_ 昨日の「クローズアップ現代」は、予防接種後進国日本がテーマだった。これだけ必須の予防接種の種類が少ない国は日本と近隣半島部の某国だけだという医師のことばが重い。先日、子どもが肺炎球菌を接種したとき、待合室で隣り合わせになったお母さんもやはり、料金が高いからうちは普通のインフルエンザだけにする、と話していた。先々月、某国の国内線飛行機で隣り合わせになった小児科医もまた、日本の予防接種状況をよくご存じで、「他の予防接種はさておき、ポリオは日本で済ませていたとしても、もう一度、某国でも接種したほうがよいですよ」と忠告してくれた。日本は生ワクチンでポリオを経口接種する。これは副作用が少ない代わりに、ポリオそのものに感染してしまうこともあったり、その時の体調次第ではうまく免疫ができなかったりすることも多いらしい。絶対安全な不活性ワクチンのタイプのポリオはいまや世界標準になっていて、主要な先進国およびそういった国からの支援を受けたりしているアジア・アフリカ諸国もまた不活性ワクチンを使っている。日本だけなんです。ポリオはしかも、日本の場合、28日以上の間隔をあけて2回目を接種することになっているのだけど、これは集団接種で、事実上、半年の間隔を開けないと接種できないような仕組みになっている。一休さんの場合は、わたしが「海外に行く予定がある」ことを理由に、29日目に集団接種の期間内に二回接種するための理由書を役所に提出したから、なんとか接種できた。しかし某国の小児科医の先生のお話を聞いたあとでは、無理して日本で接種せずに、某国で受ければよかったといえる。場合よっては10万円近くにもなる有料の予防接種の負担をはやいこと減らして欲しい。ついでに今日のクローズアップ現代のテーマでもあったデバイスラグ、とくに医療分野のもなんとか改善してもらいたいものです。
_ J-PopとかK-Popとか、世間のヒットチャートに疎くなって久しいです。聞いたところで多分、JとKの区別もつかないと思う。ゲゲゲの主題歌は辛うじてわかるくらいなわけです。西洋音楽も全然もうわからんようになった。土曜日のお昼にFMのベストテン番組なんかを楽しみに聴いていたのはまだ制服を着ていた頃だったのだろうか。とくに最近はCD屋にすら足を踏み入れなくなってしまっていた。大体、CD屋なんてどんどんなくなっているしね。何度もここに書いたことがあったけど、BALに入っていたヴァージン・レコードが閉店してしまって、わたしの音楽時代はそこで一旦、中休みに入ったように思っている。そんなわけで先日、100円ショップで掃除グッズを物色していたときにかかっていたJ-Popな歌がえらく琴線に触れたことに自分でも驚き、その歌が終わるまでコロコロの詰め替え品を選ぶふりをしながら耳を欹てていたのであった。とにかく韻をよく踏んでいるし、三連符みたいに歌っているし、英語みたいな日本語の歌い方だし、若者の歌なのだろうけど、妙に懐かしく感じたのだった。帰宅してから、どうやってさっきの歌手と曲名を捜索しようかとしばし思案してから、有線放送のサイトをチェックしてみた。探したかったのはその時間帯に掛かっていた曲の情報なのだけど、そんなのをさがさなくてもベストテンの一覧が出ていた。歌詞の内容から見当をつけた曲名をiTunesで検索してみたところ、よかった、ありました。早速試聴してみたところ、大当たりだった。TEEというひとの歌だった。ベイビー・アイラブユーという曲だった。ヒット曲をダウンロードしたのなんて、初めてのことではなかろうか。それ以来、ヘビーローテーションしています。耳に心地よく感じた理由はきっと、サビの部分がきちんとある曲で、歌詞がはっきりと聞き取れたことなのだろうなと思います。
懐かしさの理由はまだわからないけれど、なかなかの名曲だと思います。
午前中はコーヒー飲みつつ、「子どもが描く世界」の続き。「若草物語」は父親不在の物語、その父親の視点から南北戦争と当時のアメリカ社会を描いたピューリッツァー賞受賞作品があるということを知る。「マーチ家の父 もうひとつの若草物語」(ジェラルディン・ブルックス、2010年)という本。読みたい!それからもう何年も繰り延べにしている書評の本をちょっと眺めた。眺めただけで読みませんでした。おしまい。
_ 押し入れが開いていたら、まっしぐらに駆け寄り、引き出しを開ける音がしたら、秒速で振り向いて査察に来る人が家にいるので、スパイごっこ並に、こそこそと家事を済ませるこの頃。食事用の小さい椅子の背を押せば、一人で歩いてどこにでも移動できることを発見したらしい。どこへいくにも椅子と一緒。なので、その気配を大人は察知すればよいだけだ。なんて、今はまだ知恵比べに辛うじて勝っているところだが、そのうち追いつかれるだろうなあ。一時保育でもらってきた風邪が原因で、また中耳炎にかかってしまった。病院で耳掃除をしてもらったら、びっくりするくらい大きな耳垢が出てきた。お風呂上がりに綿棒できれいにしているつもりだったけど、恐れず、もっと奥に綿棒を突っ込むべきなのか。耳垢がたまりやすく掃除しにくい耳穴だということがわかったんだから、もっとこまめに耳鼻科に連れて行くべきなのだろう。
『子どもが描く世界―オースティンからウルフまで』彩流社。主として英国の近現代に活躍した作家たちのうち、子ども時代から「小説」を書いていた人たちの作品や子どもが書く〈小説〉をめぐる論集。家族新聞や本格的な小説を資料とする研究の分野があるそうだ。おもしろそうだなあと思って図書館で借りて、少しずつ、読んでいるのだけど、びっくりするくらい翻訳の日本語がこなれていない訳者が何人かいるようで、原書を借りたほうがええかなとおもってしまうくらい。こなれていない日本語の文を読むと、自動的にこちらの頭の中にその原文の英語がテロップで流れてくるくらい。もちろんこなれた翻訳になっている章もある。こういうのは監訳者の仕事の領域なのか、編集の領域なのかどうなんだろう。内容がおもしろいだけにちょっと残念。わたしもこどもの頃、物語を書いていた。といってもそれは決して完成されたことはなかったし、そもそも、冒険に出る→そのために持って行く食べ物を羅列する、そこで満足して物語は決して進まないのであった。持って行く食べ物は、ハム、ソーセージ、べーコン、チーズ、ジャム、トウモロコシパン、クルミ、そして非常食としてのローソク。トマス・ソーヤーさんに影響されていることが見て取れますな。そういう描写と挿絵を書いたら、そこで終わり。こういう食べ物をどうういうふうに運ぶかといえば、風呂敷に包んだ食糧を棒きれの先にくくりつけ、それを肩に担ぐのである。防具を担ぐスタイルである。もちろん目指すは洞窟でした。
_ 子どもがひとりで立つようになった。仁王立ちになって得意げな角度に頭を上げ、一人前に笑っている。もう怖いものはなし。ちゃぶ台の上にだって這い上がるのだ。軽い引き出しならすっと開ける。大人がなにかを隠した戸棚もしっかりと頭に刻み込み、はいはいで猪突猛進。届かないとわかっていても、一所懸命背伸びをするから、いつの間にか背も伸びてきた。5ヶ月の終わりあたりから、つかまり立ちをするようになり、どうかするとたまに一人で立ち上がることもあった。伝い歩きが始まったのは8ヶ月に入ってからのことだったけれど、同年代の某国の豆のようにちっちゃな赤ちゃんたちに比べると、とにかくなにもかも早かったようである。歯も8本生えている。子どもが一年間でできるようになることの立派さに比べて、大人の一年間の不毛さよ。
_ Yesterday, when I was young, the taste of life was sweet...
と、ブロッサム・ディアリーが歌っている。今日のわたしの人生は、sweeterなんだろうか?それともBitter?
大学行って、こちょこちょ。ちょっとしたパーティーがあったので久方ぶりに顔を出す。わたしが大学院生だったころ、奥さんが子連れで留学していて、主として子守を担当していた旦那さんがその後、定期的に日本に来ては博士論文を書いていたのがこの度無事に提出されたとのこと。しばし楽しく歓談。
ノムラテーラーを覗くため四条へ。先日縫った子どものマントを保育園の先生にほめてもらったので、また何か縫おうと思って布を物色するも、今日はちょっとカンが働かなくて、布を選ぶのはやめておいた。そのかわり刺繍糸を買い足す。高島屋の地下で小カブと小芋と真サバを買う。先日、真サバの竜田揚げを作ったら、旬の魚だったからとてもおいしかったので。保育園に寄って子どもをお迎えして、帰宅。久方ぶりに買った志津屋のパン、カルピスバターを使っているというものをおやつに食べたところ、たいへん美味であった。カルピスバターというのは、カルピスの製造工程でできるバターのことで、カルピス30本あたりで450グラムしかできないのだとか。それでお値段が1350円するという幻のバターだという。バターの風味がたいへんよろしい感じで利いていて、志津屋のパンとしては久々のヒット。おいしかった。140円というのもたいへんよろしい。