったということかなと思っています。とはいえ、この資格が実はほとんど何の役にも立たないことはよく知られているところでもあります。なので、これからはこの資格と検定合格には、わたしの精神的なよりどころとしての存在意義のみが求められるということになります。でもそれはポジティブな意味で。

今日はそのお祝いをしてもらって、ちょっとうきうきとしています。でも明日っから、もっとがんばっていかないと。さっそく、知人が経営している語学学校の見学を申し込みました。どこで仕事をすることになるかわからないけれど、某国に限ることなく、どこでもできるように経験をどんどん積みたいなと思っています。

や〜、でもうれしいです。


29-12-2012 / Saturday [長年日記]

_ 今の下宿には台所がないので、毎回、外食ということになる。朝食は、果物やパンなどだから、日本にいるときと変わらないといえば変わらない。わたしの昼食については、とにかく安く適当なものをぱぱっと食べるということにしているので、それほど高くも付かない。問題は子どもの晩ご飯。ベジタリアンのお店でいつもテイクアウトしているのだが、それも子どもの好きな味付けや材料とは限らなかったりする。昨日は大型モールに行ったので、日本風と韓国風の料理を出すお弁当やで食べた。わたしとしては、こういうお店はほとんどが揚げ物なので、あまり食べたくはなかったのだが、子どもは、重箱のお弁当に里心のようなものを覚えたみたいで、しきりに食べたがったのだった。果たしてやってきたものは、ほとんどこちらの料理が日本風の器に入っているだけというようなものであった。和風とか和食とかではなく、こちらの人が「これが日本」「これが韓国」と思うようなものが出てくるのである。ちなみに韓国はチヂミならばまだいいのだけど、焼き肉なのであった。

子どももちょっと戸惑ったみたいだったが、自分の責任で、全部食べたのがえらかった。

近所には巻き寿司専門の屋台もあるが、こちらも、「これが日本のスシだ」とこちらの人が思っているようなものが出てくる。なので、巻き寿司の中身はソーセージとかこちらのカマボコである。巻き寿司にパン粉をまぶして揚げたものもある。新しい食べ物だと思って食べると、悪くはないけれど、日本食が食べたくて行くような店ではない。

日本食が食べたいときは、逆説的であるが、中華に限る。ほぼ外れがないし、スチームボートがある店ならば、ほとんど鍋料理とおなじだからである。

食べ物には本当に苦労しています。でもかわいそうなのは子ども。

なので、ときどき白いご飯だけ買ってきて、寿司太郎みたいなのと合わせて、海苔で巻いておにぎりを作っている。子どももうれしいし、わたしもうれしい。


31-12-2012 / Monday [長年日記]

_ もう今日一日で終わり。

日本にいるときは、子どもに対して声を荒げると言うことはまったくない。それなのに、やはり海外に来ているからなのか、子どもに対して安全第一を考える余り、大きな声で叱ってしまうことが多くなった。たとえば、雨の日に、大人用の傘を持ちたがる子ども。日本だと歩道を歩くとか、大人がしっかり周りに注意を払っていれば、車やバイクにはねられることはないだろう(最近はそうとも言い切れないけれど)。でもこちらは、歩道でも平気でバイクが走ってくる。道路の舗装が平らに仕上がっていなかったり、アスファルトがはげているのが普通だから、水たまりがたくさんある。クロックス履きのサンダル足で、水たまりを選んで歩く子ども。何かを踏み抜いたりして、破傷風になったらと思うと、手を強く引っ張って歩かせるようなことになる。歯磨きのうがいの水。こちらが用意したミネラルウォーターや沸騰させた水でない時に限って、水道水のうがい水をふざけて飲んでしまう。どんな大腸菌や名前をしらない細菌類がどれだけ潜んでいるかよく知っているから、また叱ってしまう。床に落ちたお菓子を拾って食べてしまったり。。

もっと寛容に構えてやらなければ、叱るほどではないのだからと、今改めて思っているのは、昨日、大雨の中を散歩に行きたがった子どもを連れて、ほとんど無意味な傘を差して歩いていたときに、子どもが言った一言が大きい。「ママ、○○ちゃん、悪いことしてないよ?」

誰かに迷惑をかけたりする場合ではないのだから、もっと優しく話してやらなければ。

海外にいるときは子どものこと100%でいないといけない。仕事のときと、プライベートのときと、ちゃんと分けて考えないといけない。子どもと一緒に来年からは、いや今日からは、もっと優しい時間を過ごそう。今年の反省と、来年の希望だ。

_ もう今日一日で終わり。

日本にいるときは、子どもに対して声を荒げると言うことはまったくない。それなのに、やはり海外に来ているからなのか、子どもに対して安全第一を考える余り、大きな声で叱ってしまうことが多くなった。たとえば、雨の日に、大人用の傘を持ちたがる子ども。日本だと歩道を歩くとか、大人がしっかり周りに注意を払っていれば、車やバイクにはねられることはないだろう(最近はそうとも言い切れないけれど)。でもこちらは、歩道でも平気でバイクが走ってくる。道路の舗装が平らに仕上がっていなかったり、アスファルトがはげているのが普通だから、水たまりがたくさんある。クロックス履きのサンダル足で、水たまりを選んで歩く子ども。何かを踏み抜いたりして、破傷風になったらと思うと、手を強く引っ張って歩かせるようなことになる。歯磨きのうがいの水。こちらが用意したミネラルウォーターや沸騰させた水でない時に限って、水道水のうがい水をふざけて飲んでしまう。どんな大腸菌や名前をしらない細菌類がどれだけ潜んでいるかよく知っているから、また叱ってしまう。床に落ちたお菓子を拾って食べてしまったり。。

もっと寛容に構えてやらなければ、叱るほどではないのだからと、今改めて思っているのは、昨日、大雨の中を散歩に行きたがった子どもを連れて、ほとんど無意味な傘を差して歩いていたときに、子どもが言った一言が大きい。「ママ、○○ちゃん、悪いことしてないよ?」

誰かに迷惑をかけたりする場合ではないのだから、もっと優しく話してやらなければ。

海外にいるときは子どものこと100%でいないといけない。仕事のときと、プライベートのときと、ちゃんと分けて考えないといけない。子どもと一緒に来年からは、いや今日からは、もっと優しい時間を過ごそう。今年の反省と、来年の希望だ。

_ 今年一年間、読んでくださってありがとうございました。資格試験の勉強をしていたことはここに全然書きませんでした。検定が合格したら書こう、そうでないと、わたしの性格的に有言不実行になると思っていたからですが、恐らく、人生で初めての初志貫徹ではないかと思います。ひとつがんばれたので、もうひとつ、さらにもうひとつと、こつこつとがんばって行けたらうれしいなあ。

そう思っています。

みなさまもどうぞよい年間年始をお迎えになりますように。そして素晴らしい2013年をお過ごしになりますようにと願っております。

ねぶくろ拝


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